変な仲間意識
「……そうか、小僧。貴様もあの娘に因縁を持つ者だったか……」
「ああ。本当のレーコは、変な奴ではあるけど悪い奴じゃない。邪竜の手先になって悪事の片棒を担がされるなんて、本人だって望んじゃいないはずなんだ……」
金髪の少年とドラドラが向かい合って長話をするのを、聖女様は得意顔で聞いていた。
語られる内容は「少女が邪竜の眷属にされてしまう」という悲劇のストーリーだったが、既に自分はトカゲさんから真相を教えてもらっている。
この優越感たるや、格別であった。
真相が広まればレーコ様が暴走するかもしれないから他言無用――という話だったが、それも今は遠い心配だ。
なぜなら、この自分が悪行のコーチングをした以上、既に邪竜パワーの大半はトカゲさんに移っているはずである。となれば暴走する理由もなくなる。
残すは、いつこの二人に真相をネタばらしをするかというタイミングの問題だった。
きっとすごく驚くだろう。そしてこの聖女の情報収集能力に感服するに違いない。情報時代の勝者はこの水の聖女なのだ。震えるがいい。
一人でニヤニヤと考えていたところ、急にドラドラから話題が振られてきた。
「しかし聖女よ。俺には解せんことがある。先の戦いにおいて、眷属の娘がこの町を襲うのをレーヴェンディアは止めていたようだった。俺の記憶があやふやなのかもしれんが……この認識に間違いはないか?」
「ああそれはですね。実は」
仕方ない。ネタばらしをしてやろう――と喋りかけたとき、聖女様はふとある事実に思い至って口をつぐんだ。
悪事に踏み切ったおかげで、トカゲさんはもうじき本当に無敵の邪竜になるのである。
現段階で「トカゲさんは弱いんです」と言うのは間違っていないが、近いうちその内容はデマになってしまう。そうなれば当然、聖女のくせに見る目がないと誹りを受けてしまう。
断じて許せない。そんなことはあってはならない。
聖女様は一秒で方針転換を決めた。
近いうち真の邪竜になるトカゲさんを活用した自己アピール路線へと。
「あれはですね、まだ魔力を扱うのに慣れていないレーコ様が暴走したからなんです。それをトカゲさんが諫めたというわけで……」
「トカゲさん?」
ドラドラと少年の声が重なった。
聖女様は深く頷いて自信満々の表情で続ける。
「そう、トカゲさんというのは邪竜レーヴェンディアさんのことです。敗れこそしましたが、わたしはかつて邪竜レーヴェンディアさんと激戦を繰り広げたことがあるんです。その健闘を称えられ、互いに対等の立場で呼び合うことを認められているんです。トカゲさんが眷属のレーコ様の暴走を諫めたのは、そうしなければ、わたしがレーコ様との直接対決に乗り出してしまうかもしれないと恐れ――」
言葉を続けながら、聖女様は胸に焦りを感じた。
こちらの言葉を聞く二人の視線に、まったくといっていいほど熱がこもっていなかったのだ。むしろ若干の哀れみすら感じた。
おかしい。本来なら、邪竜と互角の戦いを繰り広げたという戦績にもっと食いついてくれていいはずなのに。
ドラドラが瞑目し、少年は町の方角を振り仰いだ。
「無理をするな聖女。貴様が強いのは分かっているが、あの邪竜に及ぶものではあるまい。敗北を恥じることはない。取り繕おうとする方が恥なのだ。強く生き、前を向いて歩き出すがいい……」
「邪竜の野郎がここの町を襲わなかったのは、いつかここを自分の縄張りにするためだろうな……」
失礼にも程があった。なぜ人の言うことを素直に信じられないのか。まったく心が淀んでいる。
多少の脚色はしているものの、自分とトカゲさんが互角の戦いを繰り広げたのはれっきとした事実である。
と、そこで少年が「そういえば」と切り出した。
「こっちのドラゴンはどういう事情か分かったけど、そっちのあんたは? さっきから聖女とか呼ばれてるけど……この町の聖職者の人とかか?」
「む! よく聞いてくれましたね! わたしはこのセーレンの町を護る守護神的な存在なんですよ! トカゲさんとの件は信じてくれなくてもいいですけど、はっきりいってそこのドラドラさんよりは強いですよ!」
「ああ、分かった。すごい人なんだな」
今度こそ本当のことを言ったのに、少年は悲しそうに目を伏せた。
どう見てもこちらを可哀想な人だと勘違いしている。
「ドラドラさん! 黙ってないで説明してあげてください! このわたしの凄さを!」
「悪いが貴様に負けた覚えはない」
聖女様は怒りに顔を赤くする。
こちらの結界を破れずに何度も引き返した過去を忘れたのか。
かくなる上は結界で動けなくして放置してやろうか――と考えていると、少年が長いため息をついてこちらに背を向けた。
「まあいいや。そんじゃ俺、もう帰るよ。早く戻らないと逃亡扱いされてペナルティが怖えから」
「待て少年。あれが人間式の鍛錬法というのは先の話で理解したが……正気か? 死ぬぞ? それともああいうのが好きなのか?」
「好きなわけねえだろぶっ飛ばすぞてめえ。強くなるために決まってんだろ」
その言葉を聞いたドラドラは、「ふ」と深く嘆息した。
「なるほど。非力な人間が我を凌ぐほどに強くなりうるのは、死をも恐れぬ力への渇望ゆえか。ならば俺も、生への執着は捨てねばなるまいな……」
「何言ってんだお前?」
「俺の背に乗れ小僧。修行の邪魔をして悪かったな。一刻も早く送り届けてやる。そして俺も、あの冒険者どもに再び挑むとしよう」
「いやお前は帰った方がいいぞ。あいつら魔物相手には容赦しないと思うぞ」
「命を惜しんでいては強くなるべくもあるまい。あの邪竜を相手に取るには、それくらいの無茶はして当然――だろう? 小僧」
少年は弾かれたように息を詰め、やがて無言でドラドラの背に登った。
なんだか変な仲間意識が生まれているようだったが、仲間外れにされていた聖女様はただ不愉快だった。
「では聖女よ。また会うときまで、達者でな」
「姉ちゃん。どこの誰かは知らないけど、じゃあなー」
ドラドラがばさりと翼を広げて飛んでいく。
あの二人はこれからペリュドーナで修行と称したシバきに遭うのだろう。ぜひともビシバシやって欲しいと思う。この聖女をないがしろにした天罰である。
聖女様はふくれっ面のまま水路の水に潜りかけて、ふと思い出した。
――そういえば、さっきの長髪の魔物にトカゲさんが弱いことを暴露してしまったけど、大丈夫だろうか。
十秒ほど悩んで、まあ大丈夫だろうと判断。
さっぱりとした気分で水路に潜り、そのまま水源の神殿に帰った。




