始まりの長い一日
盗賊ギルドと彼は言った。
ゲーム世界だと基本的に悪役としてのポジションが多いが、中には盗賊が主人公の味方となるケースも存在する。
だが、転生者が盗賊の一味になるというのは予想していなかったな。
「盗賊ギルドって意味は分かるか?」
「……盗賊のギルド、ですよね?」
「そうだ。まあ、ここ最近は地方の救助活動や復興支援ばかりだがな」
苦笑しているが、俺は別におかしなこととは思わない。
盗賊ギルド=極悪、ならず者の集まりという認識があまりないからだ。
そりゃそういう組織もあるだろうが、例えば日本でいうところのヤクザでも仁義を大切にしている人たちは多いと聞く。
それはこの世界でも同じというだけだ。驚きはしてもそういう感じなら嫌悪感はない。
「そういうことならよろしくお願いします」
「……確かに拒否権はなかったが、それにしても簡単に頷くんだな」
「俺を助けてくれたことに変わりはないですから。それに、お金どころか寝床すらない俺に居場所をくれるのですから、今のところは嫌になりませんよ」
「……そうか」
それからこの長い廊下を進んでいくと奥に一際目立つ大きな鉄の扉が見えてきた。
多分ここがそのボスって人の部屋なんだろう。
「……と、これからボスに会わせる予定だが服はそれしかないよな?」
そりゃそうだ。
なにせ転生直後で家もなければ着替えもない。
盗賊ギルドのボスに会うにしたってこのしわしわのスーツ姿で会うしかない。
「まあ、はい。これだけですね」
「えらく変わった服を着て転生したもんだな……。昔の人間が着てたにしては服の質的に高値で売れそうだが」
スーツは高値で売れるかもしれない。
これはいい情報だな。金欠の時は最悪これでも売って資金に変えよう。
あ、売るにしても一度洗濯しないといけないが……クリーニング屋とかないよな。
「まあ戦闘向きじゃねえのは確かだ。服は明日にでも買いに行くとして、せめて寝癖ぐらいはなんとかしねえとな」
「あ、寝癖はダメですよね」
触ってみると後ろの髪がかなり立っている。
こんな姿でお偉いさんに会う訳にはいかないな。
「……仕方ねえな。水浸しになるのは御免だし寝癖直すために外に出るぞ」
「? はい」
水浸し? 寝癖を直すぐらいで水浸しにはならないだろう。
それこそ風呂場がダメなら洗い場でも使って寝癖は直せるぞ。
……あ、いや待て。ここは異世界だ。
俺の知らない技術や文化なんかが存在しているのはもう分かった。
変な夢は見たしノートは召喚されるし盗賊ギルドはいるし木造建築のこの建物は構造が理解不能な形してるし木造建築なのに扉は鉄で不似合いだし。
後半はあまり関係ないにしろ、これだけのことが起きてるなら水浴びなんかは水系の魔法か魔術を使ってしか行っていないということもあるはずだ。
この人は見た目こそベテランに見えるが実は見習いで水系の技を使うと制御不能で一帯を水浸しにする可能性もある。
他には技を使うために必要な魔力というかそういうのがこの場所だと不安定で水が溢れてしまうということも考えられる。
なんにせよ、ここは大人しく付いて行くのが賢明な判断だろう。
「今から行く場所は今後も利用する。しっかりと付いてこい」
「おお! お願いします!」
今のはゲームでいうところのチュートリアルみたいで悪くない言い方だった。
これには俺も心が踊る。
「それと、何もねえ場所だったがあの寝ていた部屋がお前の部屋になる」
「……え? 毛布とかそういうのは?」
「ない。正式加入時に資金はやるからその時に買いたきゃ買え」
「……はい」
まさかここのギルドの人たちって床で布団もなしに寝ている人とかもいるのか?
いくらなんでも自分の自室になる場所で掛け布団どころかブランケット一つすらないのは満足な睡眠ができない。
甘えた考え方と言われようが武器とかよりも真っ先に布団と枕は買おう。
「それで俺たちはお前の部屋を出て右方向を進んでいるが、左方向に進むとお前の倒れていたあの草原に出る」
「……そう考えると結構外から近いんですね。そんなところに俺の部屋があって大丈夫なのですか?」
「草原エリアは安全地帯だから危険は少ねえ。それに、万が一に備えて近くの部屋にはギルドのNo.8とNO.6がいる」
「それなら安心、ですかね?」
フラグの気もするが、フラグだと俺に身の危険が及ぶから安心だと納得しておこう。
「んで、目の前の大扉がボスの部屋だが、寝癖を直すために上の階に行く」
「上の階?」
ここまでの通路に階段のようなものがあったようには見えなかった。
なにか見落としていたのだろうか。
「上の階にはどうやっていくのですか?」
「ボスの部屋の隣にも扉があるだろ。右の扉を開けると上の階で左の扉を開けると下の階に行く」
試しに右の扉を開けてみる。
確かに階段は存在し、それは上に続いていた。
てか今更だがいくら平原は安全とはいえ、ボスがいるようなフロアで俺みたいなのを住まわせていいのだろうか?
……いや、もしかするとボスっていうのが俺のステータスを見て、それがチート能力だったから自分の近くに置いたという可能性は十分ある!
