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お風呂面接

 冒険者組合のシャワー室のイメージは体育会系が練習終わりに使うようなものだと勝手に考えていたが、実際は地元にあるような小さな銭湯が無料で使えるという贅沢な仕様だ。

 湯加減も丁度良くて身も心も温まる。


「いい湯ね。やはり私たちのギルドにも早く風呂場を設けるべきだと思わない?」

「そ、そうっすね」


 隣に美少女がいなければ。


 事の発端は廊下で美少女――ギルドボスのツムギさんと出会ってからすぐのことだ。

 何を考えているのか、この人はいきなり銭湯を貸し切って強引に浴場に入らせたのだ。

 即刻逃げようとはしたが、よく分からない魔法か何かで出口は全く動かないし、ツムギさんの力は俺以上で引き離せなかったため諦めてこの人と混浴するしかなかった。

 おかしいな? たしか寝癖直してギルドのボスに会うっていうのが今後の行動のはずだったのに、そのボスと一緒にお風呂に入っちゃってるぞ?


「もしかして、興奮してる?」

「してっちゃっくわぁ!!」

「あはは。何よそれ」


 いかん。落ち着け。素数を数えろ。

 ……有名なセリフなのに肝心の素数が分かんねえ!!

 せめて偶数言うとかそういう一人ノリツッコミすら出来んのか俺は!


「……な、なんで風呂に入る必要が?」

「裸の付き合いというじゃない? ……ここで私に手を出すか出さないかも一つの試験なのよ」

「……はあ」

「ふふ、もし手を出していたら無くなってかもね」


 怖ぇよ!? ここで欲情する猿じゃなくてよかったと心底安心したわ!

 ……てか、これオグさんや他の人たちにも試してて手を出さずにクリア出来たのか。

 それはそれで印象変わるというか、盗賊も大変なんだな。


 ツムギさんを見ると目に毒だから、ただ周りを見渡す。

 換気はしているみたいだが、壁絵は全くないため、純粋に風呂を楽しむしかない。

 まあ、生前も壁に描かれた富士山とかに全く興味はなくただ風呂を楽しんでいたが。

 ……まあ、ここまで異世界と元の世界との違いがあまりないように感じられるなら案外上手く生活は出来そうではある。


 よし、考え事してたら少しは落ち着けた。

 視線さえ外せば何とかなりそうだな。


「えっと、ツムギさんが俺を助けてくれたんです、よね?」

「見つけたのは私だけど、あそこまで運んだのはオグ……貴方と一緒にいたはずの彼よ」

「貴方が見つけてくれなければ今頃餓死してたかもしれないので。ありがとうございます」


 相手の目を見て一礼とかしたいが、それだと色々とまずいためとりあえず言葉だけで済ませる。

 本来こういう態度は失礼なのだが、状況が状況なため見逃してほしいものだ。


「……貴方、この国の出身?」

「いえ。俺は転生者のようです」

「転生者ね……。文献には載っていないけれど過去にもこういう場所はあったのかしら?」

「といいますと?」

「この国で私たち盗賊ギルドが普通にしていられる理由は、ここが盗賊の国だからよ」


 あー、そういうことなら納得だ。

 この世界でも盗賊やそのギルドが公認されているわけではなかったのか。

 てっきりドラゴンをクエストする世界だから盗賊って職業も珍しくないのだと勘違いしていたな。


「いえ、俺の住んでいた場所では盗賊なんて最低連中としか思われてないですね」

「それにしては平然と受け入れてるのね」

「中には義を重んじる人がいることも知ってたので、オグさんを見て大丈夫だと判断しての行動です」

「……変わった人ね」


 一応受け入れてるんだしもうちょい嬉しそうな反応してくれてもいいんだぜ?

 たまたま助けた一般人にヤクザの勧誘したら満面の笑みで承諾するくらい……。

 …………待って、俺かなりヤバいやつじゃん。

 そういう犯罪者の風格のある人とか志願してきた人なら兎も角、俺やばい人じゃん。

 今気付くのもどうかと思うが……。これはちょっとずつ話の路線を変更していかないと逆に俺怪しまれるな。


「……あー、てことは、ツムギさんは生まれてからずっと盗賊業を?」

「いいや、私は訳ありで違う国から移住してきたの。いつの間にかギルドのリーダー……ボスなんて言われてるけどね」

「ほう……あ」


 他の国と言われて肝心なことを聞き忘れていたことを思い出す。

 初めての土地や今の状況に頭が混乱していたが、よくよく考えると不自然な点が一つだけあるな。


「一つだけいいですか?」

「私が教えることの出来ることなら」

「では。俺が倒れていたあの草原を見渡した時にこんな巨大な大木は存在しなかった。ここが二層ということはまだ上があるというのに、あの草原で目視出来ないはずがないのにどこにもそんな大木がなかったのは何故ですか?」


