69「蟲使い」
(こういうときは、本当に現代人と異世界人の違いをハッキリ感じさせるな)
普通に話している分には普段わかりにくいのだが、現代日本から転生したカインに比べてこの世界の人間は異様に迷信深いのだ。蟲使い云々など根拠のない理由で目の前の娘を忌避しており、そういった民族的に流れる抵抗感はいくらカインが領主代行であるとはいえ口先で説明してもそう簡単に「はいそうですか」と納得がゆくものではないのだ。
「なら仕方がない」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なにをなされるおつもりですか」
カインが大地にうつ伏せになったままの娘の前にしゃがみ込むとゴライアスが素っ頓狂な声を上げた。
「決まっている。私が彼女を天幕まで運ぶのだ」
「そ、そのようなことは……」
「なぜそのように忌み嫌う?」
「え、けど、蟲使いは昔っから身体に蟲をいっぺぇ飼っているって、じさまが……ああ、もうコンチクショウ!」
「気づいているだろうゴライアス。この者、身体中から血の臭いがする。すぐにできるだけの手当てをしてやらないとな」
「けど……」
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さずというだろう。さっきの口ぶりならおまえたちがいう蟲使いは本当なら村の人間を嫌って滅多に姿を見せることもないのだろう。それが、こんな闇の、ロクに人も通らぬ野天に陣を張る男たちの近くにやって来たというのは、無意志の内に救いを求めていたことにほかならない」
「かもしれやせんが」
「それに領内に住む民ならば私にとっては子も同然。蟲使いだろうがなんだろうが見殺しにはできぬ」
「ああ、もう。わかりましたよっ。俺が運びますからカインさまは手を出さないでくだせぇ! カインさまになんかあったらカルリエの土地に住めなくなっちまう!」
「そうか。頼む」
ゴライアスはひょいと娘を抱き上げると素早く天幕の中に運び込んだ。とはいえ、急場なので中にはカインが使う専用の簡易ベッドと毛布しかない。
「そこに寝かせろ」
「え、でも、はぁ。わかりましたよ!」
――せっかくカインさまにゆっくり休んでもらおうとふかふかの毛布を手に入れて来たってのに。
(ゴライアスの気持ちはうれしいが。今は、この娘の手当てが先だな)
カインはベッドに寝かせた娘のローブをすべて剥いだ。露になったのは、それほど深手ではないが、幾つもの真新しい創傷が身体のあちこちに刻まれていた。
(背丈は今のおれよりも拳ひとつぶんは小さいだろう。子供に見えたが、身体つきは歴とした成年だ)
目測で一三〇そこそこしかない娘の身体はあきらかに大人のものであり。小振りではあるがすべて完成されていた。
「ゴライアス、酒だ。まずは傷口を洗う」
「わかりやした」
錬金術士の家系に生まれただけあってカインが持っている薬の知識は並の医者などよりもはるかに造詣が深い。
「これはカルリエ家秘伝の膏薬だぞ。どこぞの誰だかは知らないがツキがあったな。問題ない。きっと助けるぞ」
カインは酒で娘の傷口を洗うと素早く貝殻を開いて中の軟膏を塗り込みだした。独特の臭気がプンと天幕の中に漂う。カインもゴライアスも先のいくさで傷病兵のいる医療所を嫌というほど回ったので、たいして気にはならずむしろ懐かしいくらいだった。
「フェー。カインさまは医術も神業でございますな」
「どってことない。出血も思ったほどじゃなかった。ゆっくり寝かしてやろう」
それだけいうとカインは娘の身体に毛布をかけて天幕を出た。
「やはりカインさまは豪傑であらせられる。あの蟲使いの娘の身体をまったくもって怖がらず、ぱぱっとひん剥いてささっと薬を塗っちまうなんてぇのは、こりゃもう並の人間にできることじゃねぇや」
ゴライアスが大杯になみなみと注いだ酒精を一気に呷ると、若い騎士たちは先ほどの憔悴振りもどこへやら、やんややんやと喝采の嵐。カインが行った慈悲による行為は瞬く間に騎士たちの胸には豪胆かつ恐れを知らぬ若き領主としてインプットされてしまった。
「カインさま、わたしたちが臆病者でした」
「これからも見捨てないでください」
「自分もカインさまのように肝を鍛えます」
(こいつら、自分の薄情さを薄れさせるために無理やりおれの武勇へと上書きしやがったのか。まあ、しょうがないか)
だいたいが頭をこんつくと殴られて雷を落とされても寝て起きればすべて忘れている単純明快さと切り替えの早さが彼らの売りである。カインは話を蒸し返すことなく寛大さを見せてやった。
