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この子はどこに置いたものか


 魔導士たちが消火の水魔法に専念できるようになったこともあり、魔物を倒してからの鎮火は速やかなものだった。

 誰も彼もが焼けた家から僅かなりの家財を運び出し、明日からの生活に頭を悩ませている。


 一方、わしらは城壁上の砲台場に未だ待機させられたままだ。

 冒険者たちの言い分は「詳しい話や目的を聞くまではとても街を歩かせられない」とのことだった。

 至極、当然の主張だと思う。下手に動けば攻撃されても文句はいえないので、レーコにも命じて不動の姿勢を貫いている。


 しかし。


「それはええんじゃがの、あー……毛布か何かを一枚貸してくれんか。街が大変なときに呑気と思われるかもしれんが、この子も朝からちいと働きずくめでな。少し落ち着いて寝かせてやりたい」


 空戦を終えたばかりのレーコはうつらうつらと首を揺らしつつ、ごしごしと目をこすっている。

 平然としているように見えても、負担は相当なものだろう。うたた寝のような仮眠だけではなく、寝具を整えてマシな眠りを取らせてやりたい。


 見張りの兵士――十数人の冒険者たちは顔を見合わせて、やがて一人が詰所の小屋に下がっていた。

 漂わせる風格からして、誰も彼もが一級品の腕を持つ戦士だ。反抗の色を見せただけでわしのような草食竜は数秒で殺されるだろう。間違っても逆らわないけれど。

 と、先ほど下がった兵士が毛布を一枚持ってきた。


「ほら毛布だ。しかし眷属の娘の体調を気にするとは、話に聞いていたのと違って随分と情け深いんだな」

「興味本位で聞くんじゃけど、どんな話が広まっとるの?」

「戯れに街を焦土とし、餓えれば血肉の川が流れるまで人肉を貪ると」

「そんなことしとらんって。本当に。わしの主食って草とか木よ。筍とか大好物」


 騙されるか、といった顔で全員が神経を尖らせている。

 誰かが信じて筍を恵んでくれないかと密かに期待していたのだが、どうやら無理そうだ。


「レーコ、街の人が毛布を貸してくれたぞ。しばし寝て身体を休めよ」

「しかし――邪竜様を差し置いて私が眠るわけには」

「わしは構わん。お主は疲れておろう。今は休むのが務めだ」

「……仰せのままに」


 置かれた毛布をマントよろしく身にくるんだレーコは、たんっ、と軽い跳躍でわしの背中に飛び乗った。


「それではお先に休みを頂きます」

「先に寝るのは遠慮するけど背中に乗るのは一切遠慮せんのね。別にええけど」


 返事はなく、既に背中でモフモフした塊が横たわっているのを感じた。


「レーヴェンディアよ。お前はいいのか。必要とあらば毛布を百枚でも用意するぞ」

「わし、あんまり眠くなくてな」


 身体も精神もこれ以上なく疲れている。しかし、敵意を向けてくる集団の中で眠れるほど図太い神経はしていない。仮にレーコと二人揃って睡眠に入ってしまえば、寝込みを総攻撃されて死ぬかもしれない。

 息が詰まりそうだったので、わしはレーコを起こさないよう小声で本題を切り出した。



「あのな、お主らに折り入って相談なんじゃけど、この子をこの街で預かってはくれんか? 実はこの子、わしの眷属でも何でもないただの人間なのよ。真っ当に育てればお主らの役に立つ立派な魔導士になると思う」

「――何が目的だ?」

 弓手の男が息を静めて答えた。

「いや目的も何もなくて、文字通りの意味じゃって」

「そんな話は到底信じられんな。その娘の放つ魔力は人間のものではなく魔性のものだ。しかも、とりわけ邪悪な。力を与えたお前が一番それを理解しているはずだが?」

「信じられぬかもしれないけど事実そうなのよ」

「嘘をつけ」

「困るのう……」


 途方に暮れる。まっとうな竜遣いを演じるというルートは既に消えたし、穏便に引き取ってくれそうもない。このままだと延々と御守させられて、そのまま魔王討伐一直線だ。

 そしてたぶん途中でわしだけ流れ弾とかで死ぬ。


「待たせたな」


 鬱々としていると、見張りの兵士たちの向こうから先ほど指揮を取っていた女騎士のアリアンテが現れた。今まで残党狩りをしていたらしい。


「お前たちはもう下がっていい。人数が少ない方が互いに話もしやすいだろうしな」

「姐さん。しかし、大丈夫ですか?」

「なに、構わん。あれが暴れ始めれば私一人だろうと街中の戦士が総勢だろうと、関係なく皆殺しだろうからな。ならば少しでも対話の環境を整える方が上策だろう」


 わしにそんな力はない。レーコの方は知らん。

 だが、殺気剥き出しの連中よりもアリアンテの方がいささか話の分かりそうな雰囲気がある。それだけはわしに多少の安堵をもたらした。

 兵士たちが下がると、先に切り出したのはアリアンテだった。


「邪竜レーヴェンディア。なぜ魔王に叛逆をする? お前ほどの者であれば、魔王とて遇の礼は失するまい。それとも他者の下に甘んじるのは矜持が許さんということか?」

「やっぱりお主も誤解があるのう……。あのね、わし、邪竜とかそんなんじゃないの。草ばっかり食ってきた単なるでっかいトカゲみたいなもんなの。ぶっちゃけると、お主と戦えば1秒でわしが死んじゃう」

