邪竜様は見た
6月13日にコミカライズ第1巻発売予定です!
第一話は下記URLの特設サイトで無料公開中です!
http://www.jp.square-enix.com/magazine/joker/series/jaryunintei/index.html
「温泉とか食べ歩き……? 待ってくれ。それは何かの暗号か……?」
「いやいや。文字通りの意味じゃって。レーヴェンディアさんは越冬地探しを兼ねた温泉巡りが趣味でな。たまに山奥に行っては天然のお湯を探すのよ。あと、食べ歩きは主に甘味探しじゃね。特に寒いところの森が狙い目での、雪が厳しい地方に生えてる樹は甘い樹液が溜まりやすくて、幹を齧るととっても美味しいのよ」
「レーヴェンディアの話だよな? あの悪名高い邪竜の」
「そうそう。実はあの人は誤解されがちなんじゃけど、すごく温厚での。みんなが思ってるような悪いドラゴンではなくて」
ぽん、とわしの両肩にライオットの手が乗せられた。
「可哀想に……。荷馬代わりのドラゴンまでもう洗脳されちまったのか。自分のことを普通の動物みたいに思わせるなんて、いったい邪竜の奴は何を企んでるんだ……」
「すぐ洗脳という安易な発想に逃げるのはわしどうかと思う。辛くてもちゃんと現実と向き合って」
「そういえば、あたしもレーヴェンディアさんのことあんまり疑ってないけど洗脳とかされてる可能性あるかな……?」
「待ってシェイナ。お主の方まで流されないで、これ以上ややこしくしないで」
わしがすがると、シェイナは笑って耳打ちをしてきた。
「冗談だよ。影武者として邪竜様を使ってるとことか、眷属にレーコちゃんを採用したりしてるところを見たら、本物のレーヴェンディアさんもなんというか……察しがつくから」
「わしは影武者ではなくて本物なんじゃけどね。まあ、その察しはだいたい間違っておらんよ」
仮にわしを影武者として採用する本物の邪竜がいたら、それはそれでポンコツに間違いないだろう。たぶん、圧倒的な魔力を駆使して森の草を全部抜いたりするようなレベルの人(竜)に違いない。
わしが困っている間に、ライオットは勝手に一人で納得してしまう。
「大丈夫だドラゴンさん。俺がいつか邪竜を倒してその洗脳を解くから、それまで待っててくれ」
「どうしよう。もうこの洗脳っていう既定路線は覆らなそう」
「そうだね。じゃあこの際あたしも洗脳されてるってことでいいや。説得できなさそうだし」
「そっちの姉ちゃんも耐えててくれ……」
「うん。じゃ、洗脳くん。これからこの結界の中でどうするの?」
シェイナから洗脳くんと呼ばれたライオットは、もはや否定もせずに普通に応じる。
「まずはレーコを説得する。それが難しそうなら、脱出のための手掛かりを探すつもりだ」
「そうなの。あ、そうだ! あたしたちが泊まってる迎賓館があるんだけどさ。そこの地下に怪しい部屋があるんだよね。あたしは何も見つけられなかったんだけど、念のため後で洗脳くんも調べてみてくれない?」
「ああ、分かった。何か手掛かりがあるかもしれないからな」
くいくいとシェイナの服を引っ張って、わしは小声で尋ねる。
「お主、何をするつもり?」
「レーコちゃんを余計に刺激されたら面倒そうだから、閉じ込めておこうかと思って。ほら、迎賓館の地下に適当な倉庫があったでしょ?」
王都の迎賓館は、わしらの宿泊場所とするためかハリボテではなくまともに造られている。
シェイナも本物には入ったことがないので再現度合は分からないらしいが、まあ泊まっていて違和感のないぐらいには立派な建物である。
ただ、わしらの宿泊する部屋と宴会場以外は家具すら置いていないガラガラっぷりで、本来は酒蔵であったろう地下の空間も、まったくの空き部屋となっている。
確かに、調査という名目でライオットを踏み込ませて外から閂でもかければ一発だろう。
「でも、そんなことしたら後がすごく怖いんじゃけど」
「大丈夫だよ。だってあたしたちは洗脳されてることになってるんだから、罪は全部レーヴェンディアさんが被ってくれるって」
「何の身代わりにもなっておらんのじゃけど」
すべての憎しみをストレートにわしが背負うことになる。
そんなわしの憂いは無視され、シェイナは陽気にライオットの元に歩み寄っていく。
「じゃあ洗脳くん。さっそく迎賓館まで行こうか? ちょうどそろそろお昼の時間だし、レーコちゃんもご飯食べに戻ってると思うんだ。説得するにせよ調査するにせよ、これはもう向かうしかないよね?」
「お、おう……?」
やけに食いつき気味で招こうとするシェイナに、ライオットは若干の警戒をしている。
その警戒のせいか、ほんの一瞬だけライオットの手が鉄剣の柄に触れた。
そのとき、シェイナの目から笑みが消えた。が、錯覚かと思うほどすぐに元の作り笑いに戻った。
「じゃあ案内するからついて来て。邪竜さ……じゃなくて荷馬のドラゴンさんもそれでいいよね?」
「ここまで話が進んだらもうわしに拒否権とかなくない?」
「オッケーってことだね。と、その前に。……邪竜様、あの剣けっこうヤバいよ。なんであんな普通の子が持ってるかは分からないけど、ぞっとするくらい強い魔力が宿ってる。倉庫の扉くらいすぐ壊されそう」
「えっ、そりゃ困るのう」
だから閉じ込める前に没収しよ、とシェイナは単純明快な解決案を提示した。
「邪竜様は先に迎賓館に戻って、昼ごはんに眠り薬を混ぜておいて。あたしの荷物の道具箱の中に、調合用の薬品が一式揃ってるから。眠り草は分かるでしょ?」
「うん。食べると眠くなっちゃう草じゃね。だいたいの草は分かるよわし」
「どうせ料理作ってる人たちも他の街の人たちと同じように無反応のエキストラだろうから、堂々と厨房に入っても誰も気にしないでしょ。手っ取り早くスープとかに混ぜちゃって」
「了解。ライオットとレーコは任せてもええ?」
「うん。あの洗脳くんが何を喋ってもレーコちゃんの耳に届かないように音を遮断するから」
ありがたいのだけれど、物凄くライオットに申し訳なかった。
いつかレーコが正気に戻ってわしの冤罪が晴れたら、この一件のことを正式に謝罪したい。
「じゃあわしは先に迎賓館に戻っておるね」
罪悪感を振り切って、わしは迎賓館へと走った。
それにしても、主と眷属が揃ってライオットの食事に混ぜ物をするハメになるとは。これも何かの宿命だろうか。
もし具材に緑豆があったら、せめてもの温情としてそれは抜いておこうとだけ決める。
そして一足早く迎賓館の厨房に着いたわしは、信じられないものを見た。
「ふふ。レーヴェンディアったらまんまと騙されて。でもこの完璧な偽王都を前にしたら見破れなくても無理ないかな。さ、仕上げ仕上げ。あとは胃袋をがっしり掴んじゃえば、ここから出て行こうって気力もなくなるはずだし……」
滑らかな包丁捌きでリズミカルに刻まれていく野菜。
厨房の台の上でせっせと食事の下ごしらえに励むウサギのぬいぐるみの姿が、そこにはあった。




