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レーコの得意分野


「えっとですね、魔物とか精霊っていうのはですね、ご飯を食べなくても大丈夫なんです。生きるためには魔力が補給されればそれでいいんです」


 酒場のテントが急ごしらえの取調室となったが、連行された聖女様は依然としてまんざらでもなさそうな得意顔である。

 実際は焦燥と危機感の混じった取り調べなのだが、聖女様は大勢に囲まれてチヤホヤされていると勘違いしているらしい。


「ほう……。魔力の補給とは、具体的には?」


 ある程度は自前でも知識がありそうなハイゼンだったが、聖女様の舌を回させるためか、遮ることなく掌で話を促す。


「ええっとですね。たとえば魔物は人里を襲ってきますよね?」


 面々は深刻な顔で頷いた。わしは最初にレーコが覚醒したときの戦闘を思い出した。

 あのとき暗明狼がやって来なかったら、わしは無事に洞窟に帰られたかも――いいや、どうせ無理だったろう。なんだかんだで絶対こうなったはずである。


「ああいうのは、基本的には人間を餌食にして魔力源にしちゃうのが目的なんです。言ってみれば野生の肉食獣と変わりませんね。でも、こういう短絡的な補給をするのは低級魔物がほとんどです」


 そこで聖女様は少し遠い目をした。

 平原のド真ん中に底なし沼を張って、誰も罠にかかってくれなかった時代を思い出したのかもしれない。


「だけどですね、もっと強い魔物には別の魔力補給の手段があるんです」

「どのような?」

「えへん! 『何もしないこと』です。ものすごく強い魔物は、黙っていても人間に怖がられますよね? そういう思念がたくさん集まると、それだけで強力な魔力源になるんです。人を底なし沼に嵌めて沈めようとするなんて所詮は二流の魔物です。真の一流は労せずして魔力を稼ぐんです」


 鼻高々に言って、聖女様は堂々と胸を張る。

 シェイナは「いいなーそれ」と、少し羨んだ顔をしていた。


 レーコは納得したように頷き、


「だから邪竜様は不用意に人間を食べたりしないのですね。一度食べてしまえば終わりですが、生き長らえさせれば無限に畏怖の感情を絞り取れると……」

「普通に草が好きなだけなんじゃけどなあ」

「なるほど。人間だけではなく草木も含めた大自然のあらゆる者にまで邪竜様の恐怖を叩き込んでいるというわけですね。路傍の草からも恐怖の感情を搾取するとはさすが邪竜様……神羅万象が邪竜様に恐れ慄くのだ……」

「わしが最近よく感じるこの類の恐怖はどこの誰の力になっとるのかのう」


 自慢げに滔々と語った聖女様は、部屋の片隅で石を食べていた精霊さんを指差した。


「その子は魔物じゃなくて精霊ですけど、似たようなものです。金山っていうのは人間を魅了して否応にも注目を浴びますからね。長年に渡って魔力に不自由しない環境だったはずです」

「それが、今朝からこうなってしまったと」


 ハイゼンは焦りを浮かべて精霊さんに向き直る。未だ呑気に石を咀嚼している。


「この姿じゃ金山としての畏敬の念は集められませんからね。ううん……それにしても、どんな経緯でこうなったんですか? いきなりこんな姿になるなんて信じられません」


 わしの知る限りでも、精霊は滅多に実体として姿を現さない。

 自然と一体のものとして世界に溶け込んでおり、声を聴ける者もごく稀に現れるくらいだ。


 そこで手を挙げたのはシェイナである。


「はい先生。この子をこのまま放っておいたらどうなりそうなの?」

「先生? 先生と呼びましたかこの私を? もっと呼んでくれてもいいですよ!」

「聖女様。嬉しいのは分かるけど、舞い上がらずにちゃんと質問に答えてくれんかの?」


 と、しつこく先生呼びを要求してくる聖女様を差し置いて、精霊さんをじっと観察していたレーコがぽつりと呟いた。


「この調子で行くといずれ消滅する」


 爆弾発言だった。

 聖女様を放って、全員が一気にレーコの方に集まった。


「消える? 精霊さんが? それ本当レーコちゃん?」

「間違いない。おそらく、この人間のような姿は魔物が作った容れ物の人形。本物の山は空間ごと圧縮されて、精霊の魔力源としてこの人形の中に封印されている。だが、エネルギーの消費が異常に早い。このままだと1月もしないうちに、金も含めて山ごと精霊は消滅する」


