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邪竜様の残像


 作戦はこうだ。

 レーコには表向き「使者の役目は任せた」と命じる。


 しかし、同行役のシェイナは精霊さんも一緒に連れて行くのだ。

 そして精霊さんの方を「邪竜の眷属」だということにして、レーコの方が「凄まじい力を秘めた精霊」だということにする。

 支援交渉の場においてはシェイナと精霊さんだけで臨み、レーコは別の場所で美味しいものでも食べさせて待機させる。


 わしとシェイナは屋敷の応接間で顔を突き合わせ、神妙に作戦を練っていた。


「……本当に大丈夫かの? 確かにこれならレーコが無茶な注文をするのは防げるけど、一切交渉の出番がなかったらレーコも不審に思わない?」

「大丈夫。レーコちゃんにはまずデモンストレーションで派手に一発力を見せてもらうでしょ? で、その後に『あまりの力に本国の人たちは震え上がって、交渉するまでもなく邪竜様に全面恭順した』って伝えるの。この展開なら交渉がなくても不自然じゃないでしょ?」

「それこそまずくない? ますます調子に乗って酷い要求をしてしまうんじゃないかの?」

「そこで、これ」


 シェイナは鍵付きの戸棚から、金飾りのついた箱を下ろした。


「なんじゃの、それ?」

「あたしの私物の宝石箱。これを『何よりも価値のある本国最高の国宝』っていうことでレーコちゃんに渡そうと思うの」

「……騙せる?」

「怪しんだら、こう言う。『とにかく邪竜様のところに持って行って。それで価値が分かるから』――と」


 おお、とわしは唸った。

 レーコがどんなに怪しんでも、そう言われればひとまずはわしのところに持って帰るだろう。そこでわしが「これは素晴らしい!」とお墨付きを与えれば、レーコとて納得しようものだ。


「で、宝石箱は後でこっそり私に返してくれればいいから。持ってっちゃダメだよ?」

「あ、さすがにくれるわけじゃないのね。まあ貰うのも申し訳ないとは思ったけど」

「……それにしてもさ」


 シェイナはわしの顔を覗き込むようにして、目を細めた。


「この前から思ってたんだけど、なんだか邪竜様って優しいよね? 本国のことも心配してくれてるし」


 ぎくりと頬を強張らせたわしは、苦笑いをしつつ後ずさる。


「そ、そうじゃの。わしは戦いに疲れてしまったからの。わしが無敵の邪竜っていうことは決して嘘なんかじゃないけど、できるだけ人様への配慮の心は忘れんようにしとるのよ。繰り返すけど絶対に嘘なんかじゃないから」

「ご、ごめんごめん。あたしも疑ったりなんかはしてないから。だって、さっきレーコちゃんと戦っても無傷だったもんね? あんな攻撃受けて平気だなんて、相当強くないと無理だし」


 シェイナも少し焦ったように取り繕う。わしの機嫌を損ねたのではと不安になったのだろう。

 実際、わしの機嫌を損ねたところで何ということはないのだけれど。


「とにかく手をかけてすまんのう。わしは平和に暮らしたいんじゃけど、レーコは万事にノリノリな性格での。なかなかわしが言っても止まってくれんのよ」

「なんか不思議だね。レーコちゃんって眷属なんでしょ? 邪竜様に従ってるわけじゃないの?」

「あの子は必要以上に頑張っちゃうところがあってのう……。悪い子じゃないし、わしのためを思って行動してくれてるのは分かるんだけどね。ちょっと思い込みが強くて……」


 シェイナは首を傾げた。無理もない。まさかレーコが完全に自由意志で行動しているとは思うまい。


「よく分かんないけど、まあいっか。レーコちゃんがいい子なのはあたしもなんとなく分かるしね。無事に帰ってくるから邪竜様も安心してて」

「う、うん。本当にお主だけが頼りじゃから、どうかよろしく頼むよシェイナ。あと精霊さんも」


 シェイナの頭上の精霊さんにお辞儀をすると、かちりと歯を鳴らされた。おそらくわしを餌食に狙ったのだろうが、承諾の意として好意的に解釈しておく。


「お任せあれっと。ところでさ邪竜様、これを上手くやり遂げたら、あたしにちょっとだけでも力を分けてくれるっていうのはアリ?」

「それは難しいかのう」

「ありゃ。やっぱあたしじゃ才能不足かな?」

「というよりも、レーコが特殊事例なのよ。あんまりあの子を参考にせん方がええよ。わしも二度とあんな事例には出会わんと思う」


 釈然としないようではあったが、元からそこまで本気の発言ではなかったらしい。シェイナは「残念だなー」と一言で諦めて、精霊さんを肩車したままに応接用のソファから立ち上がった。