「まあ、いいか。それよりもだ。ゴライアス、やはり領内を見て回ったが田畑の土壌は改良しなければならないな」
「へえ。カルリエの土地はそれほど悪くはねぇと思うんですが、どうにも作物は温暖な南の土地に比べれば収穫量が少ねぇかなと思ってやした」
「カルリエの土地は酸性が強いんだ。徹底的に土壌を改良すれば農作物の収穫量はきっと飛躍的に向上する。ただのそのためには大量の石灰が必要なんだが」
「はぁ、石灰……ですか。白壁を塗るときに使う、白いアレ」
ゴライアスはキョトンとした顔をしている。
「ちなみにカルリエでは田畑にはどんな肥料をやっているんだ?」
「普通に家畜の糞と敷き藁を混ぜたやつを撒くってくらいですが」
「なるほどカリ肥料程度しか使っていないのか……」
草木の灰や家畜の糞尿を混ぜ合わせて熟成腐敗させた堆厩肥などが古き時代ではよく使用された。
このような自然肥料に含まれるカリウムは微量であるが肥効は比較的早かった。
「お話の途中すみません」
たき火を囲んでのゴライアスとの会話に耳をそばだてていた青年騎士が進み出た。
「石灰でしたらこの近くの山で取れると聞いたことがあるのですが」
「石灰鉱山があるのか。そりゃ好都合だ。で、ええと」
「アルノーです。このあたりは自分たちの庭のような者です。閣下の探しておられる石灰石は、すぐ向こうの山でずいぶんたくさん取れると爺さまから聞いたことがあります」
「アルノーよ。カインさま相手にいい加減なことをいうんじゃねぇぞ?」
「ゴライアス。この際伝聞でもいいのだ。正直、これ以上無駄な出費はさけたいところだ。天然の石灰石鉱山があるなら有効活用したい。けれど、私が目を通した書類にはこのあたりにそのような鉱山があるとは書かれていなかったのだが」
「カインさま。山で石灰石は取れるのですが、実はあの土地は数十年前外からやって来たミコマコ族が占拠していて官吏をよせつけぬ化外の土地となり果てているのです」
「はんっ。このあたりの騎士はそんな蛮族を我が物顔にさせているのか。いい機会ですぜカインさま。ここには血の気の多い野郎どもがこれだけいるんだ。代替わりのあいさつついでにサクッとそのミコマコ族ってのを追い払ってやりやしょうや!」
景気のいいゴライアスの言葉に血気盛んな若者たちがドッと青い怪気炎を上げる。
「いや、落ち着け。この土地の貴族が蛮族を追い払えなかったのはそれなりに理由がある。そうじゃないのかな、アルノー」
「はい、閣下。実はミコマコ族は妙な術を使って討伐に来た騎士たちを幾度も撃退しているのです。彼らは放っておけば里に下りることもないので、今日まで放置していたのですが……」
「それもこれまでってことよ。この土地にカインさまと一の子分であるこのゴライアスさまが来た以上はンな聞いたこともない蛮族に好き放題はさせやしねェ。でしょう、カインさま」
「いきなり喧嘩腰になるつもりもないが。とりあえずは山に行ってみないとどうにもならないだろうな。交渉ができればミコマコ族から平和的に石灰石を買いつけてもいい」
「カインさま。ここはスカッとやっちまいましょうよ」
「情けない声を出すなよ。実力行使は最後の手段さ」
――ついていたな。石灰を自領で採れるようになればかなりの経費削減に繋がる。
無論、王都の商工ギルドに連絡を取れば石灰程度はどうにでもなるだろうが、カインが知る限りは石灰はそれほど流通しているものではないらしく、安価に手に入るとはいい難い。
(我が家で賄えるのならばそれにこしたことはないさ。採掘方法も露天掘りで充分。ゴライアスにはああいったが他領のよくわからん蛮族に配慮する余裕はない)
石灰石は土壌改良だけではなく、作物の病害抑制、食物生産、飼料向上など多岐に渡って必要とされる。
カルリエの土地は海に面していないので貝殻を拾って砕いて作るなどというのは現実味がない。
(だから、過去の領主があまり目をつけなかった石灰鉱山を接収させてもらうぞ)
「ということで、そろそろみなは休め。明日はヤマにゆく。たっぷり眠って体力を温存するのも仕事の内だ。深酒はほどほどにするのだぞ」
「ってカインさまの仰せだ。見張りを立てながら交代に休め」
ゴライアスが指示を出すと騎士たちは威勢よく返事をしてテキパキと宴の始末に取りかかった。
カインは適当な天幕を借り受けると地面に広げた毛布にくるまって目を閉じた。
明日も仕事はある。
そのためだけの休息であった。




