約束とおっさん
意識が飛んでからどれだけ時間が経過しただろうか。
今、俺は夢の中にいた。
場所は田舎に住んでるばあちゃん家の畑で目の前には俺と■■■がいた。
……あれ? ■■■って、誰だっけ?
『もうかえっちゃうの?』
『あしたからがっこうだからな』
会話はよくある普通の会話のように聞こえる。
夢の中だからか俺の姿は二人には見えていないらしい。
『……もうあえないの、いやだよ。いっしょのがっこうにいこうよ!』
俺は昔から都会の学校に通ってたから多分こいつはばあちゃん家のある田舎の学校に通ってたのだろう。
しかし、こいつは彼なのか彼女なのか……。顔どころか声もあやふやではっきりと分からない。
昔のことだから完全に忘れてしまっているのだろう。
『直斗ー! ご飯よ!』
『はーい! ■■■、またすぐにあそべるよ!』
『……ほんとう?』
『おう! ウソついたらはりせんぼんのんでやる!!』
『……やくそく』
『やくそくする!』
約束、か。
俺がばあちゃん家に行かなくなったのは小五ぐらいだ。
癌で亡くなってからあの家は顔も知らないいとこが畑仕事を継いだから、俺の居場所はあそこにはなくなってしまった。
だから、もし約束を破っていたのだとすればその子には申し訳ないことをした。
……でも、どうして今更こんな夢を。
これが、いわゆる走馬灯ってやつなのか?
それでこんな昔の記憶を思い出してるってわけか。
……死ぬ前に見るものとしては悪くないけど、この子が誰なのか気になるような走馬灯だな。
『……約束』
それに青春というかなんというか、これが女の子ならラブコメのイベントでもあっただろうに。
『ま、過去は過去だし、それで今まで楽しかったしな』
『でも、約束はまだ守ってない』
『それはそうかもだけ……ど……』
……今、会話しなかったか?
バカな。ここは夢の中で俺は死人で俺の姿は見えてなくて……。
『直斗はまだ死んでない。約束、今度こそ』
顔も姿も分からないそいつは顔だと思う部分から涙を流して遠ざかっていく。
死んでない? つまり、俺はまだ生きているのか。
それじゃあこの空間はなんなんだ。夢じゃなかったのか?
『その日まで、約束を守る日まで、どうか死なないで』
『ま、待て……!』
必死にそいつを追いかけようとするが、一向に追いつかない。
ここは夢のようで夢じゃない場所なのか。
もしかすると、何か知っているんじゃないのか。
あの世界のことも、転生のことも。
『なあ、お前は一体……』
誰なんだ。何が目的なんだ。
そう聞こうとして足が止まる。
止まるしかなかった。
俺の手足を縛るナニカ、無理矢理口を開けようとするナニカ。
そして、針の入ったケースを持ったそいつが目の前に立っていた。
『約束、守ってね。じゃないと、針千本飲まさないといけないから』
「――うわぁぁ!!?」
物騒な言葉を聞いたと思えば、急に意識が途絶えて、気が付けばどこかの部屋にいた。
全身汗まみれで気持ち悪い。
「……どうなってんだよ」
何が夢で、何が現実だ?
死んでいないのは確かだが、非現実的な事が起こりすぎると夢と現実の区別がつかない。
今も夢の中にいるのかもしれない。
「……と思ってたけど、夢ではないな」
床で寝転んでいたらしいが、その手にはしっかりと黒歴史ノートが握られていた。
確認のために一ページ開いたが嫌なものを思い出してすぐに閉じる。
そこに懐かしさもなければ今すぐに抹消したい悪夢そのものだ。
「おう小僧、目が覚めたか?」
「……はい?」
扉の奥から野太い声が聞こえてきた。
……そういえば、気を失う前に美少女見たんだっけ。
てことは、あの人の御父様?
