終わる優勢
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コミカライズ第一話が上記のガンガンJOKERのHP上で公開されています!
本編と併せてぜひご覧ください!
「さあ行くよ邪竜様! ガッツ見せて!」
「いやぁ――! 止めてぇ――っ!」
シェイナの指示のままにわしの足が魔物に向かって前進する。
おかしい。レーコの魔力はわしに通用しないはずである。
精霊さんの魔力がレーコのものに置き換わっているなら、わしを操るなどできないはずだ。
そう思ってよく足元を見たら、勝手に動いているのはわしの足ではなく狩神様の黒爪だった。
足に纏わりつく手袋のように変形し、強引にわしの四肢を動かしている。
精霊さんが操っているのはこっちということか。分かったからといって、抵抗する術はないけれど。
『おっ! とうとうやる気になったんだねレーヴェンディア! アタシ嬉しいかも!』
「邪竜様! できるだけ大きく叫んで!」
言われずとも、わしはさっきからずっと悲鳴を叫んでいる。
前方に向けて発した悲哀の叫びは、しかしシェイナの音響操作によって恐ろしげな咆哮へと変換される。空気を裂くように震わせるその叫びは、当のわしでさえ鳥肌を立てるほどだった。
「いい? 邪竜様。相手はこっちを格上と思ってる。なら、下手に怯えないで真正面から突っ込んだ方がいいよ。相手が逃げ腰になった隙に精霊さんに命令して土砂の攻撃を――」
『っしゃ――あっ! 来いやぁっ!』
早くも予想が外れる。人形は腰を低くしてがっつりこちらを迎え撃つ姿勢を見せた。
これにはシェイナも絶句。
「え、どうするんじゃの。まさかこのタイミングで横に逃げるわけにもいかんし、このまま突っ込むつもり?」
「待って邪竜様。今どうしたらいいか考えてるから」
「考えてる前にわしの足を止めてくれんかの!?」
言い争っているうちに、やる気満々で待ち構える人形の真正面に来てしまった。
全力疾走のこの速度でわしの巨体が体当たりすれば、普通ならそこそこのダメージにはなるかもしれないが、魔王軍の幹部が操る人形に通用するとも思えない。
たぶんカウンターを貰って終わりだ。
「ジャンプ!」
もうダメだ衝突する――その土壇場で、シェイナが精霊さんに命じた。
途端にわしの爪が勢いよく地面を叩き、巨体がふわりと浮いて軽々と人形を跳び越えた。
着地と同時「ぷぅ」とわしの尻から情けない音が漏れる。
シェイナが魔法で出した音ではない。素の屁である。あまりの恐怖にわしの筋肉が弛緩したのだ。
『こ、この野郎……! アタシを馬鹿にしてるなぁ……?』
声に怒りを滲ませて人形がこちらを睨む。
幸か不幸か、衝突を回避したのではなく相手への挑発と受け取られたらしい。
だが、いよいよ相手の逆鱗に触れた。
煙を噴く関節からさらなる熱気の陽炎を上げて、人形は四つ足で疾駆の体制を取る。
相手も長くは持つまい。明らかに最後の力を出そうとしている。
「邪竜様……。こうなったらイチかバチか、あの高速移動から逃げ切るよ。少しの間逃げ続ければ、たぶん相手がダウンすると思うから」
「え、わしあんなのから逃げられないんじゃけど」
「大丈夫――ええっと、右右左ジャンプしゃがんで左右斜め後ろくるっと回って左と見せかけて右……」
「お主、右とか左とかなにを呟いておるの?」
小声でブツブツと呟くシェイナは、しっかりとわしの角に掴まってこう言った。
「このコマンドを音魔法で高速再生して精霊さんに命令するから。しばらく頑張って邪竜様」
敵の人形の姿が消えると同時、地獄のステップが幕を開けた。
わしの意志などあったものではない。シェイナが命じたランダムな機動――それも超高速で再生されるそれを、精霊さんは見事にわしの爪を操って実現した。