そうだよ。俺は転生者であの黒歴史ノートから継承したのだから何かしらのチート能力はあってもおかしくはない。
……まあ、その能力をステータスというので見ることが出来るのかは謎だが。
とりあえず俺たちは上の階に進んだ。
途中で女の人の声が聞こえたり男の人とすれ違ったりしたが、顔立ちは見たところ西洋顔だ。
中にはどう見ても人の骨格をしていないのもいたが、あれは魔族とかそういうのだろう。
俺は男女老若男女大体平等主義者だからなんとも思わないが、トカゲみたいなのは目が凄くて少し引いてしまった。
狂人とかがするような目をしていたが、あれがデフォみたいだし早めに慣れておこう。
……てか長いなこの階段。
上の階に行くのに四階ぐらいの長さはあるぞ。
「そろそろ二層に着く」
「二層?」
「俺たちのギルドは地下にあってな。他の盗賊ギルドに比べると小規模すぎて今はこんな地下にしか拠点を作れなかったんだ」
「ほう?」
地下にしかギルドが作れないほどこの世界じゃギルドというのは数が多いものなのか?
……ああいや、そういえば盗賊ギルドだからそんな表通りにドンと構えてるのもおかしな話になってくるか。
上がり続けていると木で出来た扉があらわれた。
ようやく俺たちはその二層に到着したようだ。
「……あー、出る前に一つだけ忠告だ」
「はい」
「名乗り忘れていたが、俺の事はオグと呼べ」
「分かりました! オグさん!」
オグさんが何かを確認したあと、扉を開いた。
その後ろを付いていき、二層に足を踏み入れた。
「……すっげぇ!?」
俺はようやくこの場所の構造を理解する。
陽はほとんど見えない。
それもそうだ。この場所は木で出来ている。
大きな大木の中に建物があり、人が自由に生活し、一つの街となっていた。
「ここは大木に作られた都市 ウッドランドだ。全部で十層まで存在するが、大半が他のギルドの所有地になっているから無闇に足を踏み入れるなよ」
「二層は大丈夫なんですよね?」
「ああ。木の中に街がある以外は他の王国や街と変わらねえよ」
オグは更に真っ直ぐ進んでいく。
目の前には大きな建物があり、中からは人だけじゃなく羽の生えた生物やドワーフみたいなの、オークも出入りしている。
「ここが冒険者組合だ。水が使えないギルドにとって冒険者組合は唯一無料でシャワーが借りれる場所だから覚えておけ」
「……水が使えない?」
「文字通りギルドによっては水が使えないんだ。ある程度のランクになれば許可されるが、生憎俺たちには洗い場すらない」
「……ランクによって決められる?」
そんなバカな。
水ぐらい勝手に使わせてくれてもいいじゃないか。
変なルールがあるもんだが、確かに洗い場すらないなら水系の技が使えても廊下を濡らすだけだし、使えないよな。
「それと、寝癖直しながらでいいから一度自分のステータスを確認しておけ」
そう言ってオグさんはポケットから煙草を取り出した。
……この世界にも煙草はあるのか。
喫煙経験のない俺には関係ない話だが。
冒険者組合の中に入ると案内の掲示板が目の前にあった。
そこに書かれているシャワー室の生き方に従って歩いていく。
歩きながらステータスを確認するか。
オグさんから見せてもらったメモには表示するには魔力を使ってステータス開示と言うだけらしい。
どうすれば魔力を使えるのか、オグさんもその辺詳しく教えてくれなかった。ということは、この世界じゃ魔力を使うという行為は大昔から当たり前なのかもしれない。
つまり、この世界の人たちは呼吸するのと同じように魔力を扱っているという可能性が高い。
「……ステータス、開示」
呟いてみると体から何かが流れていく感覚がする。
そして、俺の体から流れたであろうものが目の前に文字の書かれた紙として浮かび上がってくる。
少し違和感がある程度だが、これが魔力なのだろうか。
魔力のシステムをしっかりと勉強出来る場所があれば助かるが……。
まあ今はステータスを見てみるのが先か。
目の前に浮かび上がったステータスを確認してみる。
『シバヤマ・ナオト
種族 人間
職業 魔導士
ランク AA+~
オート発動スキル
自動言語翻訳 魔力回復
属性攻撃耐性 攻撃弱体化
装備武器自動ランクアップ
リザレクション(10)
使用可能魔法
金貨生成 複製
リメンバー クイック
スロウ プロテクト
ソフト フラッシュ
バーサーク』
……この世界のシステムを完全に理解はしていないが、これはまぎれもない異世界転生チートではなかろうか?
攻撃魔法がないにしてもこれだけのスキルがあれば……てか、金貨生成だけでもかなり自由度は広がる。
これは、盗賊ギルドにいる必要はないんじゃないか?
一人で旅してもハーレムの一つや二つぐらい出来るだろ。
いや、でもいきなりやっぱりギルドに入るの辞めますとかいって逃げると後味が悪いし、何より後で仕返しとかされそうだから怖い。
いやいやいや。でもだぞ、ここは元いた世界の常識が通用するわけでもないんだからそこら辺どうやって考えるべきなのか……。
「何かお困りかな」
「……え? あ、いやー、その……」
いつの間にか道のど真ん中で突っ立っていたらしい。
考えすぎてしまったか。反省反省。
「すみません、少し考え事して……いて……」
「やあ、覚えているかな?」
声をかけてきた彼女はいたずら笑顔で俺に話しかけてきた。
その顔を俺は知っている。
「初めまして。私がギルドマスターのツムギよ」
ツムギと名乗る彼女は、この世界で最初に見た美少女だった。