聖女様、たたかう
聖女様視点です
何はともあれ先手必勝。
聖女様の戦闘スタイルは、基本的に結界に引きこもる専守防衛である。
しかし、長髪の魔物は木の棒を杖にしてやっとのことで歩いている状況だ。
これだけ弱った敵が相手ならば、こちらから打って出ることもやぶさかではない。
「えいやー!」
拳大の石を拾って、結界の中から魔物に向かってぶん投げる。
へろへろと勢いなく飛んだ石は、魔物の遥か手前で落下した。
魔物は「何かしたか?」という感じに目を細めてこちらに向く。
「……いっ、今のはあくまで警告だもん! それ以上近づいたら、わたしの全力で石をぶつけるから!」
「貴様……この町の人間か? オレは忙しい。遊びに付き合っている暇はない。去れ」
へ? と聖女様は硬直する。
ついさっき顔を合わせたと思いきや、向こうはこちらを覚えていないらしい。
よくよく考えてみれば無理もない。あの魔物は首から上だけを召喚されて、レーコ様とトカゲさんばかりを見ていた。
敵視されていないのは少しだけほっとしたが、なんとなく面白くない。
あの事件のときだってそうだった。いろいろ頑張ったはずなのに、結局誰も褒めてはくれなかった。控えめにいっても、自分はもっと高く評価されてもいいはずだと思う。
「そうはいきません! だってわたしは、この町を護る聖女なんだから! さあ、尋常にしょーぶ!」
「聖女……?」
長髪の魔物の視線がこちらを見据え、ややあって「ほう」と呟いた。
「確かに人間ではないな。ならば、貴様を乗っ取るという計画が失敗したのはやはり事実か……。虚殿の気配もここで消えている。邪竜に葬られたという話も正しいようだ」
「うつろ? 何の話ですかそれ?」
「貴様を乗っ取ろうとしていた精神体の魔物だ。一切の直接攻撃は効かないはずだが……ちょうどいい。邪竜がどのような手段であのお方を滅ぼしたのか、当事者の貴様に問わせてもらうぞ」
杖とされていた木の棒が投げ捨てられる。
魔物は獣のごとく四足で地面に立ち、風貌に合わぬ獰猛な唸りを喉から発する。
そして次の瞬間、魔物の姿が掻き消えた。
「消えた!? 嘘!?」
声を引き攣らせて焦る聖女様だったが、「ごん!」という轟音とともに再び敵の姿は現れた。
聖女様の眼前に流れる町の境界の水路――つまり町を護る結界に、長髪の魔物は頭から正面衝突していた。
たんこぶを作ってぐたりと地に崩れていく様は、無惨としかいいようがなかった。
「オレの高速移動にカウンターで結界を合せたか……。見事だ聖女。この力、魔王軍に欲しかったが……」
「あ、そういう技だったんですか?」
常時張っている結界に突っ込んできただけだから、傍目には単なる自滅である。
「だが、まだだ!」
歯を食いしばった長髪の魔物が再び四足での疾駆を開始する。
結界がある以上、どの角度から突進されようとこちらに手出しはされようがない。しかし、あまり長引けば町の人が通りがかって巻き込まれるかもしれない。
「なら……こう!」
相手は地を蹴って瞬発力を得ている。なら、その対策は得意分野だ。
魔力を込めて両手を地面に落とすと、結界の外側の地面がぬかるみ、柔らかな泥と化していく。
途端に泥の跳ねる音が大きく響く。見れば、足を取られた魔物が情けなくすっ転んでいた。
「えへん! これが聖女の力ですよ!」
「く。足元を潰されるとは。相性が悪いな……」
「相性じゃありません。実力の差というやつです」
鼻高々となった聖女様は、いいことを思いついたと一人でほくそ笑む。
「何を隠そう、そのウツロとかいう魔物を倒したのもわたしの功績が大きいんです。聖女であるこのわたしの澄み切った心に耐え切れず、弱って逃げ出したところをトカゲさんが仕留めたんです」
「トカゲさん……?」
「あ、邪竜レーヴェンディアさんのことです。わたしたちは死闘を経たマブタチなので、トカゲさんと呼ぶことを特別に許されているんです。つまりわたしは邪竜にも並ぶ存在なんです」
「馬鹿な。この辺境に、それほどの存在が……?」
驚愕に慄く魔物を見て、聖女様は満足に胸を張る。
ここ最近溜まっていたフラストレーションがみるみるうちに発散されていく。
「ならば、この身を賭してでもその情報を我が主に伝えねばなるまい。オレは既に切られた尻尾だが、この心の忠義までは切れていないからな」
「えっ」
ひときわ大きく泥が跳ねた。
長髪の魔物が凄まじい脚力で泥を蹴り、ぬかるみを脱して町から遠ざかろうとしている。
まずい。このまま今のホラを報告されては、もっと強い魔物がこの町を襲いに来てしまう。
「ま、待ってください違うんです! 今のはちょっとした冗談です! わたしは全然強くないし、トカゲさんと仲がいいのも普通に友達なだけです! ああ見えてトカゲさんもわたしと同じで全然弱いんです!」
慌てて結界から外に出て魔物を追う。
「ふん。そんな虚言が通じるものか。あれだけの眷属を持っておきながら、弱いなどありえん」
「それが誤解なんです! レーコ様は眷属とかじゃないんです!」
瞬足の相手でも、沼の中でなら水に変化できる聖女様の移動速度が勝る。
先回りして進路に立ち、通せんぼの構えで両手を広げる。
「だめです逃がしません! 話を聞いてください!」
「く。回り込まれるとは、オレもここまでか。せめて叶うなら相打ちに――」
「へ?」
長髪の魔物が腕に魔力を集中させた。
振りかぶられた拳は、近接戦などロクにできない聖女様にとって致命的な凶器である。
そのとき。
上空から飛来した風の塊が爆発して、長髪の魔物を地平の彼方まで吹き飛ばした。
ぽかんとする聖女様の元に巨大な影を落として降下してくるのは、眩い銀色をしたドラゴンである。
なぜか爪先には、白目を剥いて気絶した金髪の少年をぶらさげている。
「えっと、あなたはドラドラ――さん?」
聖女様の呟きに、情けない名前の銀竜は頷く。
「聖女よ。過去にはいろいろあったが、水に流そう。単刀直入に頼ませてもらうが、俺とこの小僧をしばらく匿ってはくれないだろうか」