「単なる大トカゲが魔物の能力にああも詳しいとは思えんが」

「たまたまじゃ、たまたま。それなりに長生きだし、いろんな魔物からヒソヒソ逃げて生きてきたから多少は知っとるけど、魔王軍全部の情報を網羅してるなんてことはないから。たぶん、知らん魔物の方がずーっと多いわい」

「では、その眷属の娘はどう説明する」

「それについてはわしも説明が難しいんじゃ。この子が最も話をややこしくしておってなあ」


 わしはライオットに説明したときと同じように、生贄としてレーコが捧げられてきたときの話を一から語った。



 結果。



「信じられん」


 ほとんどライオットのときと同じ反応が返ってきた。

 そりゃそうですよね、と思う。わしですらこの状況が悪い夢ではないかと未だに疑ってるほどだ。


「通常の魔導士ならあり得ない話だ。赤子がいきなり立って歩けないように、魔力の解放には順序というものがある。思い込みだけで無限に解放できるなら苦労はない」

「この子がすごい天才とか、そういう可能性はないんじゃろうか」

「過去に例がないとはいえんが……ほとんど伝説のような話だな。歴史上に語られるような高位の魔導士の中には、物心ついたときから強力な術を使えた者もいたというが、まず脚色だろう。そんな例があるなら、現代でも神童が一定数現れるはずだ」

「ここにおるんじゃけど」

「信用できん」


 うーん、とわしは唸る。もしかして神童が見当たらないのは、こうして魔物扱いされて人里を追い立てられるからではないだろうか。

 他にこんな子がいたとしても、たぶん頭のネジが外れているのに違いはないだろうし。


「仮にその話を信用するとしても、それはそれで問題だ。その娘の持つ魔力は既に人間のそれではない。扱う技術も稚拙となれば、何の拍子でバランスを崩して制御不能になるか知れたものではない。それこそ、自身の魔力に呑まれて本物の邪竜と化す可能性すらある」

「えぇ……セルフでドラゴンになっちゃうの?」

「無論、普通はありえん。あくまでお前の話が真実だとした場合の仮定の話だ」

「お主にとっては仮定の話でもわしにとっては衝撃の真実じゃよ。どうしよ、あの子が急にドラゴンなんかになったりしたら理性とか残る? 説得できる?」

「期待はしない方がいい」


 そう言われると、背中にとんでもない爆弾を乗せている気分になった。

 もしかすると魔王よりも身近で厄介な恐怖がそこで寝息を立てているのかもしれない。


「あのさ、ええこと思いついたんじゃけど、この子に魔導士の訓練を積ませてやってくれんか? ほれ、魔力の扱い方さえ分かれば魔物になっちゃうこともないんじゃろう?」

「無理な話だ。この街の皆はお前たちに不審感を抱いているし、他ならぬ私もその一人だ。その娘が魔力を制御できるようになればさらに力は増す。邪竜の眷属に好き好んで力を与える者は誰もいないだろう」


 わしは長いため息をついた。

 前途多難である。最悪、この子を連れて山に引きこもることも考えねばならないかもしれない。人里に帰してやれないのは気の毒だが……


「その話が真実だとして一つ助言をするなら、軽々しく『自分は弱い』と喧伝しないことだな。技術の稚拙なその娘が魔力を制御できているのは、邪竜レーヴェンディアという拠り所があってこそだ。その幻想を失っては暴走の危険性が高まる。おまけにお前の首にはギルドが懸賞金をかけている。弱いと知れば金目当ての連中が挙って襲ってくるぞ」

「え、わしって懸賞金かけられとるの?」

「魔王に次いで高額だ」

「どういう基準なんじゃよう……。わしは草食ってただけなのに……」


 とんだ冤罪だ。これからは口が裂けても弱いなんて言うまい。金目当てに殺される。

 しくしくと心の中で涙を流していると、アリアンテがゆっくりと背中の剣を抜いた。


「お前の話には付き合った。さあ、次は私の質問に答えてもらおう――邪竜レーヴェンディア。なぜ魔王に叛逆する?」


 わしは何も答えられなかった。

 なぜなら、アリアンテの身から今まで一切感じられなかった殺気が猛然と放たれたからだ。

 鱗の覆われた肌がビリビリと震える。


「答えぬか。愚かなことだ。魔王様も貴様には一目置いていたというのに、傲慢で温情を不意にしようとは」


 ブロードソードの切っ先がわしの鼻先に向けられる。


「我が名はアリアンテ・ソルド・シルヴィエ。忠実なる魔王様の剣。命はここで果てようも、手傷の一つは覚悟してもらうぞ。老竜」

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