4.思い出話(2) ダイソンと呼ばれた男
バロンが寝たきりになり、早くも一月が過ぎた。
日に日に衰えていき、四肢の筋肉はほとんど落ちてしまった。床ずれも少しづつ悪化していき、ケアしても追い付かない。
そんなバロンであるが、一つだけ落ちていないものがある。
食欲である。普通は寝たきりになり、免疫が低下して炎症などが出てくると食欲が低下するのだが、まったくそんなことはない。
寝たままがつがつ食べる。むせても食うのを止めない。医者も首をひねる内臓機能だ。
バロンは子犬の頃から本当によく食べた。バロンがフードを拒否したことなど、十四年間で数えるほどしかない。
しかも早食いだ。犬はそもそも早食いであるが、群を抜いて早い。食べているというより吸い込んでいるといった方が良いくらい。
物凄い勢いで食物を飲み込み、いくらでも食べられる、スピードも落ちない。ついたあだ名が、
「吸引力の落ちないただ一つの胃袋」
であった。掃除機か。寝たきりになった今でも落ちない吸引力。企業もびっくりだ。
そんなバロンは意外にグルメだ。味わっているとは思えない速度で胃に流し込んでいるのだが、美味しかった肉や加工食品などはちゃんと覚えていて、同じ袋がみえたり同じ匂いがすれば、涎を垂らして待っている。
決して、飛び付いたり要求鳴きしたりしない犬だったが、涎の量は半端なかった。口の端ではなく、全体からぽたぽた垂れて、あまり待たせ過ぎると水たまりが出来た。
美味しそうに、幸せそうに、全身で喜びを爆発させながら食べ物を吸い込んだバロン。
日々の食事はもちろん、ご当地グルメ、お土産、バーベキューにペット用高級グルメまで、様々な美味珍味を堪能した贅沢者である。
そのバロンが愛してやまない大好物、それは「鶏の唐揚げ」。スーパーで買ってきた肉を市販の衣を付けて揚げた、ザ・普通の家庭料理だ。母が揚げ物好きなので、夕食によく出る。
唐揚げが食卓に並んだ日は、バロンの顔つきが違う。食べきられてしまうと貰えないので、食卓の後ろで必死に、僕の分を残してアピールをしていた。
無くなってしまうと、この世の終わりみたいな顔をして、食卓の残り香を嗅いだ後、部屋の隅で落ち込んでいた。その様子が余りに哀れだったので、見かねた母が必ず多めに揚げるようになった。晩年は一口で無く、二個も三個も貰っている。
他のメニューならなくても気にしないのに、唐揚げの何がそうまでさせるのか、謎だ。
あと何回、唐揚げを食べられるのかな?
行儀よくちゃぶ台の前にお座りしたバロンと、チーズや生ハムの食べ比べをした日が懐かしい。
バーベキュー奉行をしている私の横で、肉の見張り番をしていたバロン。笑いの絶えなかったランチ。
みんな過去のものになってしまった。
太るとか、健康に悪いとか言わずに、もっとたくさん、食べさせてあげても良かったかなぁ。




