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混沌としてゐる

更新に時間がかかり申し訳ありませんでした。

今回からペース回復できそうです。


「ふ、これが邪竜の力か。想像以上だ……」

「邪竜様。いかがなさいましょう。とりあえず焼きますか?」

「食材の調理法みたいに処刑法を提案しないで」


 完全に無力化されたイケメンさんは、全身を細かく震わせながら仰向けに倒れている。

 だが、肉体的にはともかく精神的に屈した様子はない。態度からしてそう弱くない部類の魔物だとは思うが、いかんせん出会ったときには既に瀕死だったから、いまいち力の程が図り辛い。


「のう、単刀直入に聞くんじゃけどお主が山をどっかにやったの? 元に戻してはくれんかの」

「素直に吐けばこのまま苦しませずに殺してやろう」

「いやそこは無事に帰してあげてね。どのみち死なんて残酷すぎじゃよ」

「聞いたか魔物。なんと寛大なる邪竜は腕一本で済ませてくださるそうだ」

「腕なんていらんよ? お主の方こそよく聞いて」


 胸を上下させて喘ぐ長髪の魔物はニヒルな笑みを浮かべた。


「残念だったな……。魔王軍にとってはオレなど使い捨ての斥候に過ぎん。使い捨ての駒として、死に時は弁えている。情報を漏らすつもりはない。さあ――今すぐ殺せ」


 びたーん、と。

 もったいぶったイケメンさんが足首を掴まれて、活〆の魚のように地面に叩きつけられた。


「いいから洗いざらい喋れ」

「無駄だ。こんなことで屈するオレではない……」

「ならば邪竜様式の拷問にかけて脳髄の隅から隅までを掻き出してやろう」

「やめておけ。それは賢明な判断ではない。無理に吐かせようとしたらオレは自爆するぞ……」


 唐突な自爆宣言。

 どよめく兵士たちを見て長髪の魔物はますます不敵な笑みを深める。


「さらに言うなら、これ以上オレに攻撃するのもやめた方がいい。敵前で死が訪れるときも、道連れに自爆するようになっているからな」


 びたーん、と。

 まるでチキンレースに挑むかのようにレーコがギリギリのラインを攻めた。

 忠告を意にも介さず平然と行われた危険行為に、兵士たちも凍り付くような無表情となる。


「……あの、レーコ? 今のはどういう意図でやったの?」

「勝手に爆発されては迷惑なので、今の一撃で自爆魔法を無効化しました」

「あっ、そうですか」


 思わずわしは敬語になる。


「馬鹿な……。オレの体内の自爆の魔石をこうもたやすく破壊したというのか……?」

「ああ。衝撃を浸透させて粉々に砕いた。よく水を飲めば数日のうちに欠片が尿と共に排泄されるだろう」

「なんじゃろう、この尿管結石みたいな扱い」


 自爆のおそれがなくなったと見るや、レーコは何の遠慮もなくイケメンさんを振り回し始めた。

 なんとなくアリアンテに振り回されたときの記憶がフラッシュバックしてわしは憂鬱になる。


「レーコ。その辺でやめといてあげて。わしまで辛くなってきたから」

「分かりました。しかし、こいつも口が堅いですね。この期に及んでまだ粘ります」

「意識が朦朧としてて喋れないだけじゃないかの」


 既にイケメンさんは遠いところへ旅立ちかけている。

 情報源に死なれてはまずいと判断したのか、ハイゼンが衛生兵に命じて心臓マッサージをさせているが、魔物にどれだけ効果があるかは不明だ。


 そこで、ふいにシェイナが手を上げた。


「ねーねー。とりあえずさ、山……のあった場所に行ってみない? その人もしばらくダメそうだし。もしかしたら隠蔽とか幻の魔法で騙されてるだけで、山の実物はそのままかもしれないよ?」

