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かまくら

作者: 餅の杞憂

 かまくらを作ろうよと彼女が言い出したのは、大雪が降った日の夕方のことだった。

 もう誰もいない自習室でセンター試験対策の参考書を乱暴にカバンに入れながら、彼女は目を輝かせていた。

 大学入試を控える高校生が日暮れに雪遊びはどうかと思ったが、彼女の無邪気な誘いを断ることはできなかった。私はいいよとだけ返した。

 「じゃあひし形公園に行こう」

 そう言って彼女は嬉しそうに自習室のドアを開いた.廊下の冷気が流れ込み、彼女の息が白く濁った。


 ひし形公園は私と彼女の家から等距離にある小さな公園だ。公園といっても遊具はブランコしかない。それでも私と彼女の間では定番の遊び場だった。小学生のころから仲が良かった私たちにとって、二人で遊べる場所ならどこでもよかった。

 昔はよく遊んだものの同じ高校に進学してからはご無沙汰だったので、正直今回の提案には驚いていた。疑問はあった。ただ、何で急に?と、そう聞くのは野暮な気がした。

 

 「9時までには帰らなきゃだよ」

 公園で雪を掘り始めた彼女に言葉をかけると、「はーい」と適当な返事。相変わらず本心が読めない。どうやら彼女は除雪車が積んでいった雪の山の一角を掘ってうがち、かまくら風の空間を作るつもりらしかった。そういえば昔、そんなことをして遊んだなとふと懐かしくなる。


 「せめてスコップが欲しいよねえ。手で掘るのきつくない?」

 「平気。模試よりは全然きつくない!」

 そんなたわいもない話をしながら私たちはひたすら雪の山を掘り進めた。毛糸の手袋は5分と経たずに水浸しになったが、気にはならなかった。彼女と二人でわけのわからない作業をする――この時間がずっと続けばいいと思った。


 かまくらが完成した時、彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。私もきっと同じ顔をしていた。

 「受験生が何やってんだか」

 完成した狭いかまくらに収まりながら、私たちは自嘲気味に笑いあった。二人がぴったりくっついて入れる大きさのかまくらは決して快適ではなかったが、それでも暖かかった。

 「手袋がびしょびしょだ。脱ごう脱ごう」

 彼女はそう言って私の片方の手袋を脱がし、手を握ってきた。彼女は昔から不安なときに私の手を握る。手袋は口実でしかないのだろう。私はこれまでそうしてきたように、強く握り返した。

  

 「学校、離れるのは初めてだね」

 彼女はあくまでも明るく切り出した。

 「そうだね」

 彼女の手が震えた。それはたぶん気温のせいではなかった。

 私は県内の大学に、彼女は東京の大学に進学する予定だ。小学生のころから一緒だった私たちにとっては大事件だが、お互いがこの話題には触れられずにいた。言葉にしてしまうと、別れを認めてしまうような気がしたのだ。


 「年末年始には絶対帰るからさ」

 「まだ受かってもいないのによく言うよ」

 「またかまくら作ろうね」

 「今度はスコップを使おう」


 遠い将来の約束を重ねるたび、直近の別れが現実のものになっていく。

 叶うか分からない約束を山ほど交わしたのち、かまくらの会はおひらきになった。


 「じゃあまた明日ね!滑って転ばないように。縁起が悪い悪い」

 彼女は無邪気に手を振った。その手はもう震えていなかった。

 「そっちこそ気をつけて。また明日」

 私は笑い返し、背を向けた。いっそ滑ってしまえ、ずっと一緒にいよう、なんて本心は言えるはずもなかった。


 時間はおそらく9時を過ぎていた。本格的に気温が下がり、目元と鼻元には氷が浮かんだ。

 なんとなく、二人で遊ぶのは今日で最後のような気がした。

 厳しい寒さは私と時間を静かに凍りつかせていった。

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