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100「同衾」

 ――さすがに眠いな。

 戦闘中は気を張っていただけに、こうして山から下りて湯に浸かり腹が一杯になるとさすがのカインも強烈な眠気に襲われて、目蓋が重たくなってくる。


「若さまはひと眠りして疲れを取ってください」

「そうだべ。見張りはオラたちがいるから安心してけろ」

「ジェフやゼンは大丈夫なのか?」


「坊ちゃま、昼日中でやすし、オラたちは適当に交代で休むからきにせんでくだせぇや。そもそも、ここには保養にきたんで坊ちゃまを疲れさせちゃあ本末転倒ってやつだべ。ジサマにオラがどやされるべ」


「それじゃ、休ませてもらうが、昼になっても起きなかったら無理やりでも叩き起こしてくれ。ちょっとまだ気になることがあるからな」

「よがす。任せてくらっせい」


 ジェフが分厚い自分の胸板をドンと叩いてニカッと笑ってみせた。


 カインは目蓋をこすりながら寝室に向かい扉を閉めて口元に苦笑を含ませて振り返った。


「で、姉上はどこまでついてくるんですか。ここは私の寝床ですよ」


「ううん。お姉ちゃん、久しぶりにカインくんとお昼寝しようかなって、ね?」


「いや、ねじゃなくてですね。姉上の寝る部屋くらいありますから、そっちで休んでいただけますか」

「まあまあまあまあ、固いこといわないで、ね」

「ダメです」


 ガーッといつもいたずらばかりするメイドっ子たちを叱りつける体でいうと、メリアンデールは毛布を自分の身体に巻きつけたままベッドの上でひどく寂しそうな目をした。


「カインくんは、お姉ちゃんとじゃ、やだ、かな?」


 メリアンデールの瞳。

 ふざけていた先ほどの様子からはまるで考えられないほど暗く沈んだものだった。


 考えてみれば、カルリエ家の事情を考えればメリアンデール自身も家族愛に恵まれた人生を送ってきたとはいいがたい境遇だった。


 カインが知る限り、父母の愛情を一心に受けていたカインと違い、メリアンデールの生活は花嫁修業と屋敷に缶詰めで一挙手一投足を見張られ、到底楽しさや潤いに満ちたものとはかけ離れていたものであった。


 捨てられたばかりの仔犬のようなすがるような目つきをする姉を見ればカインもこのちょっとしたわがままを切って捨てることができなくなっていた。


「ちょっとだけですよ」

「やたっ。じゃあ、カインくんはお姉ちゃんの横ね。はやく寝ましょ」


「はいはい。静かにしててくださいよ」

「カインくん、はやくねまちょうねー。ねんねー」

「赤子じゃありませんよ」






 馴染みが薄い姉との同衾など不可能かと思われたが、カインの入眠は思いのほか速やかに行われた。


 自分以外の体温やにおいが気になり熟睡はできないのではないかと危惧していたのであるが、意識は一瞬で切り落とされ、あっという間に深い眠りの中に転落した。

 泥のように眠って気づけば夕方だった。


「う。身体が重い」


 床にメリアンデールの姿はなかった。ゼンに聞くと数時間前に起きて、湯に浸かり、今は村の周囲を散策しているとのことであった。


「悪い。もっと早くに起きるつもりだったんだが」

「若さまは日ごろの政務でお疲れなんですよ。むしろ、ゆっくり休まれてよござんした」


 外の空気を吸うため宿の外に出るとジェフが馬に飼葉をやっていた。


 屋敷から連れてきた馬ではなくずんぐりむっくりした驢馬のような格好だが、その分手足は太くここ一番の力はありそうであった。


「坊ちゃま、おはようごぜえますだ。メリアンデールさまならまもなくお戻りになるべ」


「ああ、ジェフ、すまなかったな。見張りを押しつけてしまったようだ。おまえはロクに湯にも浸かれず、苦労をかけるな」


「んん? そっだらことよかんべえよ。そもそもオラは坊ちゃまの警護できてるだ。それにゼンのうんめぇ料理さえたらふく食ってれば文句はねぇし、贅沢いったらバチが当たるべ」


「そうか。けど、今なら大丈夫だから汗を流してきたらどうだ。ここは私に任せろ」


「いやいやいや。坊ちゃまにそっだらことさせらねぇべさ! ジサマに叱られるべ」

「んー?」


 カインはやたらに早口になるジェフに近づいて鼻をヒクヒク蠢かせた。


「……おまえ、もしかして風呂嫌いなのか」


「ぎ、ぎくっ。そ、そっだらことはねぇべ。いや、いまはただお役目中で、あっ! そうだべ! 山賊たちとの戦いで使った剣を砥いでおかにゃあならねぇだ! あぁ、残念だ。残念だべ」


「あのな。私も潔癖症というわけじゃないが、少しは身綺麗にしないと婦女子に嫌われるぞ」

「あ、う……」


 ジェフはシュンとうなだれるとカインをチラチラ見て「どうにか勘弁してくんないかな」という媚を見せたが、まったくもって表情を動かさぬ主人の態度に観念したのか、手拭いを肩にかけると湯壺に向かっていった。


「まあ臭すぎるというわけじゃないが、姉上もいることだし身だしなみはキチンとな」


 ジェフのひと回り小さくなった背中を見つめていると、軽い足取りで農道の向こう側を駆けてきたメリアンデールがひらひらと手を振っているのが目に映った。


「はろはろー。あ、カインくん起きたんだね。ぐっすり眠れたかな?」


「姉上、おはようございます。といってもいまは夕方ですが。おかげさまでぐっすり眠れました」


「うんうん。お姉ちゃんはかわいらしいカインくんの寝顔が見れてうれしかったよー。なんちて、てへへ」


 メリアンデールはぺろりと舌を出すとパチッとウインクを決めた。


「それよりも、姉上はこれからどうなさるおつもりですか?」

「うーん? これからの予定? とりあえずカインくんやみんなと一緒に夕ご飯して、それから、あ、そうだ。カードわたし持ってるからみんなでゲームして遊ぼうよ!」


「いや、そういうことではなく、これから先をどうするかというお話ですよ。王都に戻るのか、それとも旅をお続けになるのか? ゆくあてがなければ、我が屋敷に好きなだけご滞在なすっても構いませんが」


「うーん、とりあえずその前にやりなこしたことがお姉ちゃんにはあります」

「は?」

「ゴブリン退治よ」


 メリアンデールは不敵に笑った。


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