目的はそっちじゃない
溺れたのだろうか、ライオットに似たエキストラは泡を吹いて気絶している。
たぶん原因は、帯に巻き込んで腰に下げている鉄剣だろう。こんな重いものを下げていては泳ぎ辛いに違いない。
「本物ではないよな……?」
本物のライオットはペリュドーナでアリアンテから修行を受けているはずである。
間違ってもこんな謎空間の偽王都に入ってくるわけがない。魔物の配置したエキストラと見ていいだろう。
なぜライオットの姿なのか疑問は残るが、まあ空似というやつかもしれない。
わしはライオット似のエキストラの身をゆすりつつ、
「のうのう、起きてくれるかの。お主はどんな役で配置されとるの?」
「……んん?」
エキストラが目を覚ます。
彼もリピート台詞だけを喋る偽物だろう。レーコも見知った友人が奇妙な言動をしていれば、さすがにこの街に疑問を抱いてくれるかもしれない。
「起きたかの?」
「うん、ああ……誰か知らんがありがとう……。ん? ドラゴン? 蒼い目……?」
横たわっていたライオットの金色の目に、急激に憤怒の炎が燃え上がった。
「うおおっ! 見つけたぞレーヴェンディアっ! てめえ覚悟しろレーコを返してもらうぞ!」
「きゃぁぁああ――――っ!!」
いきなりライオットがわしに飛び掛かって来た。
わしの背中に馬乗りになり、首元に腕を回して絞め技をかけてくる。
「ギブギブギブ! わしの負けわしの負け!」
「嘘こけ! 本当に負けっていうならレーコを自由に……ん?」
そこでライオットはわしの首を絞める力を弱めた。
「あれ、レーヴェンディアにしては小さいな……?」
「ゲホッ。ああ、そうじゃった。わしは今小さく……じゃなくて、人違いじゃよ。わしはレーヴェンディアとかではないから」
嘘は言っていない。本当に心当たりはない。
しかし、薬を飲んでいて助かった。元の身体の大きさだったら、あの剣で斬り付けられていたかもしれない。
ライオットは慌てたようにわしから飛び降りて、片膝をついて頭を下げた。
「す、すいませんでしたドラゴンさん。俺、あんたと同じ黒い鱗のドラゴンを探してて、つい早とちりを……」
「いやいや、ええんじゃよ。気にせんで」
厳密にいえば、それもわしである。
しかし、どうやらこの様子を見るにこのライオットは本物のようである。壊れたように同じ台詞を繰り返す偽物ではない。
「と、ところでお主はなんでここにいるのかの?」
「友達を助けに来たんだ。ここにいるって聞いたから、絶対連れ戻そうと思って――」
「いやそうではなくて。わしにもよく分からんけど、この街はたぶん普通の場所ではないのよ。どうやって入ったの?」
「それは……悪い、秘密にしろって約束で。相手がどんな奴でも、恩は恩だから」
わしは首を傾げた。
アリアンテかペリュドーナの冒険者がライオットを送り込んだのだろうか?
「なあドラゴンさん。この近くで女の子を見なかったか? レーコっていう子なんだけど、黒い髪で、歳は俺と同じくらい」
「ど、どうじゃったかのう……。見たような気がしないでもないような」
想定もしていなかった展開にわしはたじろぐ。
ライオットを直接レーコに会わせたらどうなるか。彼には悪いが、少なくともレーコが正気を取り戻して村に帰るということはあるまい。そんな単純な子ではない。
「そうか、ありがとうな。じゃあ俺はそのへん探し回ってくるから」
「わー! 待って待って!」
わしはライオットの足に縋りついて止める。迂闊にレーコと接触してわしを侮辱でもしようものなら、レーコが怒り狂ってしまう可能性がある。
「どうかしたか?」
「実は……うん、お主が探しておるレーコという娘はこの街にはもうおらん――」
そのとき、ハリボテの王宮の方角で花火が上がった。
わしとライオットの視線が同時にそちらを向く。
王宮の上空に、黒い翼を広げたレーコがいた。
その指先から祝砲のごとく花火を打ち上げ、「愚民どもよ! 新たなる国の誕生を祝うがいい!」と悪役っぽい声で盛大に叫んでいる。
「レーコ!」
もうわしの制止など何の意味もなさなかった。
ライオットはまっしぐらに王宮の方へと走り出した。エキストラの群衆を押しのけて、それでもスピードを緩めず猛進していく様は、意外なほどに力強い。
わしが息を切らしながら王宮の正面まで行くと、ライオットは上空のレーコに大きく手を振っていた。
「降りて来てくれレーコ! 俺だ、ライオットだ!」
「……む?」
上空のレーコは冷めた目でこちらを見下ろし、何やら疑問に思うかのように顎に手を添えた。
そこで、人混みの中にいたシェイナがわしの肩をつんと叩く。
「ねえ邪竜様」
「ん、どうしたの」
「あの金髪の子は誰? 見た感じ、エキストラじゃないみたいだけど」
「レーコの友達での……。よく分からんけど、ここに入ってきちゃったみたいなのよ。あ、ちなみにあの子はレーヴェンディアのことを友達の仇と思っておるから、わしのことは単なる通りすがりのトカゲって扱いにして」
「ん。了解」
話が早くて助かる。
もっとも、シェイナもわしのことをレーヴェンディアではなくその影武者だと思い込んでいるから、頼むまでもなかったかもしれないが。
翼をゆっくりとはためかせ、レーコが地上に降りてくる。
「ライオット……?」
「レーコ! お前、そんな羽根なんか生やして何を……! それに、髭まで生えてるじゃねえか! なんてこった、邪竜の奴の眷属になった侵食がこんなに……」
「その髭については着脱可なんじゃけどなあ」
付け髭までもがわしの罪にカウントされてしまった。
友の変わり果てた姿に動揺する気持ちは分かるが、お願いだから冷静になって欲しい。
レーコはライオットの話をスルーして、ライオットの頬をぺたぺたと手で触った。
「……変な落書きはあるけど、間違いない。本物のライオット。なぜここに?」
「決まってるだろ。お前を連れ戻しにきたんだ」
そう言ってライオットはレーコの手を握る。
おおっ、とシェイナが野次馬っぽく身を乗り出した。
「邪竜様? これはもしかして、レーコちゃんを巡ってなにやら取り合いが起きてる感じ?」
「取り合いではないよ。わしの方はいつでも連れ戻して欲しいと思っておるから。単にレーコが意味もなく眷属ポジで不動の構えを取ってるだけじゃよ」
「ほほう。さあ、この状況でレーコちゃんはどう出る?」
「なんで実況風になっとるのお主?」
ぺしっ、とライオットの手が叩かれた。
ライオットが負けじと何度も手を握り返そうとするが、そのたびにピシパシとレーコの平手に迎撃される。
「レーコ……やっぱりお前、まだ邪竜に心を乗っ取られたままなのか……?」
「まだ? 愚かな。私の心は永遠に邪竜様とともにある――だが」
レーコは腕を組んで「ふ」と薄く笑った。
「その心意気はあっぱれと認めよう。私が眷属となってもなお諦めず、こんな遠方まで追ってくるとは。この私も少しだけ感服した」
「ああ、俺は絶対に諦めないからな。絶対にお前を正気に戻して――」
ライオットが言い切る前に、レーコはうんうんと満足げに頷いて、こう言い放った。
「――その気概は嬉しく思う。まさかあなたも、そこまで邪竜様の眷属になりたがっていたとは」
わしはもう見ていられなくなったので、自分の両目をそっと前脚で覆った。




