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致命的だった指導者の不在


「……ようやく本国への報告書が出来ました。状況はあまり好ましくありませんが、金山を元に戻す方法が分からぬ以上、いつまでも隠すわけにはいきませんからな。つきましては、事後承諾になって申し訳ないのですが邪竜殿がここにいらしたことも報告させていただきます」

「えっ?」


 ハイゼンがそう話しかけてきたのは、わしが引き抜いた雑草を集めて草団子を作っている最中だった。

 草団子とは、読んで字のごとく草をたくさん集めて丸く転がしたものである。


 もちろん、食べ物を粗末にするというモットーがあるために草を食べるという選択肢はない。

 しかし、引き抜いた草にも活用法というものはある。

 このように丸めた後に体重をかけて草の繊維を揉み解し、しばらく日光と風に当てて乾燥させると、寝床にぴったりな柔らかい干し草の塊が出来上がるのだ。


 で、草団子の上に転がって繊維の潰れる感触を楽しんでいたため、いまいちハイゼンの言った内容が聞き取れなかった。


「ええと、なんじゃって? わしがどうかした?」

「はい。邪竜殿がその炎で山を支配されたことから、像の建立と引き換えに我々と結んだ採掘協定――もちろん金山の消失と精霊の出現も、すべて書き記しております。なにか不都合な点がなければこれにて本国へ報告させていただきますが」

「とりあえず像のくだりは消しといてね。あとできれば山を燃やした件も。というかわしらは存在してなかったことにできない?」


 ううむ、とハイゼンは唸った。


「それは難しいですな。金山の消失の件がなくとも、邪竜殿が来訪なさったということだけで我らにとってはある種一つの事件です。いえ、もし邪竜殿が決して報告を許されないのでしたら、我らに抗うすべはありませんが……」

「ああ、ええのええの。言ってみただけ。どうせもうわしの評判は半分沈んだ舟みたいなもんじゃしの。気苦労をかけてしまってすまんの」


 なんだかんだで、わしの眼力はまだ錆びついていない。

 わしに対して好感触を抱いていることは事実であろうが、ハイゼンは己の好き嫌いだけで職務に当たる人間には見えない。国の警備を預かる者として、わしのことは必ず本国に報告するつもりだろう。


「ありがとうございます。それでは、早速本国に連絡を取って対応を検討しますので、もう少しここでお待ちいただければ」

「うん。長ければ長いほど嬉しいから。急がんでええからね」

「とんでもありません。緊急の伝令用に馴らした鳥を用意しております。明日には返事が得られるでしょう」


 できるだけ動きたくないのに。

 少なくとも一か所に留まっていれば、物騒なことに巻き込まれる可能性は低くなる。


 こっそりとため息をついたわしに、ハイゼンは少し申し訳なさそうに声を落とした。


「それと……お機嫌を悪くされたら申し訳ないのですが、必ずしも本国は邪竜殿の来訪を歓迎するとは限りません。我々のような辺境警備は、その威光だけで争いを鎮める邪竜殿を尊敬しておりますが、本国の平和に慣れた者たちにとって邪竜レーヴェンディアは魔王と並ぶ恐怖の象徴です。本来なら国を挙げて歓迎すべきでしょうが……」

「ああうん。わしもあんまり人を怖がらせたりしたくないしの、あんまり歓迎されないならどこか別のところに旅するから心配せんで」

「そうですか……。何から何まで、お気遣い申し訳ありません……。ところでシェイナ、お前はそんなところで一体何をやっているんだ?」


 急にハイゼンが視線を上げた。

 つられて仰げば、屋敷の屋根の上であたふたと身を隠そうとするシェイナの姿があった。


「邪竜殿の姿を間近に見たいのは分かるが、それではまるで覗き見だろう。失礼に当たるぞ」

「ち、違うってパパ。ほら、この精霊さんが高いところが好きそうだから。ね? 喋ってみて?」

『今や雲は遠きに』

「ほら。雲が遠くなったって悲しんでない?」


 あんまり悲しみの要素は感じなかった。ただ単に「なんか最近は雲が遠いな」とぼんやり呟いているだけっぽく聞こえた。


 ――というか、わしを覗き見していた?

 覗き見なんかするまでもなく、今までシェイナはわりとフレンドリーに接してきてくれていたと思う。

 それがいきなりよそよそしくなったということは……避けられ始めている?


「うぅ、やっぱり怯えさせてしまったかの……。でも違うんじゃよシェイナ。詳しくは言えないけど、この草を無駄にする行為には已むにやまれぬ事情があるんじゃ。これは」


 言いかけて、わしは自分で作った草団子を振り返った

 もう少し天日に晒せば、立派なわしの布団になる。


 有効活用していた。


 しくじった。食べなければそれでよいという固定観念から脱却できていなかった。

 こんな凡ミス、アドバイザーの聖女様がいれば決して犯さなかったであろう。

 途中から指導者がいなくなったのが痛かった。


「ありゃ? でもそれなら怯えられる原因はないんじゃないかの?」

「……あのね、邪竜様さ。せっかくの機会だからちょっと改めて聞きたいんだけど、いい?」


 ずざっ、と屋根の上からシェイナが精霊さんとともに降ってくる。


「うん。わしに答えられることなら何でも聞いて」

「邪竜様って何歳だっけ?」

「だいたい五千歳くらいじゃよ。あんまりしっかり数えてないから、五百年くらいは誤差あるかもしれんけど」

「……そっか。ねえ、今の姿って小さいんでしょ? 本当の姿って見せてもらってもいいかな?」

「あー、ごめんの。きっと怖がらせてしまうから、元の姿にはあんまりなりたくないのよ」


 本当は自力で戻れないだけなのだけれど。

 シェイナはわしの眼前に顔を近づけてくる。白い長髪が風に揺れて鼻先に触れかけるほどの距離になって、意を決したように言う。


「あのさ。昨日から話してて、邪竜様ってすごくいい人に思えるんだけど――大昔、本当に悪いこととかしてたの? あたし、どうも信じられないっていうか……」

「え、うん、それはの……あいだぁっ!」


 鋭い問いで答えに窮したわしに、思わぬ救援があった。


 一体何がそう気に入ったのか。もはや腹も減ってないだろうに、精霊さんがシェイナの肩車から飛び移ってわしの首筋に噛みついてきたのである。




 ちなみに今までどこにいたのか、ほぼ同時にレーコがわしの尻尾を噛んでいた。

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