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57「治療」

 それでも三時間は休めただろうか――。


 カインは屋敷の中で人が動く気配を察知し、意識を徐々に浮上させた。ドアがトントンと軽めにノックされる。


「おはようございますカインさま。お怪我の具合を見るために医者を呼びました。入室のご許可を」


「お入り」


 ロックの声にカインは一瞬緊張させた身体を再び弛緩させると、毛布の中で身体を動かし全身及び足首に走る痛みを思い出した。


 身体に走る数カ所の切り傷はそれほどでもないが、足首の痛みは相当だった。


(そういや潜入のときグネったんだっけか。忘れてたな)


 ロックが連れて来た白髪の老医師と白い頭巾と白いローブに身を包んだ若い女性がカインをベッドから下ろすと治療をはじめる。


「ふむう。カインさま。各負傷はみな軽い炎症を起こしておりますが問題はないでしょう。骨にも異常はありませぬ。念のために治癒士を連れて来たので魔術をかけさせます」


「ああ、それじゃあ念のために頼む。今日も忙しいからな」


「それじゃあ治癒魔術をかけさせていただきますね」


 ロリロリボイスな治癒魔術士はカインの剥き出しの脛をペタペタ触るとむーっと唸って術をかけはじめた。


「なるなるよくなるすぐよくなる……」


(なんだこのアホみたいな呪文は)


 詠唱がはじまるとカインの足首はカーッと熱くなってまるで湯に浸かったように真っ赤になった。


「なおるおるおるぜったいなおる……」

「なんかスッゴクむず痒いんだが」


「ちょっと今話しかけないでもらえます? 集中途切れちゃうから」


 童顔の治癒魔術士は丸くて大きな目をやや吊り上げ口をへの字にした。


「いや、すまない」


「わん、つー、わん、つー。ちちんぷいぷいのぷいっ」


(なんか真面目に聞いてるのアホらし)


 だが、カインの呆れをよそに捻挫の痛みは治癒魔術士の呪文が終ると嘘のようにピタッと収まった。


「あれ? なんだこれ、ぜんぜん痛くない。治ったのか……」


「ほほほ、カインさま。ヘインチェの治癒魔術は中々のものでしょう。重傷ならばともかくちょっとした捻挫や切り傷ならば立ちどころに治してしまうのですよ」


 老医師は柔和な顔をゆるませて小さく笑った。


「カインさま。続けてお身体の切り傷もわたしがすべて治療させていただきます」


「ああ、できることならば頼む」

「それではぱぱっとやってしまいますねー」


 のほほんとした治癒魔術士の言葉を聞いてハッとした。足だけに走ったあのむず痒さが全身の切り傷に生まれたらどうなる――?


「はい、ぱぱっと治って」

「ぐああっ」


(短い詠唱でいいんじゃないか!)


 カインは脳天を貫くような掻痒感に襲われてベッドの上で身悶えしようとしたが、ほぼ同時に治癒魔術士と老医師に押さえ込まれた。


「お静かに願います。傷に響きますよう」

「我慢です」


 チクチクとした痒みと熱で頭の奥に虹色のきらめきが数度光った。カインが顔中を汗まみれにして絶叫していると、しばらく経って潮が引くように痒みが消えていった。


「あ、あれ。もう、ぜんぜん痒くないぞ」


「どうしたものかヘインチェの術はこれさえなければいいのですが。なぜか患者には恨まれることが多いのですよ」


「カインさま、ヘインチェの荒療治、お気に召しましたか?」


 にぱっとヘインチェは笑ってブイサインを決めていた。


 カインは老医者がいなければたぶんヘインチェに対して感情を爆発させた暴行をしていただろうと天に感謝した。


「もう治療は済んだんだろう。ありがとう。さよなら」


「むむ。カインさまのお言葉になにかトゲを感ずるヘインチェなのですが……」


「お帰り」


 枕元の鈴を鳴らすとロックがヘインチェと老医師をジロリと睨んだ。かなりきつめに。これにはたまらずヘインチェは老医者を置いて風のように去っていった。



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