 けろりとした顔で言う。

 主張の根拠はもはや聞くまいが、きっと大筋で正しいのだろう。


「通常のやり方で精霊を手懐けるのは困難なので、使い捨ての人形に押し込めて洗脳で暴れさせるという作戦に出たのでしょう。もっとも、洗脳は失敗していましたが」

「んじゃ、レーコ。お主の力でその――人形の中に封印されとる山を元に戻せないかの?」

「山が封印された空間を抉り取って元に戻すことはできますが、その場合この人形を破壊する必要があります。その際に精霊が無事かどうかは保証できかねます」

「ううん。それは避けたいのう」


 兵士たちは「さすが邪竜とその眷属。なんて高度な会話だ……」とざわめいていたが、わしはただレーコの発言に麻痺してきただけである。


「やっぱりさっきの魔物を捉えて元に戻してもらうしかないのう。レーコ、今からでも連れてこられる?」

「造作もありません」

「わしから相談しといてなんじゃけど、少しは造作あって欲しかったなあ」


 聖女様を拉致してきたときのように、すぐさま翼を生やして飛び立つかと思いきや、違った。

 レーコは左腕を宙の何もない空間に伸ばし――


 おもむろに空間を歪めた。


 いきなりな展開に誰も何も喋らなかった。

 ただレーコ一人が、波紋をうつように歪んだ空間に手を突っ込んでガサゴソとおもちゃ箱を漁るようにかき回している。


「邪竜様。捕まえました」


 ぐいとレーコが腕を引くと、紫色の長髪だけが空間の渦から引っ張り出された。

 髪が揺れているのは、渦の向こうで本体がもがいているからだろう。


「ええと。レーコ、その技は?」

「さきほど聖女を攫ってくる際に、もっと効率的に敵を掴まえる方法はないか考えて新技を開発したのです」

「そうなの。でも、これからは新技を試す前にわしに相談してね」


 いよいよ歯止めが利かなくなりつつある。

 レーコがさらに腕を引くと、今度は空間からイケメンさんの生首までが登場した。

 純粋に絵面がグロい。


「いきなり亜空間が出現したから何事かと思ったが、やはり邪竜の仕業か……」

「そういうことだ。さあ、精霊を元に戻す方法を吐け。そうすればこの手を離してやろう」

「無駄だ。オレは捨て駒と言っただろう」


 なぜか勝ち誇ったように笑んだ魔物を、レーコはじっと睨んだ。


「そうか。貴様も人形か」

「そのとおりだ。オレに与えられたのは精霊を人形に封じるという役のみ。それ以上の情報は最初から持っていない」

「ならば貴様が連絡を取っていた幹部に繋げ。そっちに聞く」

「無駄だ。ついさっき『邪竜に顔が割れたお前はもう使えない』と放逐された。通信魔法も既にブロックされている。もはやオレは野良人形だ」


 なんだかわしは無性に悲しくなった。


「邪竜様。どうやらこいつ嘘はついていないようです」

「すごい哀愁が漂っとるからね。わしにも分かるよ」

「さあ殺せ」

「ちょっとお主黙ってて。これ以上執拗にわしの心を抉ってこないで。レーコ、もうその人リリースしてええから。また用事ができたら釣り上げればええし」

「承知しました」


 ドボンッ、とイケメンさんの生首が亜空間に落とされたのを聞き届けてから、わしは煩悶にうずくまる。

 有用な情報は特に得られそうもない。しかし、このまま放っておけば精霊さんも金脈もすべて消えてしまう。


「いかん。わしの頭じゃ解決策がこれっぽっちも思いうか――」

『山腹肥沃なり』

「へ?」


 精霊さんが、持っていた石を唐突に地面に落とした。

 ちょこんと座ったまま、満ち足りたようにぼんやりとしている。


「金ごと消えられては困るので、私の魔力を少しだけ分け与えました。今の分だけで、とりあえず向こう300年は消えずに済みます」


 わしはとりあえずどこかで不貞寝しようと決めた。

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