1章エピローグ:被害者の会
「参ったな。あいつらときたら、まるで人の話を聞かん」
ようやく祭りの群衆から抜け出たアリアンテは、街の外で口笛を吹いて愛馬と合流した。
本物の聖女様は別にいて活躍したと伝えたのに、誰も聞く耳を持たなかった。いや、仲間の冒険者連中は聞こえていても敢えて耳を塞いでいた気がする。
どうせおこぼれにあやかろうとしていたのだろう。
それにしても、祭りを抜け出せたきっかけ――空から飛来した謎の物体は何だったのだろう。
あの飛来物が祭りの舞台を隕石のごとくにぶち壊してくれたおかげで、包囲から抜け出して逃げ出す隙を見出せた。
邪悪なものではなかったと思うし、怪我人も出ていなかったようだが、妙なことになっていないか少しだけ心配だ。
まあ、人格はともかく腕前はそこそこの冒険者連中がいるから万一のことがあっても大丈夫だろう。
「……で、お前はなぜついてくるんだ?」
愛馬を走らせつつ上空を見上げる。
そこには翼を広げて空を追って来る銀のドラゴンの姿があった。
「お前、ではない。ドラドラと呼べ」
「何がお前をそこまで卑屈にさせるんだ。どう見てもそんな愛らしい生き物じゃないだろう」
「そうか、聞きたいか。俺がドラドラを名乗る理由を……」
「いや別に」
アリアンテは馬に命じて一段とスピードを速める。負けじと自称・ドラドラも飛翔を速める。
風が壁のように感じられるほどの速度で、銀のドラゴンは地表スレスレに低空飛行をする。
「俺はあの娘に敗れた。完膚なきまでにな。無論、俺とて今までに敗北を喫したことはある。だが、あのような年端もいかぬ幼子に――毛ほどの抵抗も許されず負けたのは初めての体験だった」
「くそ。聞きたくもないことを喋り始めたぞこいつ。おい、もっと速く走ってこいつを撒いてくれ」
馬が「さすがにドラゴン相手はちょっと」といった感じで諦めの視線を寄越す。長年の相棒なだけに人馬の垣根を越えてある程度の意思疎通はできていると思う、たぶん。
「そして俺はドラドラと呼ばれた。あのとき覚えた感情は――まさに屈辱の一言だった。風の暴竜たる俺が、まるで無害なペットを呼ぶような毒気のない愛称を付けられてしまったのだ。しかも、さしたる悪意を感じなかった。あの娘にとって、俺は皮肉でも嫌味でもなくその程度の存在でしかなかったのだろう」
「そのくらいで嘆くな。世の中にはもっと悲惨な思いをしているドラゴンだっている」
「そうか……まさかそのドラゴンもあの娘にやられたのか?」
「ある意味ではそうだ」
「ならば俺と同じか。他人事とは思えんな」
ドラドラは滑空しつつ祈るように瞑目した。そしておもむろに目を開き、
「俺は誓ったのだ。あの屈辱を忘れまいと、いずれあの娘にも俺の真の名を呼ばせてみせようと。それが果たされる日まで、俺はドラドラを名乗ると決めたのだ」
「そうか。頑張れよ。達者でな」
「待て」
「断る。お前面倒くさいし」
なおも追い縋る銀竜にアリアンテは嫌な予感しかしない。
「だが、簡単な話ではない。先の戦いの一部始終を見ていたが、まさかあの小さなドラゴン――本来ドラドラと呼ばれていたであろう者の正体が、かの邪竜レーヴェンディアであったとはな。俺を一方的に叩きのめした娘の暴走をあっさり収めていた。あれだけの竜を間近に見ている者に、俺を認めさせるのは茨の道であろう……」
「お前、意識が朦朧としててすごく都合のいいとこしか見てなかっただろう。本当に一部始終見ていたら何とも言えない気分になるぞ」
実際アリアンテはそんな気分だ。だが、ドラドラは完全に自分の世界に浸っていてもはや聞いちゃいない。
「人間の戦士よ。貴様は俺よりいくらか強い。人の身にして竜族の俺を凌ぐとは、さぞ厳しい鍛錬を積んだのであろう。あいにくと俺は生まれつきこの強さだったのでな、鍛えて力を伸ばすという人間のやり方がよく分からんのだ。そこでだ、俺を強くしてはもらえないだろうか?」
「誰が魔物に力を貸すものか」
「無論、二度と人は襲わん。むしろ悪しき魔物の討伐を手伝ってもいい。なんなればそこの馬に代わって貴様の脚ともなろう」
「やめろ、こいつが拗ねる」
愛馬がじろりとドラドラを睨むので、アリアンテは宥めるようにたてがみを撫でた。
「俺ほどの魔物を従える機会はそうないぞ。無碍にするのか? 人間の戦士よ」
「そういう問題じゃない」
長く深い息をアリアンテは吐いて、
「うちは被害者の会じゃないんだ。そういうのは一人でもう間に合ってる」
それでも銀竜は、頑としてずっとついてきた。