「なるほど一理ある。ではこの魔物は磔にして後でゆっくり尋問することにするか……」

「普通に縛っておくだけじゃいかんの?」


 これ以上ダメ押ししたら彼はたぶん死ぬ。

 わしの嘆願もあり、長髪の魔物は担架に乗せられて山の検分に同行させることになった。レーコに言わせれば「現地での尋問が捗る」とのことだったが、聞かなかったことにした。


 ちなみに、敢えてハイゼンを含む大勢を連れていったのは、今度こそレーコの手による自由飛行をさせないためである。大所帯での移動とあらばわしだけ飛ばせるわけにはいかない。


「うーん……やっぱり幻じゃなさそうかな……」


 山の跡地への道を進む中で、シェイナが何度か指を前方に向けて、金属を叩くような高音を放っていた。音響魔法の反響で実体を探っているらしい。


「レーコ、お主から見てどう?」

「山はなくなっています。惜しいことです。このままでは黄金の邪竜様像が……」

「もうその件は忘れてええから」


 やがて麓だった場所に着く。

 昨晩までの火の手は綺麗さっぱり消えている。

 レーコの炎は生半可な力で消せるものではない。相当な魔力を持つ者が介入したと見ていいだろう。


「こりゃあもう手遅れみたいじゃのう。あれだけの大きさの山をどこにどうやられたもんだか……」

「諦めるのは早いですぞ邪竜殿。まだこの捕らえた魔物がおりまする」

「そうじゃね。わしらもお金がないと困るし、どうにか教えてくれるといいけど」

『山縮む』

「そうそう。精霊さんもそんな感じで困っとるんじゃないか――」


 わしとシェイナが目を見合わせた。

 どこかから聞こえた声は、間違いなく昨晩聞いた山の精霊のものだった。

 しかも今は、レーコが通訳していないというのにはっきり聞こえた。


「えっ、今どこ? どこから聞こえたかの?」

「待って待って。私にも聞こえたってことはこれって脈あり? 力貸してくれるのかな?」


 わしとシェイナが岩陰を回って探索を始める。

 事情を知らないハイゼンたち兵士は目を丸くしたままである。


 そのとき。


「う……うわぁっ!」


 驚きの声と、担架を取り落とす音が同時に上がった。何事かと振り向けば、縛られていた長髪の魔物が忽然と姿を消している。


「ここまで連れてきてくれて感謝をする。精霊の力を手にしようと狙っているのは、何も貴様ら人間だけではない。オレたち魔族とて虎視眈々と狙いは定めているのだ」


 小高く積み上がった岩の突端にイケメンさんが立ち、風に髪を揺らしていた。


「さあ――オレの声に応じよ精霊! 新たなる身体にて存分にその力を振るい、貴様を焼きし邪竜に鉄槌を下すのだ!」

「貴様ごときが上から目線で邪竜様に鉄槌だと。聞き捨てならんな」


 からりと足元の石ころを転がして、少し離れた岩陰からレーコが姿を現した。

 今まで妙に静かじゃったね、と指摘しようとしたわしだったが、レーコとともに姿を現したサプライズにしばし言葉をなくした。


『山、少し高くなる』


 レーコがちっちゃい女の子を肩車していた。

 衣服はない。代わりに、肩から下をミノムシのごとく葉っぱで固めている。ステレオタイプな野生児そのままの見た目である。


 レーコはゆっくりと少女を地面に降ろしつつ、


「邪竜様の炎は悪しき敵だけを焼き尽くす慈愛の炎。精霊に恨みなど買うはずがない」

『低くなる』

「あ、それ面白い。ねえレーコちゃん。ちょっと私にも貸して。高い高いしてみたいから」

「邪竜殿。あのみすぼらしい少女は一体?」

『高くなる』

「精霊よ。なぜオレの言うことを聞かんのだ……? 邪竜への、人間への恨みはないのか……?」

「待ってお主ら。とりあえず落ち着いてみんなの会話を一本化して。意思疎通の矢印がゴチャゴチャになっとるから」

『低くなる』


 そのまま、しばらくは混乱が続いた。

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