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正反対の真相

6月13日にコミカライズ第1巻発売予定です!


またスニーカー文庫版第2巻は、ほぼ完全書き下ろしの内容を予定しております(WEB版2章冒頭からルート分岐)

こちらの発売日は確定次第告知させていただいます!


 アリアンテの書斎で通信機を握ったまま、ライオットは「邪竜の眷属」の言葉に耳を傾けていた。


『おや、迷っているのですか? あなたはご友人のレーコ嬢を助けたいのでしょう? 力を貸していただけると思ったのですが』

「待て。お前――ドラドラの話じゃ魔王軍の最高幹部なんだろ? それがなんで俺なんかに助けを求める? お前自身が行けば済む話じゃねえか」

『それが事情が複雑でして』


 やれ、と通信機の向こうで悩ましげに唸る声があった。


『我が主であるレーヴェンディア様と眷属の同胞たるレーコ嬢を窮地に陥れているのは、何を隠そう私と同じ魔王軍の幹部でして。つまり内輪揉めは避けたいというわけです』

「……? 邪竜の眷属なんだろ? 邪竜の奴は魔王を倒すって言ってるんだから、魔王軍なんかどうでもいいはずだろ」

『それが困ったことに、私はまだレーヴェンディア様から魔王打倒の件について何も話を受けていないのです。魔王軍を離脱せよとも命じられていない。もしかすると、魔王軍にスパイとして残れという意図があるのかもしれません。そう考えると、私が魔王軍の同僚と一戦交えるのは非常にまずい』

「そんな事情知るかよ」


 何が悲しくて邪竜の策略の手駒にされなくてはならないのか――と思ったが、


『おや薄情な。よいのですか? 私が動けない以上、このまま放置しておけばあなたの友人もどうなるか……』


 くそ、とライオットは歯ぎしりする。

 レーコを交渉の盾にされては、無碍に通信を切るわけにいかない。


『見捨てるのですか?』

「レーコは助けたい。けどな、だからといってなんで俺を指名するんだ? 言っとくけど俺は昨日今日で修行始めたばっかりのガキだぞ。あの邪竜が困るほどの相手に、俺が何をできるっていうんだ?」

『またまたご謙遜を。我々眷属の業界ではあなたの名前は有名ですよ』

「有名……? っていうかちょっと待て。なんだ眷属業界って」


 ご存じないのですか、と眷属は言った。

 知るわけない。そんな業界があるほど邪竜の奴は多数の眷属を抱えているのか。


『今のところは私とレーコ嬢の二名だけで成る業界です。いわゆる少数精鋭というやつですね』

「……さてはてめえ、この街の冒険者の誰かだな? こんなノリに覚えがあるぞ」


 そう言ってライオットは辺りを見回す。よく考えたら、修行に負けて額に悪戯書きされた「敗北者」のマークもまだ消えていない。

 あの連中が自分をからかって、物陰からこっそり見ているに違いない。


『残念ながら違います。しかし身近な方と間違えていただけるとは、その冒険者の方々というのは私同様によっぽど正直で誠実なのでしょうね』

「おう。吐き気がするくらいにいい奴らだぞ」


 もはや何も言うまい。ライオットは通信の切り時を探る。

 ここで必要以上に話に乗ってしまえば、後で冷やかしの種が増えるだけだ。


『どうやら信用いただけていないようで』

「当たり前だろ。もうこっちはお前が誰かまで特定するつもりだからな。レーコをダシにしてまで俺をからかおうっていう悪質な奴は、剣士のサイザスか槍のイアンあたりか……声も変えてるから共犯がいるな? 変声の薬でも使ってるなら、錬金術師の……」

