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123「残ったもの」

 夜が明けた。

 暗殺者たちの死体は残らず回収され屋敷の裏庭に並べられてムシロをかけられている。


 そこには、カインをさんざん悩ませたミロスの冷たくなった骸もあったが、わずかな見張りを残して、ほとんどの人間がディーバ川の様子を見に行っていた。


 雨は昨夜より延々と降り続けていたが、勢いは幾分弱まっていた。


 土臭い異様な泥が混じった濁流を眼下に捉えながらカインは腕組みをしたまま、刻が止まったように立っていた。


 濁りきった水が上流から無数の塵埃を運びながら押し寄せてきているが、堤はビクともせずに跳ね返していた。


「勝った……」


 土手に密集していた無数の領民、河川工事に駆り出された屋敷のメイドや従僕の中から自然と声があふれた。


「あれほど集まるなといっておいたのに……」

「無理ですよカインさま、みんな、自分ごとですもの」


 アイリーンがくすりと小さく笑った。

 カインの隣には屋敷のメイドたちがズラッと並んでいる。

 本来、力仕事になど向かない少女たちであったが、泥まみれになりながらも拙い動きで土木作業や炊き出しなど汚れ仕事を厭わず奉公してくれたのだ。


「鼻の頭」

「はい?」

「泥がついてるぞ」

「え、うそ、ヤダッ」


 アイリーンは慌てて顔を隠すと狼狽して真っ赤になった。


「嘘だ」

「あ、あ、え? ……ひどいですっ!」


 カインとアイリーンのやり取りを見ていた領民たちからほがらかな笑いがドッとあふれた。


「でも、でもやったんだ……」

「おれたちが、これを……」


 疲れ切った村の男がその場に四つん這いになると、子供のように涙をボロボロと流した。それを見ていた騎士のひとりが、片膝を突き、抱き起した。


 諸肌脱ぎのまま百姓と変わらぬ赤茶けた顔の青年騎士も頬を涙で濡らしていた。


「そうだ。俺たちでやり遂げたんだ。もう、もう、おまえたちはディーバ川の水竜に怯えることはない。やった、よくやったぞ」


 騎士はそういうと、その場に跪き、男泣きに声を上げて泣きながらカインの居る方向に顔だけを向けた。


 あれほど人手を割くことを嫌っており、カインを頑なまでに認めなかったジュリアンヌも兜を脱いでその場に跪く。倣ったように、領民すべてがその場に屈むとあちこちからすすり泣きの声が広がり、カインは面映ゆいようななんともいえないくすぐったい気持ちになり無意識のうちに視線を空に転じていた。


「おまえたち、あれほど増水時には川に近づくなと通達しておいたはずだ! さっさと土手から降りて家に帰れ!」


「そんなことはねぇだ。カインさまの作った堤だべ。絶対に切れることはねぇだ!」


「んだ、んだ!」

「カインさまは神の生まれかわりだべ!」

「カルリエはカインさまがいる限りどこの国よりも平和だ!」

「カインさまは天下一のご領主さまだ!」


 感情の堰を切ったように領民たちは叫び声を上げながら天へと腕を突き上げた。


 それらはあっという間に、その場にいた全員に伝播し、土手の周辺は合戦さながらの叫びと吠え声に包まれていった。


 日ごろは冷静で自分の感情を露にしないセバスチャンまでもが汚れたシャツのまま長い腕を突き上げ、ひと声吠えると、ゆっくりと人ごみを掻き分け歩み寄ってきた。


 領民の叫びが通じたかのように、降っていた雨が弱まり、雲間からひと筋の陽光が差し、カインだけを照らし出す。


 その宗教画のような光景に領民たちは、徐々に張り上げていた声を止めると、誰に命じられたわけでもないのに、その場に四つん這いになって首を垂れた。


「天が坊ちゃまにカルリエを治めよと、そう申しているのでしょう」


 セバスチャンの声。


「カルリエの領主はやはりあなたさまがふさわしいのです」


 たまらなかった。

 カインはぐずっと鼻を鳴らすと人差し指で乱暴にこすり上げた。


「だから、私は領主代行だといっているだろうが」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういや、地母神?ダメ神さまの格って今回の件で上がったのかな? [一言] 久々にステータス見たい。
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