いやいやいや、俺の世界でも年の差婚とかあったし、種族的な問題で老けて見えるとかいう話もよく聞くから夫なのかもしれない。
……少し凹むがよく考えろ。俺にチート能力があればハーレムなんて夢じゃない。いい人が見つかるとこれも前向きに考えよう。
俺の意識が戻ったことを知ると木造建築なのに唯一鉄でしっかりと出来ていた扉が開く。
その男は190は軽々と超えているだろう大男で、腰には体型に相応しくない細いレイピアを装備していた。
「お前さんは運が良かった。俺たちのギルドの隠し通路近くで倒れていなけりゃそのまま餓死して死んでたな」
「ぎ、ギルド?」
「……っと、まあその話はいい。とりあえず食え」
男はそういうとパンと真っ赤なスープを用意してくれた。
念の為に嗅いでみると強烈なトマト臭がしたが、血とかそういうものではないらしい。
「毒は入ってねえから安心しろ。殺すつもりならあの場で見捨ててる」
「あ、ありがとうございます」
パンを一口食べてみる。
見た目は普通の食パンだが、硬さはフランスパン、味はクリームパンでかなり美味しい。
トマトスープも日本で食べていたものとあまり味は変わらないため問題なく食べることが出来ている。
異世界の食文化では苦労する話も聞くが、どうやらここではそんな問題はあまりないらしい。
……さて、食べながら頭の中で整理をしてみよう。
俺はたまたまこの人が所属しているギルドの隠し通路の近くで倒れていた。
そこにあの美少女とおそらくこの人の二人が俺を発見して救出。そして今にいたる、というのが流れだろう。
ギルドとなるとさっき考えていた美少女の夫だとか御父上とかの話は俺の勘違いの可能性が高いな。
よし、元気が出てきた。
「助けて頂いてありがとうございます。俺は柴山直斗。直斗って呼んでください」
「ナオトか。この辺じゃ珍しい名前だが、どの国の人間だ?」
「え? えっと……」
でた、異世界転生や転移最初の難関だ。
ここで普通なら信じてもらえないだろうと遠い国とか言って隠そうとするが俺はそんな転生系キャラにはならない。ここではっきりと言ってやるぜ!
「実は、俺は転生した身ですので、ここがどこなのか分からないんです」
「転生か。まあ赤ん坊からの転生じゃないヤツも見たことはあるから驚きはしねえよ」
ほらな、難しく考えるだけ損ならいっその事簡単に言っちまった方がいい。
どうやらこの世界は転生はあまり珍しくないらしい。
「行くあては?」
「ないです」
「だろうな。付いてこい」
だったらなぜ聞いた?
……いや、親切心で聞いてくれてるのだからそれは言わないようにしよう。
言われた通りに男の後ろを付いて行く。
「お前、転生者にしては言葉も問題なさそうだし礼儀も正しい方だな。生前人間だったのか」
「はい。とはいえ、この世界のことは全くと言っていいほど知らないですけど」
「そうか。……となると安平時代以前の人間か」
おそらく俺の存在は室町とかそんな時代に生きた人間が平成の世にやってきたような感じなのだろう。あながち間違いではない。
「ステータスの見方は分かるか?」
「ステータスとは?」
「そこからか……」
男は歩みを止めずに俺にメモ帳を渡してきた。
中を見てみると日本語じゃない文字でこの世界に存在するギルドや冒険者、危険モンスターの情報にこの人が所属しているギルドのメンバーの名前、ステータスの確認方法が書かれていた。
文字が理解出来ているのは多分転生ボーナスの一つだろう。
……しかし、こんなに簡単に仲間の名前とか教えてしまってもいいのだろうか。
「……と、文字は読めるか?」
「はい。これを読めば何とかそのステータス? は見れそうです」
「それはよかった。なにせお前をどうするか決めなきゃいけねえからな」
「どうするか、とは?」
「そいつはもちろん……」
男はいかにも悪人って感じの顔で微笑んだ。
あれ? これは嫌な予感がするぞ?
「俺たち盗賊ギルドは人手不足だ。人助け代はきっちり払ってもらうぞ」
「……はははー」
美少女に騙された気がしてならない。
てか、ここってギルドはギルドでも盗賊かよ!?