1.死期を悟る
愛犬が寝たきりになった。
今こうして文章を打ち込んでいる間も、隣りで寝ている。
正直、死にゆく生き物を世話するのは辛い。大型犬ゆえ、介護の負担も金銭的・体力的に厳しい。
気持ちを落ち着けるためにも、また、看取った後の縁にでもなるように、ここに記録を残そうと思う。
名前はバロン、黒のラブラドール・レトリーバー。今年七月に十四歳になった。
春先から少し変な咳をするようになり、病院に連れていったところ、心臓の上部に気道を圧迫するような、小さめの鶏卵サイズの腫瘍が見つかった。他にも数珠玉みたいな腫瘍があちこちにあり、血管肉腫ではないかと獣医師に言われた。心臓に相当の負荷がかかっており、余命は期待できないとのことだった。
年齢が年齢なだけに治療の幅は無く、咳を抑えるための薬と抗生物質を処方され、最後を待つことになった。
五月、元気なうちにお世話になった人達にお別れのあいさつを済ませ、近所のペット葬祭のホームページを見比べて料金プランなどを確認した。
もう、長くないね、夏は超せないねと母と話し、薬の効果で咳の止まったバロンを見て最後を思った。
このときはまだ散歩にも行き、玄関のスロープも自力で上り下りした。
結論から言うと、バロンは夏を越した。しかし、六・七・八のたった三ヶ月で急激に弱った。
六月、うまく立ち上がれずに、支えて外に連れていく日が増えた。それでも外に出たがり、出してやれば歩いた。ずっと寝ていたかと思うと、夜中に突然起き出し、散歩を要求したりした。
七月、排泄の際も立ち上がれずに、その場で粗相してしまうようになった。それでも立ち上がりさえすれば自力で歩いた。粗相してしまうと、悲しそうな顔をして玄関の隅でしょんぼりしていた。うなだれて上目づかいに私を見た。デオシートの消費量が激増した。
八月、起こしてやらなければ立ち上がれず、立ち上がっても自力で歩けない日が出てきた。筋肉が急激に細る。後ろ脚が硬直し、伸びたままになることもしばしばあった。粗相をしても最早、落ち込むこともしなくなり、垂れ流しも気にしない。濡れたデオシートの上で伸びたままだ。
そして九月、ついに立つことを止めてしまった。八月までは立ち上がろうとジタバタすることがあったのに、諦めたのか立とうとすることすらしなくなった。紙おむつをあてて、寝たきり生活になる。
すぐに、よく下側になっていた左側の肩と腿の付け根に床ずれが出来た。次いでこめかみにも出来た。
免疫も格段に低下し、皮膚炎や口内炎も併発した。抗生物質を変えたが効果は低い。
いよいよ、最後の日が近づいてきたかもしれない。
死期を悟ったのか、バロンは最近妙に甘えるようになった。
今までほとんどしなかった要求鳴きをする。大型犬の太い喉から、甲高い甘えた鳴き声がするのはちょっと滑稽だ。
過去や未来を思うのは人間だけだという。他の動物には「現在」しかないと、迫りくる死など分からないと。
でも私には、バロンが時折、死の影に怯えているように見える。
水やご飯の要求ではない、ただ傍に居ろと鳴く時。寄り添ってやると鳴き止むのは、ただの甘えだろうか?
現在しかなく、死が分からないなら、こんなに強く傍にいてくれと呼ぶだろうか?
隣りでテレビを見ている飼い主の目を、自身に向けようとするだろうか?
バロンに問いかけてみるが、当然答えは無い。
あと何日、こうして弱っていく愛犬を見続けるのだろう。




