地獄よりの使者、浅野の覚悟
薄灯の中、浅野と梶浦が対峙していた。
「…ハッ!お前も一人前の口を利く様になったな?浅野!」
最早梶浦は標的を浅野に変更していた。
「アンタ…歪みきってるな」
「これが素だぜ?お前等が騙されてただけだ」
ヒュンヒュンッ。
再び梶浦がトンファーを弄ぶ。
「…その腐った性根と一緒に、地獄へ叩き戻してやるぜッ!」
ブンッッ!
浅野が構えを取った。
「ハッハァ!」
梶浦が嗤う。それが戦闘開始の合図。
「オラァアッ!!」
杖を回転させ、遠心力が乗った一撃を作り出す。
それを斜めに構えたトンファーで受け流し、カウンター。
ブンッッ!
しかし掬い上げる様な一撃は上体を反らされ空を切る。
そのまま左足を軸に回転。横薙に杖を払うっ!
ドゴッッ!
咄嗟に防ごうとした梶浦の左腕ごと、手応えのある一撃が決まる。
ズザザザッ!
「どうだっ!いつまでも昔の俺と思うんじゃねぇぞっ!」
構え直しながら浅野が叫ぶ。
「………へっ」
ユラリと梶浦が体勢を立て直す。
「甘ちゃんだな…浅野」
「何だと?」
ニヤリと梶浦が嗤う。
「甘ちゃん、つったんだ。お前はその程度なんだよ」
今や梶浦にダメージは見られなかった。
「元々お前と俺とじゃ、実力が違うんだよ。如月にだってお前は勝てやしない」
罵詈雑言に、手が真っ白になるほど力を込める。
「テメェ、言わせておけば…!」
「止めとけ。怪我じゃ済まなくなるぜ?」
プチンッ。浅野の中で何かが切れた。
「ヤロおおぉぉぉ!!」
杖を使い棒高跳びの要領で宙に飛び上がり、体重を乗せた一撃を浴びせる。
「ぶっ飛ばす!!」
「………バーカ。遅せぇ」
僅かに身体を捻り、開いた胴にトンファーの先を、捩じ込むッ!
ドンッッ!!
「ぐあっはっ…!」
浅野の口から鮮血が溢れる。
―――トンファーが突き刺さった身体を、そのまま放り投げるっ。
ズダンッッッ!
「ガッハッ!」
梶浦の一撃は浅野の右胸を抉り、深刻な傷を負わせていた。
「怪我じゃ済まねぇ、そう言っただろ?」
数メートル先に転がる浅野に声を掛けた。
「う…ぐ…げほっ!」
浅野の口から更に鮮血が零れる。
「今ので右肺がイっちまってるはずだぜ?」
激しい痛みが、右胸を襲っていた。
―――ヤベェ。こりゃ死ぬな…。…せめてコイツだけでも…!
ググ、グググ…。
杖を支えにし、ヨロヨロと立ち上がる。
ヒュ~、と梶浦が口笛を吹いた。
「それで立ち上がるなんてな。根性だけは一人前としてみてやるよ」
ハッハ、と梶浦が皮肉混じりに笑う。
「ぐっ…テメェだけでも、っく、ぶっ倒す…!」
ハァ…ハァ…。
しかし既に息も絶え絶えの体。浅野に勝てる見込みなど無い様に思えた。
「ハッ。やってみろよ。オラ!」
構えを解く。そんな梶浦に浅野が云った。
「ま、まぁ待てよ。…煙草の、一本位吸わせろ…」
懐から一本。ライターと共に取り出す。
シュボッ。ジジジ……。
痛む肺を押さえながら、紫煙を吸い込む。
フゥー…。
「…随分と余裕だな?」
「そうでもねぇさ。痛くて死にそうだ。……でもこれで」
ピンッ、と煙草を宙に放り上げた。
「お前位は倒せるぜ!」
ビュンッ!!
いきなり杖を投げる!
「!!」
咄嗟の事にやや反応が遅れたが、叩き落とすのに支障は無かった。
「こんな破れかぶれで俺を倒せる……!?」
浅野の姿が無い。あの傷でそこまで速く動ける筈が無かった。
「ここだ」
背後から声。と同時に背中に衝撃が走る。
ズドンッッ!!
まるで戦車砲の様な一撃が襲う。梶浦の身体を吹き飛ばすには充分事足りた。
「ぐおおおっ!?」
壁に叩き付けられ、トンファーを取り落とす。背後で浅野が喋った。
「時間がねぇ。とっとと地獄に帰って貰うぜ」
その目は深緑に輝いていた。
「お前…さっきのは」
壁から身を引き剥がしながら梶浦が言葉を口にする。
「あぁ…。この間お前等の施設からパクったデータを使わせてもらった。一時的に強化兵と同等の力を引き出す薬さ」
その間にも、傷口から鮮血が染み出す。
「行くぞッ!」
浅野が床を蹴った。