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遥かなる草原をどこまでも


「草が美味いのう」


 平和である。

 わしは布袋たっぷりの荷物とレーコを背中に乗せて、どこまでも続く草原をのんびりと進んでいた。

 脇を通り過ぎていく馬と速度を競おうなんてつもりはまるでない。

 馬というのは人間を乗せて速く走るのに特化した動物で、それに草食ドラゴンごときが敵うわけがないのだ。


 というわけで、数刻ごとに足を止めては文字通り「道草を食う」道中である。


「邪竜様。本当によろしいのですか? 空腹であればいつでも私の魂を召し上がっていただいて構わないのですが」

「ええって。魂は甘々のデザートみたいなもんでね、そればっかり食べたいもんじゃないのよ。普段は平凡な食事で十分じゃ」

「なら、草などよりも滋養のつくものを狩って参ります」

「今は草で十分な気分じゃから。無駄な体力を使わんことも眷属の務めじゃよ」


 むぅ、とレーコがむくれている気配がした。

 彼女にしてみれば、わしにふさわしい食事というのは、生きた雄牛を頭から丸呑みにするような行為なのだろう。

 そのイメージに比べれば、草を食むなどというのはあまりにも粗末な食事であるに違いない。


「分かりました。では、せめて飲み物を用意致します」

「ああ。よろしく頼むよ」


 しゅたっ、と背中から降りてきたレーコは荷物の中から出した金属の皿を地面に置いた。

 最初はそのまま、アリアンテの渡してくれた水筒から水を注ぐのだと思った。


 しかしレーコは皿の上に自らの腕を突き出し、宝石の短剣の刃をそっと添えた。


「今、私の血で邪竜様の喉を潤しましょう」

「なんでそうダークな食事風景にしたがるかなお主は。普通の水にしとくれ」


 くっ、と悔しそうに目を瞑ったレーコは水筒から普通に水を注いだ。

 だが、皿の前で俯いたまま「私の血では邪竜様のお口に……」とぶつぶつ呟いている。


 ぶっちゃけ怖い。食事のたびにこんな心労をかけられてはたまらない。


「よいかレーコ。お主は草を食うという行為を侮りすぎている」

「……邪竜様? どういうことでしょうか」

「草木というのは大地から直接エネルギーを吸って生きておる。それを食らうということは、大地のエネルギーを直に喰らうも同然なのだ」

 ふむふむとレーコはしきりに頷く。

「よって、草は至上の妙味といえよう。わしが長年にわたって生きてきたのも、大地の恩恵たる草があってこそだ」

「そう――だったのですか。申し訳ありません。人間社会の食事文化に囚われた私の不明をどうかお許しください」

「んむ。じゃ、分かってくれたなら今後のわしの食事は普通に水と草ね?」

「はい。もちろんです。まさか草がそんなに凄かったとは」


 答えるなり、レーコは足元の草をぶちぶちとむしって自分の口に運び始めた。


「ちょっとお主、いきなり何やってんの?」

「私も邪竜様に倣って今後は草を食べて生きることにします」

「根本的に食性が違うんじゃから無理じゃよ。っていうか、ばっちいから早く吐き出しなさい。腹を壊されちゃいかん」

「いいえ、いけます。なんせ私は邪竜様の眷属ですから」


 言い張るレーコの顔は草の渋味に歪みきっている。


「せっかくアリアンテが服をくれたんじゃから、草の汁で汚しちゃいかん。お主はまだ眷属になって日が浅いんじゃから、人間の食事を摂らねば身体を壊してしまうよ」


 レーコにしては珍しく反応がなかった。

 彫像のように身体を固め、遠いところを見つめたまま動かない。


 次の瞬間、「げふっ」と緑の汁が噴き出されて、見事に新調されたばかりの服を汚した。





「見た目が多少華やかとはいえ、これは戦装束です。汚れは勲章と考えましょう」

「前々から思ってたけどかなりポジティブよねお主」


 改めて見ると、昨日まで着ていた生贄用の薄絹衣とはずいぶんな違いである。


 膝丈までの薄赤い幅広ズボンに、それを覆うように広がった半透明のスカート。

 前者は物理耐性に優れた岩掘山羊イワホリヤギの毛皮で編まれたもので、後者は魔力耐性に優れた輪廻蚕リンネガイコの糸で織られたものである。


 上半身は綿織りの短いローブ。生地は普通とはいえ、使われている青色の染料は太古の森の神樹から採取した貴重なもので、身に纏う者へあらゆる加護を与えるという。


 アリアンテにそっと聞いたら、この三着だけでちょっとした家が建つらしい。

 それが今、まんべんなく雑草で汚れている。


「どこかで水場でも見つけたら洗濯しようかの」

「ええ。そうするつもりですが、洗濯よりも先に汚れる用事を済ませておきましょう」


 背中に正座するレーコは鼻をクンクンと鳴らしている。


「ああ……やっぱり今日から始めるの?」

「いかに魔力の大半を自己封印をしていようと邪竜様は邪竜様です。こんな長閑な平原にいる魔物など敵ではありません」


 わしは肩を落として自分の身体を見下ろした。

 手足には甲冑じみた装甲が嵌められ、爪には振り出し式の延長刃がセットされている。

 他にも諸々と防具が付いているが、あまり重くなると動けなくなるので、あくまで最低限だ。


 ぶっちゃけ、レーコと同等くらいの超装備が欲しかった。

 しかし装備が強すぎると疑念を招くとのことで、市販品としては上等なものレベルに抑えられたのだ。


「それでは邪竜様、狩りと参りましょう。まずは私が索敵を果たして参ります。既に匂いは嗅ぎ付けていますので、時間はおかけしません」

「お願いだから弱そうな奴ね」

「承知」


 しゅばっ、と背中を跳び立ったレーコは、前言どおりすぐに索敵を済ませてきた。

 ただし、索敵を終えて帰ってくる姿がいささか予想外だった。


 頭3つに牙6本。とても弱そうには見えぬ巨大な象の化け物を、レーコは片腕一本で持ち上げて生きたまま運んできたのだ。


「さあ邪竜様。今日の練習台です。存分にいたぶってください。この獣も邪竜様の糧となれて本望でしょう」


 生け捕りではあっても、象の眼は既に死んでいたと思う。

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