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始まりの地にて

 異世界転生と聞いてその手の話が好きな人は何を思い浮かべるだろうか。

 俺、柴山直斗(しばやまなおと)の場合は「俺の名前は〇〇。どこにでもいる普通の〇〇だ。」とかいうような前置きから始まってその日常が神様によって破壊され、その謝罪で異世界でチート能力持ちとして転生してハーレム作るものだと考えている。

 サラリーマンとして毎日仕事に追われている俺は、そんな世界でチートハーレムな展開を味わいたいものだなとたまーに思いながら「何ボーッとしているんだ!」と課長に怒られる。

 ……そんな感じの毎日を過ごしていた。



「……まあだから何度か考えたことは確かにあったよ。確かに。でも本当に、しかも唐突に訳の分からん状況が起きると人間って理解できないしただただ困惑するだけなんだよなぁ」


 辺り一面草しか生えていない。

 おっと、草しか生えてないの草はWの草ではないから誤解しないでいただきたい。

 ちなみに俺はSNSでWは極力生やさず(笑)で済ますタイプの人間だ。

 その方が一般人ぽいと考えるいかにもいそうな隠れオタクの典型的タイプの一人だと自負している。


「いや誰に話してるんだよ、落ち着け俺」


 しっかりと深呼吸をしてもう一度辺りを確認し、自分の体を確認する。

 近辺は人の気配はなく、木も生えてなければ何か目印になりそうなものもない完全な草原が広がっている。

 服は残業疲れで家に帰ってからそのまま寝たからか見慣れたスーツ姿だ。

 臭いまでしっかりと俺のもので少し安心する。

 ……と、ここで自分の体に違和感を感じた。


「……スーツってこんなにぱつんぱつんだっけ?」


 さわって確認すると元々なかったはずの逞しい筋肉がついていた。

 肥満体だったはずなのに過程もなく結果にコミットしているのはなぜなのか。

 まず考えられる可能性の一つとしてこれは夢ということも有り得る。

 ……と言いたいが、夢にしてはさっきから体を抓ったりすると普通に痛いし、風も冷たいと感じているし何なら空腹も感じている。

 次に俺はどこかの組織にいつの間にか拉致られてしまったという可能性だ。

 だが、これは一番可能性としては低いだろう。

 もし拉致られたなら俺を使って身代金の要求だの見せしめでの殺害だのするにせよ、まず俺を監視する人間が必要なはずだ。なのに誰もいないのはおかしい。

 というか、こんな草原に俺一人ポツンと立っている時点で拉致の可能性を疑うことの方がおかしな話だ。


 そして、最後に考えられるのは、俺が異世界転生をしてしまっているという可能性だ。

 普通なら頭がイカれたかと思ってしまうような選択肢だが、こういう状況で肉体の違和感、見知らぬ土地となると異世界転生してしまった可能性というのもバカみたいな話だが考えるべきだと思ってしまっている。


「展開的にはそれこそ俺の知ってる異世界転生ものと似てるしな……」


 我ながら暴論の気もするが、誘拐された! どうしよう! と考えるより今は異世界転生したんだと考える方が前向きでいいと思う。

 ちなみに、異世界転移という可能性も考えはしたが、この過程もなく結果にコミットした肉体を見るに転移よりは転生と考えた方がいい気がしている。

 ……待てよ、もしかすると顔も西洋顔のイケメンになってたりするのか?

 だとすれば筋トレは毎日の日課に入れるとして、日頃の振る舞いとかに気を付ければハーレムルートも夢じゃないな。


「あ、それと異世界転生ならチート能力だよな」


 こういう時定番のやっちまった神様は俺に何も説明しないで転生させている……と考えているが、俺にもそういう能力は備わっているのだろうか。

 まさかこの逞しい筋肉が転生ボーナスじゃないよな?

