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たまには涙


 もちろん断った。

 そもそも承諾するという選択肢が存在しない。眷属入りを許してもシェイナはパワーアップなんてしないだろうし、仮にしてしまったらもっと地獄だ。


「ということだ。今回は残念な結果になったが、お前には見所がある。今後の活躍を祈っている」


 ぽんぽんとシェイナの背中を叩き、上から目線でレーコが不合格を告げている。

 胡坐で座り込んだシェイナの方は「え~~」と口から長い声を吐いて、心底の落胆顔である。


 一方、ハイゼンはやはり娘が邪竜の眷属になるのを危ぶんでいたようで、安堵に胸を撫で下ろしていた。


「えぇーい! こうなればレーコちゃんの眷属でもいいよ? 眷属の眷属ということでここはひとつ!」

「この力は邪竜様より借りしもの。許可なく又貸しは許されない」

「やろうと思えば又貸しできそうな感じで言わないで。怖いから」

「ちぇー……。あっ! ねえ邪竜様! ちょっとレーコちゃんと遊びたいんだけど連れてっていい!?」


 うん? とわしはいきなりの申し出に首を傾げる。

 正直いって最初に感じたのは胡散臭さだ。どうにかしてレーコに取り入って眷属入りを執り成してもらおうとしているフシがある。

 しかし、レーコが人並みに遊べるチャンスはすなわち更生のチャンスでもある。

 どうせ眷属入りは断ったのだし、レーコが独断でそれを覆すことはあるまい。少々悩んでからわしは問いかける。


「……本当に遊ぶだけ?」

「本当本当! すっごくいい場所があるんだ! この町――っていうか野営地? には、軍人さんとその関係者くらいしかいないから全然遊ぶ場所なんてないんだけど、一つだけすっごくいい場所があるの! きっとレーコちゃんも楽しめるよ!」

