激アツなスポット
「もう帰らない。このまま山越えてペリュドーナに行ってフリーの冒険者になる」
頑としてシェイナは帰宅を拒否し始めた。
どうやらレーコは酒場で「シェイナは夜な夜な頑張っている。お前たちも見習え」といった感じのことを触れ回ったらしい。よかれと思って。
「仕方ありません邪竜様。こうなれば責任を取ってこの者を眷属にしてやりましょう。莫大な力があればこの者も自信が持てるはずです」
「え? これってわしが責任を取らなきゃいけない流れなの?」
「眷属の不始末は主の不始末でありますゆえ」
「お主さ、最近だんだん言動に遠慮がなくなってきとるよね。少なくともその台詞は不始末サイドのお主が自分から言っていい内容じゃないと思う」
「ダメでしょうか?」
「わしの眷属は誰にでもなれるわけじゃないから。たぶんお主ぐらいしか務まらんよ」
ちなみに反省の意を示すためか、レーコはさっきからずっと正座している。
あまり反省の色が見えないのだけれど。
「そうだ……山を登って人生リセットするんだ……」
「ってちょっとぉ! そっちも早まってはいかん!」
ふらふらと登山を始めるシェイナだったが、その先は火の海である。外套を引っ張ってなんとかその歩みにストップをかける。
「いい? シェイナ。あの街の人たちはちょっと人間的にどうかしてる人が多いから、積極的に行くようなとこじゃないよ?」
「だけど凄腕の道場主がいるって話が……。下手な魔物よりも冒険者を再起不能にしてるらしいけど……」
「あ、分かる。わしもね、尻尾振り回されたときは心折れかけたもん」
ずっと正座で話を聞いていたレーコが、ふいに立ち上がってシェイナの前に移動した。
「人間の娘よ。つまり、天才を名乗るに恥じぬほどの力があればいいというわけか?」
「そりゃあそうだけど、正直これ以上は自力じゃ難しいよ。どうにか誤魔化してはいるけど、そんなに魔力持ってないし。得意技の音響系以外はほとんどバリエーションもないし」
「諦めるな。魔力がなくともできる技はある」
レーコは短剣を抜いて、その辺の地面に向けて大きく振った。
空を裂く鋭利な音とともに、地面に大きな亀裂が生じる。
「これは魔法ではない。斬撃によって生まれた真空刃だ。これなら魔力がなくてもできる」
「別ベクトルで難易度の高い提案をするねお主」
「邪竜様の言うとおりだよ。そんなの、特化して鍛えた肉体派じゃないと無理だって」
「へえ。まるきりできないわけでもないんだ」
世の中にはすごい人達がいるらしい。そういえば、ペリュドーナでもそんな攻撃を浴びせられたきがする。あのときはレーコが一吠えで蹴散らしたけど。
ぽん、とシェイナが拳で掌を叩く。
「ええいっ、もういいや。やっぱり私は天才こじらせてここを出てったってことにするから。後の説明パパたちによろしくね」
「えっ、いかんよ。そんなの下手すればわしが濡れ衣を着せられるし」
「そうだ。お前も才能がない割にはそれなりの腕前だが、それだけでは敵わん魔物が世の中にはゴロゴロいる。ここの山に住んでいた魔物どもとて、私が主力を散らしていなければ太刀打ちできなかったろう」
「うーん……耳に痛い話をするねぇ」
やれやれといったようにシェイナは肩を竦めてみせた。
「だけどさ、まったくアテがないわけじゃないんだ。もともと、近いうちにここを出る予定だったしね。――邪竜様の眷属にはしてもらえなかったけど、似たような力が得られる方法があるんだ。さっき酒場でレーコちゃんに力の制御法を聞いたのも、その下調べっていうか」
「え? 何? 特に努力もせずに強くなれる方法があるの? 詳しく教えてもらえる?」
わしはぐいと前に出た。あまりに食い付きすぎたせいで、シェイナが一歩引く。
「ず、ずいぶん食い付いてくるね邪竜様……?」
「すまんの。つい気になってしまって」
慌てて態度を取り繕う。そんな手段があるならわしもこっそり試してみたい。
おほんとシェイナが咳払いして指をくるくると回す。
「えーっとね。お二人とも、精霊っていうのは知ってるよね? 神様と魔物の中間で、人間に対して善でも悪でもない存在のことね」
「うん。わしも長生きじゃからね」
だいたいは知っているし、前にアリアンテがそんなことを言っていた気もする。
「そ! 魔物はそこら中にいるし、神様も聖域でしかるべき祈りを捧げれば姿を見せてくれることがある。だけど、精霊ばかりはそうそうお目にかかれない。なんでか知ってる?」
講釈ぶって話している。たぶん、こうした勉強も隠れてやっているのだろう。なぜ真面目なことを恥ずかしがるのか理解できない。
「そうじゃのう。言われてみれば、わしも精霊にはほとんど会ったことがないのう。あんまり意識して探したこともなかったけど……」
「うんうん。だよね? というのも、精霊は基本的に自我が希薄なんだ。自然とずっと一体化したまま、一言も声を発さずに数百年――なんてこともあるみたい。とまあ、これだけ聞くと放っておいても構わないような無価値な存在に思えるけど、場合によってはそうじゃないの」
シェイナは石ころで地面に絵を描いていく。
『精霊』と記された大きな丸が、人間の背後におぶさっている図を。
「言った通り、精霊っていうのは自我がほとんどなくて自然に溶け込んでる存在なの。でも、たまに――本当にごく稀に、対話が可能なほど自我を顕わにしてる精霊が見つかることがあるの。そこで上手く交渉して協力関係を結ぶことができれば、その精霊を身に同化させて、自前だけで足りない魔力を補うことが……」
「そんなに精霊とやらは珍しいのか?」
訝るようにレーコが口を挟んだ。
もちろん、とシェイナは即答する。
「精霊と協力関係になった魔導士を特別に精霊術師って呼ぶんだけど、現れるのは数十年に一人くらいなもの。しかも、強大な精霊を宿せたのなんかは歴史上でもほんの数人。でも、賭けて見る価値はあるよ。なんせ、一度精霊を宿しちゃえば人間じゃ考えられないほどの魔力タンクを得たのと同じだから」
「確かに存在感が薄くてあまり気付かなかったが、少し気を入れて見たらすぐそこにいた。別に珍しくもないと思う」
「え?」
わしとシェイナが揃って疑問の声を上げてレーコに向く。
レーコは、未だ煌々と炎を上げて燃え続ける金山を指差した。
「あれ。たぶん金山と一体化してる。耳を澄ませば声も聞こえそう」
「本当!? せ、精霊さんはなんて言ってるのレーコちゃん!?」
レーコはふむふむと耳を山に向けて、
「『今、山頂がアツい』と」
とても客観的な発言だった。