「それなら準備しなきゃだね。馬と荷物と……」

「あ、待ってシェイナ。本当に申し訳ないんじゃけど、移動は徒歩でお願いできないかの?」

「徒歩で? 近い方の守関だって馬で2日だよ? 歩きはちょっときついなあ」

「お願い。ね、レーコが万一にでも変なことをしないように、わしも万全を尽くしたいのよ」

「……徒歩の方が安全になるの?」

「そう。とっておきの秘策があってな」


 シェイナは眉間に皺を寄せたが、ややあって「まあいっか」と頷いた。


「それで無事に済むなら少し疲れるくらいどうってことないもんね。で、どんな秘策なの?」

「ふふ。それは秘密じゃよシェイナ。敵を欺くにはまず味方からともいうじゃろ? お主が下手な先入観を持ってしまってはレーコに策を悟られるかもしれん。では、互いに準備を整えるとしようかの」


 わしはシェイナへ健闘を祈り、屋敷の裏口から外に出た。

 そこには、先日雑草を丸めて作った草団子が、まだ放置されたままで転がっている。


 秘策のため、わしは全体重をかけてその上に乗っかり、平らに潰す作業に取り掛かった。




________________________________________




 翌日。

 シェイナとレーコが駐屯地から旅立つ中、わしは見送りの場に立たなかった。


 駐屯地を出てすぐの草むらの中。わしは潰した草団子を迷彩の毛布として身に纏い、旅路に出ようとする二人の様子を窺っていた。

 万が一レーコが暴走する事態に備え、やはりわしが離れるわけにはいかない。

 最終の秘策は、わし自身がこっそり身を隠して二人についていくことだった。


「邪竜殿……? 何をしておられるのですか?」


 と、身を隠していたらいきなりハイゼンが声をかけてきて飛び上がった。

 よくよく見れば、見送りの兵士たちなど、その場の大半の視線がわしの方に向いていた。やはり戦士たちの眼を欺くには無理があったか。


「大変申し訳ありません。やはり、招くのが眷属殿だけというのが不満だったでしょうか」

「いや、いや、そんなことはないのよ。ただね、正直いうとわしはレーコだけをお遣いにやるのがすっごく不安なのよ。だからね、道中ギリギリまでついて行っちゃダメかの? もちろんあの手紙にあったとおり、本国には立ち入らんようにするから」

「邪竜殿がそう仰るのであれば、我々には止める術もありませんが……。しかし邪竜殿。今のお姿は、言ってはなんですが少し草を被っただけで、外から丸見えになっております。眷属殿も既に気付かれたと思いますが」


 そのとき、ハイゼンの肩に手がかかった。誰かと思えば、わしに気付いて引き返してきたらしいシェイナである。レーコはやや遠くで待ちぼうけを食らっている。


「どうしたシェイナ?」

「いやさ、ここにいる邪竜様のことなんだけど。レーコちゃんがおかしなこと言うんだよね」

「眷属殿が?」

「うん。『邪竜様がついて来てるけど』ってあたしが言ったらさ――」


 シェイナはわしを凝視しながらこう続けた。


「――『あれは邪竜様ではない。眷属たる私を想う邪竜様の真心が具現化したものだ。本物の邪竜様は、私を信じて待ってくださっている』って」

「あ、じゃあそういうことにしといて」


 限りなく都合のいいいつものレーコ的解釈に安堵したわしの横腹を、シェイナは現物確認に軽く突いてきた。

 先日と同じく、むず痒さに「おふん」と声が漏れた。

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