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102「仮装好きな姉」

 左手に黒々とした丘があり野場の群れがのんびりと草を食んでいた。ジェフには近場であると伝えておいたのでロバに似た馬は連れてきていない。


 小さいが鬱蒼とした森を抜けるとやがて開けた場所に出た。カインたちの目の前に、大人がなんとか屈めば入れそうな洞窟があった。


「こ、ここ。ここだよカインくん。わたしたち、ここに入っていって――」

「そしてゴブリンロードに敗れた。そして隊は四分五裂。そうですね」


「なんで、そこまで……!」

「事前調査ですよ」


 カインは昨晩部下を走らせて夜っぴいてこの村を襲っているであろうゴブリンの情報を集めさせた。

 金と権力にものをいわせて、メリアンデールたちが依頼を受けた冒険者ギルドのマスターを真夜中に叩き起こして詳細な情報を集めさせて討伐の準備を行った。


「うう、言葉もありません」


 メリアンデールはカインの言葉にしょげ返ったが、度胸が決まったのか瞳の光も全身の気も力にあふれていた。


「それじゃあいこっか。戦闘はわたしに任せてよ。これでもお姉ちゃんは記憶力がいいから道はよく覚えているよ」

「その必要はありません」


 カインはメリアンデールの背を押してグイグイと洞穴から遠ざけると、すぐそばの樹木のうろに隠してあった荷物をジェフに紐解かせて用意を行わせた。


 ――ゴブリンロードは賢くはないが小狡く、強靭ではないが粘り強い。


 ゴブリンは小鬼のありふれたモンスターであるが、この種族のロードという歳を経た固体は長命だけあって経験と人間の隙を衝く抜け目のなさと、異様なまでの執念深さを持ち合わせていた。


 身体がほかの個体より大きく、魔術さえ用いるといわれるそんなゴブリンロードが統率する数すら把握できないほど多い営巣に突っ込んでゆくような愚を、時間の余裕がある状態では犯さない程度にカインは小知恵が利いた。


 ジェフがテキパキと洞穴の前に真っ黒な草を積んでカインの合図と同時に火をつけた。

 淡い煙の色が徐々に濃くなって青っぽくなりゴブリンたちの巣穴へと流れてゆく。


「カインくん、これは?」

「毒草です。しかも極めて即効性で蟲退治にはよく効きます」


 錬金術士の家系であり、いわば薬草の調合は本職であるカインにしてみれば敵が巣穴の奥に引っ込んでいれば、それを逆手に取ればいいだけの話であり、この方法は取り立てて奇術というほどのシロモノでもなかった。


「わざわざ害虫どもの巣穴に足を踏み入れなくとも、やつらは嫌でも地上に出てきますよ。こちらが騒々しくノックをすればね」


 樹木を拳でカインは打つ真似をしてみせた。

 ほどなくして毒の煙を吸って息も絶え絶えになったゴブリンたちがゲーゲーと唸りながら次々に穴から飛び出してきた。


 ジェフが念のために長剣を払って構えているが、毒煙をモロに吸ったゴブリンたちは先を争って洞穴から飛び出ると、あたりに吐瀉物を撒き散らしてドンドンと倒れてゆく。


 カインは樹膚に背をもたれさせながら、未だ戦おうとする意志を持ち得物を振り上げ打ちかかってくるゴブリンに向けて弓の狙いをつけた。


 弓弦が鋭く鳴って矢が放たれゴブリンたちは前衛のジェフに届かない位置で次々に絶命していった。


(騎士たちを投入すればカタはもっと楽に着くだろうが、まあ、人件費の節約だ)


 護衛のために村の周辺を守っている騎士たちに援護を頼めば武功をあげるぞとばかりに勇んでやってくるが、彼らは基本考えなしでドンドン洞穴に乗り込んでゆくだろう。


(害虫退治ならばこの程度の小細工で充分だろう)


 絶対に敵の弾が当たらないシューティングゲームをやっているようなものだ。

 プレイヤーがやや空き始めていたときに、ゲームは終盤の動きをみせた。


 入口にたまっていた小鬼の群れをラッセル車のように突き飛ばしながら、まったく別種としか思えないほど体格のよいゴブリンが現れた。


 必要以上な装飾品を身に纏い、肌の色がどの固体よりも濃く、どの固体よりもはるかに醜悪な面貌をしたゴブリンは偉丈夫でありわかりやすい敵の形をしたジェフに向かって威嚇した。