『やれ仕方ない。ならば、こちらが本気だということを示しましょう』


 通信の向こうで相手が指を弾いた音がした。

 同時にライオットの背後で、壁に何かが突き立てられるような音がした。


『振り向いて御覧なさい』


 言われるまでもなく振り向いた。

 先ほどまで何もなかったはずの書斎の壁に、一振りの片刃剣が突き刺さっていた。


 しかも、ただの剣ではない。

 素人目で一見すると、ただの古びて黒ずんだ鉄剣のようだが、並々ならぬ熱気のようなものが刀身から放たれているのが感じられた。

 刃渡りは長すぎず短すぎず。大人の冒険者ならば片手で振る程度の長さだ。


「……なんだ、この剣」

『あなたの短剣をレーコ嬢が持って行ってしまったでしょう。その代用として、僭越ながら用意させていただきました』

「いるか。邪竜の部下で魔王軍の幹部みてえな奴から武器なんて貰うかよ」

『おや、私の素性を信じてくれたのですか?』


 ライオットは押し黙る。

 この街の連中はこんなイタズラの通信をしてきても何ら不思議でないほど悪質である。

 しかし一方で、どいつもこいつも武人としての修練には一家言持っている。

 そして連中が口を揃えていうのは「実戦武器なんかまだ百年早い」というお説教。


 生兵法は怪我の基――やら何やら。


 基礎もできないうちに身の丈に合わぬ力を持ったところで、身を滅ぼすだけとアリアンテも言っていた。

 少なくともイタズラでこんな武器を自分に渡してくる奴は、この街にはいない。


『どうあれ、その剣は受け取っていただきたい。あなたはレーヴェンディア様に一太刀を浴びせて一目を置かれた英雄の末裔。眷属の私からしても十分に敬意を払うべき存在です。そのあなたから本来の剣を眷属のレーコ嬢が奪ってしまった以上、代わりの剣もこちらで用意させていただくのが道義というもの』

「……その英雄とかいうの、やめろ。先祖は立派だったのかもしれねえが、うちの家系なんかとっくに腐りきってる。もう何代も前から、剣なんかロクに振れもしねえ欲にまみれた連中ばっかりだ」

『ですがあなたはそこを出奔した。先祖返りの気質と見えます。だからこそ、あなたを見込んで助力をお願いしたいのです』


 ライオットは壁に刺さった剣を睨んだまま考え込み、一言尋ねる。



「レーコは今、危ないのか?」

『詳細は分かりません。ですが、ある魔物の結界に取り込まれてもう二週間近くが経過しています。内部で何が起きているかは私にも分かりませんが、そこまでの長きに渡って閉じ込められるというのは、よほどの事態が起きていると見ていいでしょう』


 焦らすような間を置いて、眷属は続けた。


『レーヴェンディア様を閉じ込めている魔物の名は『操々』。魔王軍の最高幹部の一柱であり、莫大な魔力を持つ魔物です。しかしこれがまた奇妙な外見をしていまして、なんと兎のぬいぐるみそのままの姿なのです。おかしいでしょう?』

「おかしくない。こっちは真剣なんだ。姿なんてどうでもいい」

『やれ冗談の通じぬ方だ。この操々という魔物は――名のとおり人形を操る力を主な能力としています。しかし、もう一つとっておきの特技があるのです。それは人形の本来の役割。いわゆる依代よりしろとでもいいますか』


 依代。

 一般にはあまり馴染みがない言葉かもしれないが、ライオットは神職の家の出なのでさすがに知っている。

 要は神や魔を集わせる媒介となる物体のことだ。

 人形というのは玩具でもあるが、魔除けとして使われる祭品でもある。持ち主の身代わりに、魔や呪いの災いを引き受けるという役として。


 その性質上、悪い魔力が溜まって魔物と化す例も多いと聞く。


「で、その依代っていうのがどんな能力なんだ?」

『元来人形というのは、身代わりとして『何かを宿らせる』ためにできています。その役割をさらに拡張した能力で――人形の内部に他者を『宿らせ』取り込んでしまうのです。今回の場合は相手がレーヴェンディア様ということもありますので、手駒の人形ではなく操々自身の内部に閉じ込めているかと』