 最初は地下に連れてこられたのだと思っていた。

 だが、木の中で大木でうっすらと太陽の光が見えるなら少なくともこの二層は地上にあるはずの巨大な大木なんだ。

 それだけ巨大なら俺の目にも止まっていたはずなのにそんなものは一切見なかった。

 あの草原の近くにこの人たちのギルドがあってそこから少し歩いてこの場所があるとすればこの大木は普通の人間には見えない仕組みになっているとしか思えない。


「……貴方はどう考えている?」

「俺としては大掛かりな隠蔽魔法で存在を隠していると考えています。その理由はこの場所が何者かに狙われているからだと」

「正解よ。そしてそれは私たちにも大きく関係してくる」


 狙われている理由は盗賊が犯罪者の集まりだから逃げるためだと考えていたが、この感じはおそらく違う気がする。

 だが、そうでないとしたら一体なぜ存在を隠す必要があるのか。


「ま、その辺の詳しい話は貴方が正式にギルドに加入してからね」

「……十分すぎるほど話を聞いた気がするのですが」

「まあまあ。早速だけど貴方のステータスを見せてもらうわ」


 この世界だとステータス画面が履歴書みたいなものなのか?

 それでオグさんも自分のステータスを確認しておけと言っていたのかもしれない。

 ……だとすると俺ってかなり優遇されてりして。


「ステータス開示」


 廊下で見たものと同じものが浮かび上がる。

 名前、性別、職業、ランク、スキル、魔法は全て正常だ。


「あー、ステータスの見せ方も教えなきゃいけないほど昔のにんげ……うえぇ!!?」


 ツムギさんが声を荒らげたと思った瞬間、目の前でいい匂いが広がる。

 あ、凄い。女の子の匂いだ。

 ……って、そうじゃない!


「ちょ、ツムギさん何やってるんですか!」

「転生直後でランクAA+……しかもまだ成長見込みがある。それにオートスキルが六つなんて伝説の大魔導士レベルじゃない!」

「え、そんなレベルなの……」


 伝説かー。いやまああのノート通りのチートが手に入ったならそりゃ最強クラスなのは間違いないけどそこまで褒められると照れるなー。


「……ん、攻撃弱体化?」

「敵の攻撃を弱体化させるとかそういうスキルじゃないですかね」

「それなら敵弱体化っていうスキルがあるはずよ」

「敵弱体化ですか?」

「そう。……ステータスを横にスライドしてみて」


 言われた通りにスマホを操作するようにステータス画面に触れて横に移動させてみる。

 するとまた新しい情報が公開された。


『年齢 16

身長 170.4

体重 58.26

力 1

魔力 530000

防御 530000』


 ……身長と体重って、こんなことまで調べられるのか。

 ツムギさんが何か言いかけてたのは元々俺に見せろと言ったステータスがこっちだったのかもしれない。

 ……年齢は17か。

 少し声とかは違うと思っていたが、転生して年齢まで下がってたのか。

 身長は生前のままだから年齢も変わってないと思っていた。

 それと魔力と防御力は絶対あれだ。宇宙の帝王から取ってきやがったな。

 まあここまでは絵に書いたようなチート能力なのだろう。うん、そこは分かる。


「……あのスキルはマイナススキルだったか」


 これも俺からすると仕方ないかと思えるが、ツムギさんはそうではなかった。

 チラッと、極力顔だけを見てみるが、さっきから信じられないというような顔をしている。


「力が1って、そこらの一般人でも50はあるわよ」

「えっと、1って具体的には何レベルですかね?」

「草」

「……え?」

「だから、草程度しかないわ」


 ……俺って力が人間以下なの?

 なに、そんな雑魚なの?


「……でも、その他がぶっちぎりでバカげたステータスなのは間違いないのよね。本当に力だけ絶望的に残念だけど」


 それから何かを考え始めて一人で呟き始めた。

 これは最悪雇用すらなかったことにされる可能性もあるんじゃないのか?

 うっ、学生時代に何度も落ちたトラウマが……。


「……それを踏まえても大魔導士レベルの転生者を仲間にできるチャンスなんてこれが最後かもしれない。それに比べれば力が1なんて些細なことね」


 あ、それはなんとか回避できそうだ。

 一瞬嫌な汗が出てきてしまうところだった。


「シバヤマ・ナオトを正式なメンバーとして承認する。最初のうちは慣れないだろうから皆を頼るといい」

「! ……は、はい!」

「……とはいえ、そのステータスならすぐに私たちを追い抜きそうだけど」


 こうして浴場面接を終えて俺は盗賊ギルドのメンバーになった。


 ……あれ、何か忘れてる気が……?


「それじゃ、次はオグに怒られなきゃね」

「…………あ」


 そういやずっと待たせっぱなしだよな。

 いや、でも風呂場面接したしツムギさんも一緒にいるからオグさんも理解はしてくれるはずだ。


「あ、とりあえず殴られるのは覚悟した方がいいよ。オグは待たされるのが嫌いだから」

「え、ツムギさんと一緒でもですか?」

「私も何度も殴られてるからね。慣れたよ」


 嘘だろ。そこは慣れちゃいかんだろ。


 風呂から上がって恐る恐る外に出てみると強面になったオグさんが不自然な笑みで待っていた。

 そして発言通り俺とツムギさんは思いっきり殴られた。

 ……俺、本当にここでやっていける、よな?

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