「ジェフ、気をつけろ。それがここの巣のボス、ゴブリンロードだ」


「坊ちゃま、任せてくらっせい。ちっとくれぇカラダ動かさんとなまっちまって困るべさ」


 ゴブリンロードはいきり立って襲いかかってきた。

 ジェフは悠然と長剣を構えたまま迎え撃つ。

 巨大な飾りのついた杖がジェフの頭を割ろうと真上から打ち下ろされた。


 大気を割って鳴る杖の一撃をジェフは長剣で受け止めてなんなく弾き返した。

 ジェフは身を低くして長剣を水平に振るった。


 狙いは無防備なゴブリンロード足元だ。

 切っ先は凄まじい刃風と共にゴブリンロードの左脛を断ち割った。


 絶叫が流れる。

 ジェフが長剣を振り下ろそうと構え直す。

 わずかな時間の空隙が生まれた。

 その隙を見逃す小鬼ではない。


 ゴブリンロードはしゃにむに転がって距離を取ると呪文を素早く詠唱した。


 杖の先が真っ赤に光って巨大な火球がボッボッと鈍い音を鳴らして吐き出される。


 オレンジ色の火球は唸りを上げて飛来するがジェフは俊敏に横っ飛びでそれらをかわした。


 火球は樹木に当たって四散し白煙が立つ。

 ジェフは土煙を上げてすべるように大地を疾駆して距離を詰める。


 四メートル。

 感覚的には手の届く範囲だ。

 ジェフは長剣をかつぐようにしたまま地を蹴って大きく飛翔した。


 ゴブリンロードが反射的に杖を頭上のジェフに向けた。

 ジェフは呪文の詠唱を恐れず怒声を発しながら長剣を両手で握り一気に振るった。


 肉の断裂する鈍い音が鳴った。


 ジェフが地に降り立ったときゴブリンロードは天を向いたままの態勢で停止した。


 ――やったな。


 息を詰めて見ていたカインは勝利を確信していた。

 ゴブリンロードが捧げ持っていた杖が真ん中あたりでふたつに割れた。


 同時にゴブリンロードの身体に真っ赤な亀裂が走り血煙が立ってバクッと左右に分かれた。


 ジェフは長剣に付着した血液を振り落とすと襤褸切れを取り出して拭い鞘に納めた。






 ゴブリンロードを打ち倒したカインは首を塩漬けにしてすぐさま冒険者ギルドに送った。


 寿命が短いとされるゴブリンの中でも長命を誇ったロードの首は今回討ち取った衆の中でもひと際大きく、知らせを受けて村まで見分に来たギルドの係員が腰を抜かすほどであった。


「まさか、あなたさまがご領主さまで」


 ギルド職員とのやり取りの中でカインの存在は村衆にあっさりとバレて湯治どころではなくなった。


 非礼があってはならないと、起居の場所は丘の上の屋敷に代わり、入れ代わり立ち代わり村の周辺の土豪や小貴族が目通りを願って次から次へとやってくるのに応対だけで日が暮れてしまう。


「帰るか」

「んだべ」

「ですな」


 カインの主従は遠い目をしながら、その夜、ほとんどあいさつをかわす暇もないくらいのスピードでこっそり屋敷を抜け出し、村の周囲を守っていた騎士たちに馬車を手配させると風のように立ち去った。


「姉上。領地の仕置きで私はそれほどお相手できませんが、不自由がないように家人たちにいい含めておきますので、そのあたりはご心配なく」


「ええと、それなんだけど。カインくん、わたしがカルリエにいるってことお父さまにいわないでほしいんだけど。ね?」

「いや、そういうわけにもいきませんよ。ずっと行き方知れずになっていたわけだし」


「そこを、そこをなんとかーっ。黙っていて。おねがいっ、お姉ちゃんのおねがいっ。なんでもしたげるから……」


 帰途の馬車の中でメリアンデールはカインにすがりついて自分の存在の秘匿を懇願してきた。


「姉上、年ごろの娘がなんでもするとかおっしゃられては困りますよ」

「ねえ、秘密にして。お願い」


「……私が黙っていても屋敷にはセバスをはじめとして姉上を見知っている人間が多いので、王都に知られるのは時間の問題ですよ?」


「それは、うん。へっへーん、わたしなりに対策をですね、考えてきました。じゃっ、じゃーん」


 メリアンデールはドS系女王様御用達のバタフライマスクを装着すると衣装もレースの飾りが夜の職業を思わせる黒のドレスに着替えた。


「どう? これならわたしだってことバレないんじゃないかな?」


「ふたりきりだからっていきなり着替えないでくださいよっ。てか、それじゃ、あからさまに」


 ――娼婦みたいじゃん。


 と、カインはおもったがキョトンとしている無垢なメリアンデールに面と向かって伝えることは憚られた。


「そうね。わたしが屋敷にいる間はブラック・ウィドゥと名乗ることにするね」


「……もう、お好きになさってください」


 静養するために領地経営を一旦離れたカインであったが、余計なお荷物を抱えることになってしまい、このことはのちのち彼の精神的摩耗速度に尾を引くのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱ姉上お荷物ポジションじゃん 単騎で巣穴に突撃させてゴブリンにひん剥かれる寸前まで追い詰めて現実を見せた方が良かったのでは… むしろ貴族的には、名も無き冒険者として殉職して貰った方が都合…
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