「邪竜でも脱出できないのか?」


 いいえまさか、と眷属はあっさり否定した。


『レーヴェンディア様が本気になれば操々の身ごと破壊して容易く脱出できましょう。いいえ、そもそもこの技はやや強い魔物ならば簡単に破れる程度の拘束力しか持ちません。抵抗の意思と一定の力さえあれば、操々も吐き出さざるを得ないのです。あなただって食べた食事が胃の中で暴れ回ったら、すぐ吐いてしまうでしょう?』

「変な喩えをするな」

『申し訳ない。まあ、そういうわけですから操々は、この技を自我ある他者相手にはあまり使わないのです。精霊のように自我が希薄な者なら抵抗しないので、簡単に封じられるのですが』


 精霊? と思うが、ライオットは聞き流すことにする。今は枝葉の情報を掘り下げている暇はない。


「じゃあ、なんで邪竜の奴とレーコは出てこられないんだ? 抵抗すればすぐ出られるんだろ?」

『抵抗されないように、操々が工夫しているのでしょう』

「工夫って……なんだよ」

『たとえば、結界の内側を現実世界と似た環境に偽装して、結界の内側だとそもそも気づかせないようにする。これだけでも、捕らえた獲物に抵抗される可能性は格段に減るかと』

「なんだよ。芝居打ってごまかしてるってわけか? そんなのにも気づかないなんて、邪竜も案外節穴なんだな」

『我が主を侮辱しないでいただきたい』


 ライオットの背筋に寒気が走った。

 今まではふざけているような口調だったのに、邪竜のことに話が及んだ瞬間、凄まじいプレッシャーを通信機ごしに放ってきた。


『……失礼。つい、主のことになると熱くなる癖がありまして。弁護というわけではありませんが、我が主レーヴェンディア様は操々の芝居ごときにはとっくに気付いているはずです』

「だったら出てくるはずだろ?」

『だというのに出てこない。つまり、私はその原因がレーヴェンディア様でなくレーコ嬢にあると考えているのです』

「レーコに……?」

『ええ。彼女が足手纏いとなって出られないのでは』


 しっくりこない。邪竜の奴が「ここは結界の中だ」と気づけば、レーコにも脱出を命じてそれでおしまいではないのか。村で見ただけでも、レーコは相当な力を眷属として覚醒させていた。

 あれで足手纏いになるというのが想像できない。


『私が見た限り、レーコ嬢は平和を望む心優しいお嬢さんです。あなたもそう思いますか?』

「……なんだよ、いきなり」

『たとえば、結界の内側でレーコ嬢が『平和な村の光景』を見せられているとしましょう。そして本来の優しい性格から、偽りであってもその環境を好んでしまった』

「……!」


 ライオットは目を瞠る。どういう状況か分からなかったが、それは実にありそうだ。

 レーコは身代わりを自ら進んで買って出るほどに心根が優しい。


 邪竜の眷属として適性があるとは、とても思えない。

 結界の中で穏やかな幻影を見せられれば、普通の女の子のように心を挫けさせてしまうかもしれない。


『レーヴェンディア様は眷属が人の心を捨て去るまで、しばし見守りになるでしょう。しかし、いつまで経ってもレーコ嬢が人としての心を捨てず、邪竜の眷属としてふさわしくない在り方をし続ければ……』

「分かった」


 ライオットは通信機から一瞬だけ離れて、壁に刺さった剣を引き抜いた。


「邪竜がレーコを見限る前に、レーコを現実に引き戻せっていうことだな? そうじゃないと、レーコが眷属として使えないってみなされて――邪竜の奴に始末されると」

『そういうことです』

「いろいろ口が悪くてすまなかった。魔物に言うのもアレだけど、ありがとう」


 この魔物は単に邪竜のことだけでなく、レーコの身も案じてくれていた。

 他の信頼できない点はさておき、それだけは感謝すべき点だった。


『こちらこそ英雄の子孫にそう言われて光栄ですよ。では少々、魔王軍の幹部として掟破りにはなりますが、操々の結界の内にあなたを送り込みましょう。くれぐれも私が関与したことは他言無用でお願いしますよ』