 たしかに胸筋をピクピクさせて筋肉ルーレットとか出来そうだけどそれは決してチート能力とは言わないぞ神様よ。


「……その前に、今は最初のピンチをどうするかが問題だな」


 悲しいことに服はスーツ姿だがポケットの中には携帯どころかペンもメモ帳もティッシュすら入ってない。

 何も持っていないということは、当然朝食べるものもここにはない。

 ということはだ。俺はとにかく優しそうな人を探すか街を見つけるかしないと餓死して死ぬ。

 辺りを何度確認しても何もない。街も目視出来るような場所にはない。

 一言で今の状況を説明すれば軽く詰んでいる。

 現状でさえゲンナリしてるのに昔あったらしい参勤交代とか絶対辛かっただろうな。

 あれ考えた人マジ外道だと改めて思う。


「本当にここが異世界だとして、俺にチート能力があるのだとしたら浮遊とか高速移動系の魔法が使えたりするのか?」


 使えるのか分からないし、使えたとしてもその使い方が分からないから意味がない。

 安直すぎるが、思いつく手の一つでも使ってみるしかないか。

 大きく息を吸う。そして、大空に向かった大きく目を見開いた。


「能力、発動!!」


 半分ほど日頃の鬱憤晴らしも兼ねて叫んでみたがすっきりした。

 ……じゃなくて、これで何か起きるだろうか。


「…………」


 暫く待ってみる。

 こういうのは辛抱強く待った方が勝ちだ。

 いや、別に勝負してる訳では無いが。


 ……。

 …………。

 ………………。


「……そう都合のいい展開はないかー」


 仕方ない。とりあえずここから進んでみよう。

 なに、いいか悪いかは分からないが人の出会いはあるだろう。

 それに付いて行ったり時には同行させてもらったりすれば街にだって――。


「あり?」


 足元に違和感を感じた。

 草や石ころにしては足で踏んだ感じが違う。

 この感じはノートを踏んだかのような……。


「……これだぁ!!」


 小さい頃たまにしていた急速土下座状態になり足元のノートを拾った。

 見た目は元の世界で売られていたキャンボスノートそのものだが、もしかして神様の御言葉が書かれているのか? この一冊百円ほどのノートに?

 いや、親しみやすいだろうけど同時に複雑な気分だな……。


「まあ神様なりの気遣いなのだろう。まずは1ページ目から――」







「――はっ!?」


 なんだ、何があった!?

 俺はたしかキャンボスノートを開いた。

 そして、気が付いたら意識が飛んでいた。

 新手のス〇ンド能力者か!?


「……あ」


 なんて思ったがすぐに俺の意識が一瞬飛んだ理由を嫌でも思い出した。

 このノートの内容だ。

 そこには神様の御言葉なんてものは存在せず、中学生頃に書いた黒歴史(ぼくのかんがえた)ノート(さいきょうのゆうしゃ)だった。

 思い出して再び唸りながら頭を抱えたが、それでもなんとかノートを見る。

 というのも、このノートは高校に進学する際に二度と見ないと捨てたはずのノートなのだ。

 そのノートがここに存在する。それはきっと何かこのノートが今後に役立つのかもしれない。


『RPG主人公 キャラ設定

名前 (いさむ)

大魔導士

お金を無限につくれる

攻撃は得意じゃない

ばふ・でばふ最強

属せい体性――』



「もうやめてくれよぉ! 俺が何したって言うんだよぉぉ!!」


 全て読み終えていないが心はボロボロだった。

 カッコつけて感じにして誤字ってるところとか悩んだ末無理だからひらがなにしてるところとかバフとデバフの意味分かってないけどゲームで使われててそれとなく書いてるところとかも全部含めて黒歴史ってことが分からないのか!?

 しかも丁寧にキャラ絵まで描いてるけど誰だよこのモヤシ。

 なんで、俺はこんなものを読んでいるんだ……。

 1ページから精神的ダメージをくらいつつも次のページも確認してみる。


「……お?」


 この黒歴史ノートには他のことも書かれていた気がするが、次のページには

『継承しますか? ○ ×』

と書かれていてそれ以降のページには何も書いていなかった。

 継承ってなんのことだ?

 もしかして俺のチート能力は元の世界のものをこの世界に召喚して戦うスタイルなのか?

 その一部としてこの黒歴史ノートが異世界転移してきた。その可能性もあるにはある。

 もう一つ考えられるとすれば、それこそチート能力なのだから黒歴史ノートの能力全部とか……。


「……とりあえず、これは神様からの質問だろう」


 何か力が貰えそうなのは確かだ。

 スイッチを押す感覚で〇に指をおいた。


『能力の継承を行います』


「――うっ!?」


 突然酷い頭痛が俺を襲う。

 なんだこれ? 何が、どうなってる?

 知恵熱、でもなさそうだが……まさか、選択肢をミスったか?

 というか、体が熱い。

 息も苦しいし、まるで超高温のサウナの中にいるみたいだ……!!


「あ、ぐっ……やべ……」


 意識が朦朧としてきた……。これ、不味いんじゃないか?

 転生して早々死ぬとか、ないよな?

 そんな死に方はごめんだ。せめてこの黒歴史ノートだけでも消去しないと……。



「……――」


 …………? 今、声が、聞こえたような。


「――。――――」


 あ……これは本格的にだめだ。気になるのに耳がキーンって音しかしないし言葉がはっきりと聞き取れない。


「――? ――!!」


 助けてくれたり、するだろうか? そんな善良な人がこの世界にいるかどうかも怪しい。

 でも、助けを求めればもしかすると助けてくれるかもしれない。

 藁にもすがる思いだが、それでも助かる可能性にかけてみよう。


「たす……け……」


 朦朧とした意識の中で声すら思うように出せず、それでも必死に手を伸ばして助けを求めようとした。が、既に体力の限界もあって呆気なく俺の意識は遠のいていった。


「――けなきゃ!」


 消えゆく意識の中、最後の最後に人影のようなものを見て、声が聞こえた気がした。

 もはや身体一つ自由に動かせない俺は誰が近付いてきたのかを最後の抵抗のように見た。


「――――――」


 たった一瞬。その一瞬を必死に目に焼き付けた。

 絶世の美女というのは彼女のことだろうとおもってしまうほどの人物が目の前に立っておそらく俺の事を心配してくれている。

 こんな美少女に心配されたんだ。それだけでもいい土産話が出来た。


「……へへ」


 小さなことかもしれないが、その満足感を胸に俺は抵抗をやめて意識を完全に手放した。

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