高速移動する人形の攻撃は周囲の地を穿ち、岩を砕いていく。
しかし、わしの身体にその攻撃が触れることはない。単純な速度ではこちらが劣るが、生物的にありえないデタラメな機動がフェイクとして相手の読みを外している。
「あ、いかん……」
一方、直撃は受けずとも着実にわしの意識は遠のき始めている。急機動の遠心力は老体にとってあまりにも酷だった。
そのとき、力強くシェイナが叫んだ。
「真上! できるだけ高く!」
爪が支柱のごとく伸びてわしの身体を一気に空中へと運ぶ。が、これで逃げ場はない。
相手もその隙を逃さんと追随してくる。眼下では人形がこちらを睨み、跳躍を――
「吐け」
精霊さんの口から、地に向けて大量の土砂が放出された。
空中では回避できない。それは、相手にもいえることだった。
抗いようもないほどの質量を頭上からまともに受けて、人形はみるみるうちに沈んでいく。
土砂は宙にあったわしらの足元にまであっという間に降り積もり、わしとシェイナは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
お互いに目を回して、もはや立ち上がる気力すらほとんどない。
「こ、今度こそやったみたいじゃの……?」
「うん……たぶんね。ああ、疲れた。でもこれで大金星……」
そのとき不意打ちめいたタイミングで、天からぴゅっと光の糸が降り注いできた。
「あ」
「あ」
わしとシェイナの声が重なる。
その五本の糸はあろうことか――精霊さんの身体に刺さっていた。
『いやー。やっぱあんなオンボロ人形だとアタシの魔力に耐えらんないね。仕切り直しっ! こっちはそこそこいい人形だし、中身もいい精霊が入ってるし、上等な方かなっ!』
絶望感が場を支配した。
唯一の頼みの綱だった精霊さんが、よもや敵の手に渡ってしまうとは。
そういえば精霊さんが人の姿になっているのは、人形に封じられているからだとレーコが分析していた。ということは、あの人形と同じく操られる危険性があったということではないか。
『じゃ、いい人形も手に入ったことだし、片手全部使っちゃおうかな? 指五本』
操糸の魔物がそう宣告しただけで、精霊さんを中心に爆発的な衝撃の輪が生じた。
攻撃ではない。急激な魔力の膨張で周辺に突風が生じただけだ。
それでも、わしとシェイナは土砂の山を転がり落ちて無防備に横たわってしまった。
『うん……? レーヴェンディア? なんで今のくらいでそんな風に倒れてるのさ?』
この醜態には相手も不信感を抱いたようだ。怪しげに煌々と輝く精霊さんの目の向こうに、明らかにこちらを疑う者の姿が垣間見える。
操られるままに首を傾げた精霊さんは、土砂の山からひときわ大きな岩を一つ抱え上げて――こちらに投擲してきた。
「ぎゃああっ!」
わしは這いつくばってなんとかそれを躱す。あと一瞬逃げるのが遅れていたらぺしゃんこだった。
が、情けない悲鳴が相手の疑念をさらに深めてしまった。
『そんな岩ごときで悲鳴? まさか……。ねえレーヴェンディア、あんたってそんなものなの? それともこっちを馬鹿にしてるだけ?』
そんなものです。
もちろん口に出したら殺されてしまうので黙したままだが、わしの心は涙を流してそう訴える。
『……あっそ。答えないんだ。なら、こっちも遊ぶのは終わり』
言うなり、人形(精霊さん)から紫電が散る。
漲る魔力の量は間違いなく必殺の一撃に備えたものだ。怯えるように大地は震え、平原の空気が死の気配にも似た冷気に満ちる。
それが、操糸の魔物の敗因だった。
それだけの魔力を惜しみなく周囲に放っては、当然のこととして――捕捉される。
あの子に。
「貴様。誰に許可を得てその精霊を横取りしようとしている?」
彼方の地平から飛んできた爪のごとき光の斬撃が、精霊さんに繋がっていた五糸をいとも容易く断ち切った