「ああ、頼んだ」


 戦うわけではない。説得ならば、自分一人で充分だ。

 ただ、万が一レーヴェンディアに遭遇する事態に備え、剣はしっかりと持っていく。


『最後に一つ、念を押していいでしょうか?』

「ん?」

『結界の中で我が主――邪竜レーヴェンディア様に出くわしても、くれぐれも手は出されないように。くれぐれも』


 なぜか眷属のその一言は、薄く笑むような調子だった。

 まるで本心ではそう望んでいないかのように。


 疑問に思う暇すらなく足元に魔力の光が広がり、次の瞬間にライオットの視界はぐにゃりと歪んだ。




_____________________________________________



「わーっしょい! わーっしょい! レーコ様万歳! 邪竜様万歳!」

「我がグラナード国は全面的に邪竜様に恭順を誓います!」

「本日からこの国は神聖邪竜様帝国に改称します!」


 霧に包まれた王都に入るなりこんな感じのパレードが開かれて、既にぶっ続けで二週間近くが経過している。

 神輿に担がれてご満悦の表情で王都を毎日遊覧するレーコは、初めてのお遣いを完璧にやり遂げた達成感に満ち溢れている。


 一方、それを遠巻きに眺めるわしは。


「ようこそいらっしゃいませ邪竜様!」

「ぜひ、いつまでもこの街に滞在してください邪竜様!」


 かつてない歓迎の嵐を受け、滞在二週間目だというのに未だ感激に目を潤ませていた。

 頼めば人々がいくらでも干し草を持ってきてくれて、しかもわしのことを誰も怖がらない。


 薬で小さくなっている姿とはいえ、わしの正体を知られてなおこの好待遇とは。この平和こそわしが心から望んで止まなかったものである。

 そんなわしらの様子を見ながら、精霊さんを肩車したシェイナが冷めた目で言う。


「あのー邪竜様……。たぶんここ、王都じゃないよ? パレードの通り以外はだいたい建物ハリボテだし。だいたいの住民の人たち、何度話しかけてもおんなじセリフしか喋らないし。こう言っちゃアレだけど、ジオラマとしてあらゆるディテールが雑というか」

「分かっておる……。わしだって明らかにこの街のディテールがおかしいって分かっておるんじゃよ。こっそり王宮の裏側見たら全部ベニヤ板じゃったし……」

「そもそも、歩いてる人たちみんな知らない顔なんだよね。うちの実家行っても誰もいないし。っていうか実家もハリボテだったし、ここまでくるとちょっとホラー感あったかも」

「怖い思いをさせて申し訳ないのう」

「いやまあいいけどさ。どっちかというと雑すぎて笑えたし。それより邪竜様、そろそろ本腰入れて問題解決しようよ。もう二週間だよ? あんまり戻るのが遅いと、外でも騒ぎになっちゃうよ?」


 シェイナに背中をぽんぽんと励まされて、泣く泣くわしは正面きって問題を直視する。

 そうだ。この偽の王都から出られないのには深い事情があるのだ。

 視線の先には、万雷の拍手を受け続けてお遣いの成功意識を最高潮に上げたレーコがいる。その恍惚の表情たるや、たった今世界征服でも成し遂げてきたかのようである。



「ここからどうやってレーコのテンションを軟着陸させるか……じゃの……」



 レーコがこのテンションのまま本物の王都に向かうことは、すなわち国家の滅亡を意味していた。

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[一言] 優しさで生け贄になったと勘違いしてるってシーンでじわじわきて ベニヤ板の王宮で堪えられなかったですwww
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