彼の一人語り
言い切った三山の表情は、どこか苦笑いをしているようだった。彼の言ったその言葉がどういう意味を持っているのか、はっきり言ってその場で理解することは俺には不可能、ということを彼は少し察していたのかもしれない。
「まぁ、僕が持ってる事実はそれだけさ。これで僕の義務は果たした。――そしてここからは僕が個人的に言いたいことなんだけど」
そういうと、三山は立ち上がった。なぜか、その表情は見えない。きっと、差し込む西日のせいだ。
そして、そいつは。三山は、俺を真正面から睨んだ。
「この目の話だ。僕はおととい街で突然襲われて、ナイフで目をえぐられた。そりゃあひどい痛みだったよ。てっきり通り魔に襲われた、って思った。なんて運が悪いんだろう、ってね。だけど、それは違った。そいつ――その黒いフードの男は、確実に僕を狙ったんだ。そいつは個人的な恨みを僕に持ってるみたいだったね。当然僕は、ここまでの人生で人から恨まれるようなことをした覚えはない。必死に人違いだ、って抗議したさ。でも、そいつはこう言った。『あの女と、浅井圭人を接触させたのはお前だろう』って。その時は頭が真っ白になったね。その後は、もうほとんど覚えてない。残ったのは全身打撲と後と、視界半分の暗闇だけ。……ここまで言って、僕が何を言いたいかわかるかい?」
三山は、半分嗤っていた。何を、かはわからない。そいつがまともな精神状態であるかどうかも怪しかった。
「やっぱりわかってないね。愚図な圭人のために話をまとめると、僕は圭人なんかに関わったから、片目を失ったんだ。関わったのは僕だから、悪いのは、僕、なんて言いたい? 知らないよ、そんなの。僕にとって重要なのは、圭人のせいで僕が失明した、ってこと。それだけだ」
……俺に関わったから? 意味が分からない。どうして俺はこいつに今責められているんだ?
どうせ三山のことだ。こうやって俺を困らせて、からかっているに違いない。そうだ、それ以外にあり得ない。
「きっと、僕を襲ったやつも、何かSFじみた設定をもってるんだろうね。で、彼の目的にそぐわないことを僕がしちゃったから、怒って目ん玉をくり抜きに来た、と。ははははっ、なにそれ! まるで映画じゃないか! それで僕は、あえなく命を散らす脇役かい!?」
「み、や……ま……?」
「あぁ、こんなことならあの時変な好奇心にかられなければよかったよ! そうすればあんなにつまらない二週間を過ごすこともなかったし、今も僕の目は両方正常だったろうね! あぁ、残念だなぁ! あははっ」
眼帯の奥、そこにあるはずのない眼球が、奇妙な音を立ててこちらに向くのを、俺は感じた。
「ははっ……ひどく呆けた顔だね、圭人。――もう、嫌になるよ。なぁ、僕がどうして君なんかに話しかけてやってたと思う? ただ、僕が君に興味を持った、なんて思った? バカか? クラスの端にいつもいるようなゴミ溜めの中の屑に僕が?」
何かが崩れていくのがわかった。狂気的に一つの瞳孔を開かせて、語り続ける目の前の男に、俺は影を見つけた。
「僕と君とは住む世界が違うんだよ。僕は上、君は下。スクールカースト、って言葉知ってるかい? その中で、君は下も下。そんな奴に関わろうとした時点で間違いだったんだよ」
……下も下、ね。
フラッシュバックのように、陰でこちらを笑う人間たちの姿が脳裏にちらついた。長方形の箱の端、がらくたの中に自分の姿を見た。
目の前にいる男は、最初から俺のことをよくわかっていた。まともな人間関係も築けない出来損ない。それに対し彼は、誰も知らないSFを求めて話しかけていたのだ。
「あぁ、もういいや。口も開かない木偶に怒鳴っても面白くない。――じゃあな、圭人。さっさと死ね」
その別れの挨拶は、当然、耳に残った。どこか飽きたような、逃げるような、興が醒めたとでも言いたげな片目が、そこにあった。
立ち上がる三山。彼は踵を返そうと少し上体をひねって、何かに気づいたようにこちらにもういちど目を向ける。
「そうだ、一応言っておく。愚鈍な君は、もしかしたらまだ気づいてないかもしれないしね」
そういえば、彼がそうやって俺を軽侮したのは今日が初めてだった。その瞳も、どこかこちらを嘲ているようにさえ見える。
「アンドロイドなんて……この世界に存在するわけないだろ?」
それはどういうことだ、という俺の言葉は、口に出る前にかき消された。
俺の視界から消えた三山と入れ替わるようにして、メイドが部屋の中に入ってくる。
「久しぶりにお友達と話せてよかったですね。ちょっと寂しくなったんじゃありませんか?」
彼女はそんな風に笑いながら、俺の掛布団をかけなおしてくれた。
頭の中に繰り返し響き渡る三山の狂った一人語りに、俺の意識は暗く深い場所まで一気に落ちていった。