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かつてない既視感


「そうですか……。すると、邪竜殿があの金山を魔物の手から解放してくれたというわけですな」

「そうだ。この偉大なる功績を讃え、未来永劫に崇め奉るがいい。まずは手始めに、産出された金で等身大の邪竜様像を建立するのだ……」

「そこまでグイグイいけるお主のメンタルが最近なんだか羨ましい」


 風変わりな娘の父親はハイゼンという名で、町を預かる小部隊の長だったらしい。

 立ち話は申し訳ないからということで早々に場所を移し、今は屋敷の応接間である。ちなみにあの変な娘は別部屋で待機させられている。

 屋敷といってもそう豪奢なものではない。丸太を組んで作ったような他の家々と比べたら、ちゃんとした板張りの壁床になっているのがやや上等という程度の家で、造りの具合は決してよくない。


 無理難題を押し付けようとするレーコを諫めようとしたわしだったが、テーブルを挟んで向かい合うハイゼンは驚いたような顔を見せた。


「なんと。それでは、我々に採掘を許していただける――と?」

「いかにも。我々は金の掘り方を知らんからな。黄金の邪竜様像を建てると誓うなら好きにしていい。あんな山はこれからいくらでも手に入る」

「レーコ、なんだか主旨がずれとるよ」


 元々は旅路の金稼ぎが目的だったはずである。

 といっても、商交渉などまるで経験のないわしは「金山をやるから代わりに金をくれ」と切り出すことすらなかなかできない。

 それに山の魔物を追い払ったのはレーコである。わしがどうこう言う権利は最初からない。


 ハイゼンは安堵するような一笑を見せた。


「いや、そう言っていただけるとこちらも安心できます。あの山は我らが長年の目標としていた金脈でありましたので、一切の手出しを許さぬと言われたら絶望的な状況となるところでした」

「邪竜様はそこまで狭量なお方ではない。だが、一つだけ念を押しておきたい」


 レーコはわしを両掌で指し示し、


「等身大というのは今のこのサイズではない。邪竜様の真なる御姿の等身大だ。ざっと見積もっても今の数十倍ほどはあるが、覚悟しておけ。中を空洞にするという水増しも許さん。尻尾の先までぎっしりと金を詰め込むのだ」

 途端にハイゼンの顔が深刻なものとなる。

「数十倍――ですか。それだけの大きさとなると、ここの金脈を掘り尽くしても賄えるかどうか怪しいところですが……」

「足りなければ民草から有志の寄付を募るがいい。身を搾ってでも費用を捻出するのだ。さすれば、この地は邪竜様信仰の聖地として未来永劫に発展するだろう……」


 要求のグレードが看過できないほど明後日の方向に逸れ始めたので、わしは身を乗り出してレーコの口を押えた。


「ほんとすいません。この子はテンションが上がると言動に押さえが効かないんです。わしの像なんてほんとどうでもいいので全然気にしないでください」

「お気遣い痛み入ります、邪竜殿。しかし我らとて恩義に何かしらで報いねば道義に欠けるというもの。提案なのですが――銅を基材とさせてはいただけないでしょうか? 内部構造などの細かい工法については技術者を招聘してから検討するものとして……」

『邪竜様がそこまで仰るなら、それで致し方あるまい』


 ちなみに、『致し方あるまい』というレーコの言葉はわしらの心に直接語りかけられたものである。

 わしが口を押さえているので、やむをえずテレパシー的な形で声を発したのだ。

 あまりに自然な流れだったのでハイゼンも特に気にせず頷いている。


 このままだと本当に像が建てられてしまうと恐怖したわしは、勇気をもって本題を切り出した。


「違うじゃろレーコ。わしらは元々、旅の資金を調達しようとしてたんじゃろ? 像の建立なんかに気を取られとる場合じゃないから」

「……はっ。そういえば」

「素で忘れてたのお主?」

 と、ハイゼンが落ち着いた表情で申し出る。

「そういうことでしたらご安心ください。邪竜殿の魔王討伐に要する資金とあらばいくらでもご支援のアテがございます」

「できればそういう用途指定の紐付き金は避けたいんじゃけど」


 魔王討伐の軍資金として渡された金だと、生活費に使うたび罪悪感が湧きそうだ。

 だが、わしが押さえる手を離すなり、レーコがぶぅっと頬を膨らませて、


「あまり人々を困らせるのも酷というものです邪竜様。ここは資金と銅像で手を打ちましょう」

「まさかお主からそんなタイプの説教をされる日が来るとは思わなかったなあ。あとお主、まだ像を諦めとらんの?」

「眷属殿もご安心ください。像については我らからの感謝の気持ちということで建造させていただきます」

「ほう……聞きましたか邪竜様。こやつ、なかなか見込みがあります」

「わしはむしろ見込みが外れてきた気がする」


 会話の主導権を握るのがレーコなものだから、ハイゼンの方もレーコに沿って交渉を進めてくる。いかにも一本気そうな人物だが、その堅物さがかえって価値基準をレーコ寄りにしているのかもしれない。

 常識的に考えて世間一般の『邪竜』のイメージは、だいたいレーコの妄想のそれと一致するからである。レーコの要求こそが邪竜の本心だと判断するのも無理からぬことだ。


「ときに眷属殿。像のポージングにご要望はありますか?」

「邪竜様の勇姿が最も映えるポーズといえば天地無双の構え。これは譲れない」

「なるほど」


 わしだけなるほどできない。


「ええと待って。その、天地なんとかの構え……? 本当に二人の中で共通認識が取れとるの?」

「何を仰るのです邪竜様。有名ではありませんか。あの……グワっとした感じの構えは」

「私も武人の端くれです。邪竜殿の骨格から、最も有効な体術を繰り出せる構えはおおよそ察しが付きます。眷属殿の仰るとおりグワっとした感じでしょうな」

「お主だんだんレーコのイエスマンと化してない? いい歳して子供もおるんじゃから、もっと己の軸を保って。しっかりして」


 途端にハイゼンは、「娘ですか……」と渋い顔になった。


「いや申し訳ありません。先ほどはこちらの娘が大変なご無礼を働きまして。心苦しい限りです」

「別にええのよ。わしもその気持ちは分からんでもないしね」

 耳ざとく反応したレーコが、

「邪竜様? 何かお悩みがあるのですか? 私でよければいつでも相談してください」

「うん。いずれね」


 悩みの種が他ならぬレーコ自身だということは伏せておく。言っても無駄なのは承知済だ。


「あの娘ときたら、努力嫌いで世の中を非常に舐めておりましてな。しかも、本来なら厳しい修練を要する魔導の道において、ロクに訓練もせずかなりの腕まで達しているため説教も大して聞かんのです」


 かつてない既視感が怒涛の勢いでわしを襲う。


「ですが――邪竜殿が一喝していただければ目を覚ますやもしれません。なにしろうちの娘は、昔から邪竜殿のファンでしてな」


 絶対に関わってはいけないと、わしの心が警報を発した。

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