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72「一掃」

(さて、と。どうするかな)


 カインは黙考する。

 騎士たちの士気はそれほど阻喪しているわけではない。


 むしろアルノーの毒抜きが成功したことで落ち着いていた。


「カインさま。アルノーの矢傷、見た目は派手だがどれもたいしたことはありません。この分ならばきっと命を繋ぎやすよ」


 のしのしとゴライアスが地面を踏み鳴らしながらやって来た。巨大な戦斧を担いださまは、出撃を今か今かと待ち望んでいる。


「で、やりますかね」


「こちらの存在は知られている。無意味に斥候を出したり、敵に暇を与えればこちらは地理が不案内なだけにより不利になるだろう。行くしかない」


「おお! そうこなくっちゃ! 露払いはこのゴライアスにお任せあれ」


「頼む。それと必要ないだろうが、注意してかかれ。相手はどんな奥の手を用意しているかわからない」


「なぁに。罠があればこの自慢の歯で噛み破ってやりまさァ。さあ、テメェら! カインさまのご命令だ。領内の土ひと摘まみまでカインさまの財産だ。蛮族どもを残らずたたっ殺してやれ!」


 応!


 という勇ましい雄叫びが上がった。


(しかし、自分の領地とはいえ、長らく平和に暮らしていた蛮族たちを力づくで排除して住処を奪うのって冷静に考えて強盗とあんまり変わらないよなあ)


 冷静に考えなくても騎士とは横領を日常的に行う生きものなのでこの場合におけるカインの葛藤は至極無意味だった。


 採掘抗に至るまでの道のりは、かなりの年月を放置されていたため荒れ果てていたが作戦行動には充分であった。


「飛び道具に気をつけろ。こちらのほうが数は多い。敵を発見したら接近戦で一気に片づけてしまえ」


 狭隘な路を登ってゆくと開けた場所に出た。


 人工的に作り上げた広場はすり鉢の底のようなものだ。


 四方には上部に上がる道がつけてある。


 つづら折りのジグザグ道のあちこちには巣穴のような採掘坑が無数に見えた。


 カインたちが一カ所に集まったのを見計らっていたのか――。


 巣穴から上半身裸の蛮族が仮面を着けたまま奇声を発して躍り出た。


 素肌を青い顔料で塗りたくりミコマコ族独自の珍妙な文様が離れていても目立つ。


 四方八方から雨のように矢が放たれた。


「おいでなさったな」


 ゴライアスは騎士たちに命じて巨大な盾を並べさせて降り来る矢を防がせた。


 一団は真ん丸になって寄り集まり防御の姿勢は手馴れたものだ。


 さすがに騎士たちはいくさ巧者である。


 これだけ離れて居れば充分だというように、異様な風切り音を発して飛来する矢を前に余裕の表情を崩さない。


 遠距離攻撃は通じないと悟ったミコマコ族はしびれを切らして襲いかかって来た。


「よし。一匹も逃すんじゃねぇぞ」


 大規模な戦いではない。ゴライアスは自ら戦斧を振り上げると猛然とした勢いでジグザグ道を駆け上り、毒矢をものともせずにミコマコ族を殺傷した。


「うおうりゃ!」


 ゴライアスは頭上で戦斧をぐるぐる旋回させると勢いをつけて縦横無尽に暴れまくる。


 ミコマコ族は戦斧を盾で受け止めようと試みる。


 だが、ゴライアスの振るう戦斧は盾ごとミコマコ族の戦士を叩き割ると鮮血を霧のように撒き散らした。


 騎士たちもゴライアスに続いて一気に道を駆け上り、手斧を振るう蛮族たちをここぞとばかりに斬った。


 苛烈な攻めである。


 仲間の敵討ちだとばかりに騎士たちはここぞとばかりに腕を振るって敵を圧倒した。






 ――実力差は歴然だ。杞憂だったか。


 戦況は騎士たちの猛攻で数も劣るミコマコ族はたいした時間もかけずに全滅する。


 カインはそう信じて疑わなかったが、突如として耳元に鈴を転がすような音が響いた。


 ――錯覚か。


 戦場を見渡せば気にしている騎士などひとりもいない。だが、カインは天性の勘が働き、そのわずかな音を無視することができなかった。


 りぃーん、りぃーん、と。


 ささやかであった音は次第に大きくなり、やがては斬り合っていた騎士たちが手を止めるほどの轟音に変化した。


「な、なんだこの音は」


 脳天に直接錐を揉み込むような痛みが強烈に走り、カインは眩暈を覚えてその場に膝を突いた。


 煩い、と感じたのも一瞬だった。


 強い酔いが回ったように目の前がくらくらして、腹の中に気持ち悪さを覚える。


 なにか指示を出そうと身体に力を込めるが、四肢がまるで自分のいうことを利かずカインは腰砕けになって地面に横倒しになった。


(なんだ、これは……)


 気分の悪さや酩酊に似た感覚は瞬時に消え失せた。代わりに、腕一本持ち上げるのが億劫なほどの倦怠感と、関節の隅々に鉛を詰め込まれた気分になる。


 強烈な眠気だ。


 気を抜くと一瞬で意識が彼岸に持っていかれそうになる。


 ――立って。指示を出さなければ。


 目を開けていられないほど強い睡魔が襲って来る。周囲の状況を把握することができない。意識の肉体への繋がりが強制的にオフにされそうだ。


「あ、あああっ」


 カインは一滴だけ残った気力を吐き出すと右手の指輪に仕込んであった針を引き出して左腕に突き刺した。


「くうっ」


 息を吐き出しながら人差し指を引き抜く。

 これは暗器の一種である。


 都城で起きた戦いの経験を活かしたカインとっときの仕込み武器であった。


 激痛で、瞬間、曇ったウインドウガラスのような意識がクリアになる。


 立ち上がる。

 このときを逃せばほかにない。


「退却、退却、だ……」


 なんとか叫んだが、カインの目に映ったのは先ほどから一変して苦境に陥った騎士たちの姿であった。




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