「そっか。それならお願いできるかの。レーコはあんまり遊び慣れておらんと思うから――」

「やった! 行こうレーコちゃん!」


 直立不動のレーコを棒のように担ぎ上げたシェイナは、凄まじいスピードで遠くに走り去っていく。


「あの方向は……シェイナめ。客人をもてなすには騒々しかろうに……」

「ん? どこ行ったか心当たりがあるのかの?」

「ええ。おそらくは酒場です。こんな辺境では呑んで騒ぐのが一番の憂さ晴らしですから、確かに一番の娯楽ではあるのですが……」


 わしは目を剥いて前脚を振った。


「お、お主! それはいかんよ! レーコはまだ子供じゃよ! お酒なんてダメじゃよ!?」

「そうなのですか? いやはや、てっきり邪竜殿の眷属ならばあの見た目で齢数百年はあるものかと」

「普通に見た目どおりじゃよ! っていうか、お主の子もまだ未成年じゃよね!?」

「ああ大丈夫です。うちの娘は下戸ですので。あれはただ騒ぎたいだけです」


 わりと呑気なハイゼンを置いて、わしは全力で拉致されたレーコを追いにかかった。

 あの歳頃での飲酒が望ましくないのはもちろんとして、それ以上に懸念すべきはレーコが酔って正気をなくすことである。

 先日も想像以上に軽い調子で邪竜化しかけたところである。

 酔った拍子で制御できなくなって、酒場に邪竜が降臨する可能性すらある。


 幸いにも野営地はそう広くない。シェイナが向かっていった先は目に追えた。

 ツギハギの水除け布で張られた、たっぷり百人以上は入れそうな巨大なテントである。

 中からは酒に興じる愉快そうな笑い声が聞こえてくる。


「おぉーい! レーコ! 酒はいかーん!」


 わしはテントの幕をくぐって酒場の中に飛び込んだ。途端に、テント中の人々の視線がわしに集中する。


「レーヴェンディア……!」

「本物の邪竜だ……!」

「えっ。でも本物? 小さいし全然迫力なくね?」

「馬鹿、殺されるぞお前。旅のために真の姿を隠してらっしゃるんだとよ」

「山の魔物を根こそぎ追い払ったのもあの邪竜だぞ。残党狩りのときに戦ってるのを見たが、そりゃあすごいもんだった。空間を歪めて魔物を消し去っちまったんだ……」


 わしは視線にたまらずテントから逃げ出した。


「っていかん。逃げてはいかん。このままだとレーコが大変なことになってしまう」


 意を決して再び特攻。刺さる視線に耐えつつ、レーコ探してテント内を徘徊する。


「はいっ! 邪竜様はとりあえず麦酒でいい?」


 そんなわしの前に、どかんとバケツ一杯の酒が置かれた。

 置いたのは、テントと同じくツギハギの粗雑な給仕服を身に纏ったシェイナだ。


「あっ。わしはお酒は――ってそうじゃなくて、レーコは? あの子にお酒はダメじゃよ?」

「大丈夫大丈夫。さすがにあたしもあんな小さい子にお酒なんか飲ませないってば。発酵前の山葡萄の搾り汁があるから、それを飲んでもらってるよん」


 くいとシェイナが指さした先には、わしに出されたのと同様にバケツで果汁を一気飲みして周囲の視線を集めているレーコがいた。


「ほらほら、邪竜様も遠慮せずにどうぞって」

「いやあ。わしね、実はお酒ってほとんど飲んだことがないのよ。それにお代を払えるほどお金もなくてな」

「なぁーに言ってんの。さっき魔物倒してくれただけで十分お酒代だって」


 金はいらぬとばかりに、ひらひらとシェイナが手を振る。

 困惑するわしの背に、腕を回してくる者があった。顔に見覚えのない中年の兵士だ。


「そうさ。俺らからの捧げ物と思ってくれよ邪竜様。俺らはな――できるだけ戦いたくねえんだ。危ないし面倒くさいからな」

「お主らって軍人じゃよね? 戦うのが危ないとか面倒とかある?」

「ああ、腕は立っても現実主義で堅実志向の奴が軍人になるのさ。そして堅実主義者はできるだけ戦いたくない。どれだけ優位でもリスクは絶対にあるからな。積極的に攻め手で戦って、命も省みずに地位や名誉を狙うのは、イカれたフリーの冒険者連中ぐらいなもんさ……」


 言われてみれば、この酒場にいる軍人たちはペリュドーナの冒険者たちよりも毒気が少ないように思う。

 あっちはアリアンテの言葉を借りるならわりと人格的にクズっぽい人が多かった。


「困ったことにねー。この人らったら、赴任期間を無事に過ごすことばっかり考えててさ。金脈を魔物から奪取しようって根性も全然だったんだよねー。とりあえず山から魔物が降りてくるのだけ防げばいいやっていう志の低さで」

「え?」


 もっともな愚痴の弁だったが、わしはそれを吐いた声に耳を疑った。ビールのバケツを足元に悩ましげな顔をしているのは、「根性」や「志」をさっきから全否定してそうな感じのシェイナだったのである。

 わしと目が合って、慌ててシェイナは口を塞いだ。


「って、それでいいよね別に。ほら、こうして放ってたら邪竜様たちが金脈もゲットしてくれたし。果報は寝て待てだよ、うんうん。それより邪竜様。こういう辺境警備の軍人さんたちはさ、なんだかんだで地域平和に一役買ってた邪竜様にそう悪い感情は持ってないと思うよ?」

「ああ。そりゃええの」


 なにやら引っかかるものはあったが、とりあえず狙われることはなさそうだと知って安堵する。

 恐る恐るではあるがわしの周りに人が寄ってきて、短くはあるが話しかけてくれさえする。

「魔王に反旗を翻したというのは本当か?」「人間に味方してくれるのか?」「なぜ今まで守っていた沈黙を破ったのか?」……内容はお察しである。


 ほとんど答えられない代わりに、勧められる酒についつい口を出してしまった。



 ……――そして



「うわぁぁぁ……もうわしは嫌じゃあ……。いつになったら平和に過ごせるんじゃあ……。もう物騒なのは嫌じゃあ……。誰か、誰か助けとくれ……」


 いつしか、涙と嗚咽が止まらなくなっていた。


 周りの軍人たちも「そうだ、平和が一番だ」とわしに同調して涙を流している。いろいろと間違っているが、心の底ではきっと同じものが流れているから問題ない。


 そしてレーコはわしの背中を撫でつつ、

「大丈夫です。邪竜様がお辛いときは私がお助けします」

 と言って、バケツに麦酒をざばざばと追加している。


「それはそうと、こういう邪竜様も新鮮で非常にいいと思います」


 わしを介抱しながら、レーコはえらく満足げな顔を浮かべていた。

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