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38「茶会」

「やれやれと。今度こそ本当にひと息つけそうだな。ジャスティン、お茶」


「ただいまお持ちいたします」



 カインはブラウンの髪が美しいメイドのジャスティンにカルリエ産の茶葉で淹れてもらった紅茶を飲みながらホッとため息を吐いた。

「カインさま、お菓子もいかがでございますか」

「じゃあ、一番小さなやつを頼む」


「ふふ、カインさまは小食でございますね。お館さまはすべてペロリと平らげましたのに」

「身体の大きさが違うよ」


「お可愛いこと」

「調子に乗るな」


 だが、今年で二十一になるジャスティンは慣れたこともあってかカインがなにをいっても軽く笑って受け流してしまう部分があった。


(やりにくいな。やっぱ、この身体はまだガキだしな)


「あのな。私もときには怒ることもあるんだ。ジャスティンは理解しているのか?」


「さあ、カインさまはお優しい上に寛大なので、メイド如きの戯れはお気になされないと信じております。けれど、そうですね。カインさまが折檻なさるというのであれば、このメイドは怖くて怖くてどうにかなってしまいますわ」


「わかった。わかったから淑女が容易に人前でスカートの裾をまくるな」


「あら? 窓に隙間が。いけない風ですわね」


「悪かった。もう、このことには言及しない。だから――」


「だからアイリーンには黙っていてくれ、ですか?」

「勘弁してくれ……」


「はい、もういたしませんよ」

「そうしてくれ」


「誤解が起こるとカインさまに不利ですので扉は開けておきますね」


 からりとジャスティンはわざとらしく入り口の扉を開けた。外に立っていた護衛の騎士が兜の庇を上げてちらりと中を見て笑いを噛み殺したようにカインは思えてならなかった。


「おまえは私をなんだと思っているんだ」


 ジャスティンはやわらかに微笑みながらケーキスタンドに乗っている中で一番小さいものをアイボリーの皿に取り分けると、食べやすいようにナイフで刻む。


「頼むから食べてるとこをジロジロ見るな」


「すみません。でもカインさまがあまりにいとおしくて」


「いってろよ」


 とりあえずカインはじゃれて来るジャステインを無視した。


 それにしても英国風のアフタヌーンティーに似たロムレスの作法にカインはまったく慣れることができなかった。


(この世界の人間は食い過ぎだ)


 王都の実家の屋敷にいたときも、午後の茶会は必ずあったが、昼飯をたっぷり食べて数時間もしないうちに、バターと砂糖がこんもり使われた軽食は胃があまり頑丈でないカインにとっては厳しいものだった。


 ときとして、転生する前の日本人だったころを思い出す。海外に行ったのは二十代のころ、ハワイに行ったのが一度きりであった。しかし、十日も観光客向けの肉料理ばかり食っていると、薄味の日本食や米や味噌汁が恋しくなったことを思い出した。


 カインとしてロムレス人に生まれ変わってからは、ずっとこの国の食べ物を食いつけているので、それほど日本食に対する飢餓感はなかった。


 だが、時折思い出したように醤油や新鮮な刺身が食べたくなることがある。この国の魚料理も悪くはないのだが、根本的に種類が違う。タバコをやめて十数年経って、紫煙を見ると無性に喉が渇くような飢えがカインの根底にあった。それは魂の奥底に複写された日本人であったころの名残のようなものだった。


「失礼します、カインさま。あっ」


 茶器のセットを持って入って来たアイリーンがジャスティンがいるのを見て表情を硬くした。


(マズいな)


 と、いうのもアイリーンは気を利かせてカインのためにアフタヌーンティーの用意をしたのに間違いはなかったが、すでにジャスティンが室内にいることを悟りあきらかに気分を害しているのだ。


「あら、アイリーン。カインさまのお茶はすでに私が用意しましたからそれは必要ありませんよ」


「……すみませんカインさま。気の利かぬことを」

「わーっ、待て待て」


 くすん、と泣き出しそうな表情ですごすご退散しようとするアイリーンを呼び止め、カインはカップの茶をひと息に飲み干した。


「終わり。それじゃ、次はアイリーンの持ってきたやつを飲むとしようか。今日はやけに喉が渇く」


 カインがそういうとアイリーンはパッと表情を明るくしていそいそと支度をはじめた。


「あらあら、カインさまはアイリーンにはことのほか特別お優しいこと……」


 ジャスティンはスッと目を細めるとカインの産毛が逆立つような視線をアイリーンに送っている。


(それにしても、なんでおれはメイドごときにここまで振り回されているんだろうか)


 カインが領内の鎮圧をほぼ終えて屋敷に戻ると家人たちの歓迎は想像をはるかに超えたものであった。


 勿論、示威行為として多数の騎士をわざと引き連れて来た効果もあったのだろう。だが、以前は領主代行とはいえ名ばかりであると思われていたカインの武勇は戦場で立派に証明された。これにより民衆の純朴な尊崇は異常なまでに高まっていた。


 そして屋敷のメイドたちの反応は民衆などよりも顕著だった。


「え、嘘、カインさま戻られたの? マジやばくね?」

「ねぇねぇ、あーしの髪形乱れてないっしょや?」


「カインさま、カインさま、カインさま、あたしの王子さま!」


「やーん、どうしよ。今日に限ってアタシきちゃったし!」


「黙れやめろ貴様らカインさまは私のものだこのニワカめが!」


 など、それまでは十一歳という年齢の幼さもあってか、やや一歩引いて見るところが多かったメイドたちもそれぞれが異常なまでの強い反応を示すようになっていた。



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