魔王を倒すまで
目覚めたら街に出入り禁止を食らっていた。
考えてみれば当然である。街の警備兵の面々の前でレーコが暴走して、街を焦土に変えようとしたのだ。
起きた後、街の境界にある警備兵たちの詰所に赴いてレーコの件を謝ろうとしたのだが――
「全然大丈夫ですよ俺たち気にしてないですから。だけど街が泥まみれなので邪竜様と眷属様をもてなすことはもう難しいですね。次の街に行かれてはどうでしょう」
「荷物はもうまとめてありますので」
「いやあ生きている間に本物の邪竜レーヴェンディアを見れたなんて感激です僕。すっごくレアな体験ですよね。もう二度とないんだろうなあ。こんな辺境の街に大した用なんてないでしょうし。さ、どうぞ魔王討伐の旅に急がれてください」
断固として街に入れまいとする強い意志を感じた。
それを敢えて撥ねつけるほどの度胸はわしになく、詰所を出るときには荷物一式を背中に括り付けられて、いつでも旅立てる姿勢にされていた。
「それでは参りましょう邪竜様」
まだ一言も出発するとは言ってないのに、詰所の表で待っていたレーコは意気揚々とわしを迎えた。
魔王討伐方面についてだけ妙に察しがいいのはやめて欲しい。もっと本当のわしの気持ちを察して欲しい。
「ちょっと待ってレーコ。わしまだやり残したことがあっての」
「はっ。申し訳ありません。いかなる用件でしょうか」
「ええっと……そうじゃの……」
少なくとも5年くらいここで草を食っていたい。
そんなことを言ってはレーコがどうなるか分からないので伏せておき、適当な時間稼ぎに思いを巡らせる。
「うん。アリアンテと聖女様に挨拶をしておかんとな。いろいろ世話になったのは間違いないし」
なぜか目覚めたときには二人ともいなかったのだ。
近くにいたのは耳元で不穏な計画を子守歌のごとく囁き続けるレーコと、気絶したまま横たわる銀のドラゴンだけだった。
「あの女騎士なら先ほど、祭りに呼ばれていきました。どうやら『街を襲おうとしたとんでもなく強い魔物』を退治した功績を讃えるそうなのですが、いつの間にそんなものを倒したのでしょう」
お主のことである。
あれを収めたのはアリアンテの功績ということになっているらしい。まあそうだろう。わしはレーコ側の立ち位置で、下手すれば黒幕扱いかもしれない。
「そっか。でも、意外じゃの。アリアンテってそういう派手な雰囲気は苦手そうに思えたけど」
「あの後、女騎士が手配していた増援の冒険者連中が来まして。そいつらがまたひどく調子のいい連中だったのです。手柄の話を聞くや、まるで自分たちも功績の一端を担ったような顔になって女騎士を祭りに担いでいきました」
「うわあ現金な人達。レーコは絶対そういう人になっちゃダメよ」
能力的にだけでなく精神面まで闇落ちしてしまったらもはや手が付けられなくなる。
「祭りの主役にされてしまっては会いに行くのは難しいの。なんせ街に入れんわけじゃし。じゃあ聖女様は? 水路に呼びかけたら来てくれるんじゃないかの?」
「そっちはさらに深刻です」
「え? 何かあったの?」
レーコは無表情で頷き、
「女騎士が『聖女様の再来だ!』と褒めそやされて祭りに連れて行かれたので、完全にスネて出てこなくなりました」
「あ、そうなの。だからよく見たら街の泥がまたちょっと増えとるのね」
癇癪を起こして、また結果的に住民たちを喜ばせたのだろう。
「どうしますか? 必要であれば結界から引っ張り出してきますが」
「ううん。そういうことならそっとしておいてあげた方がいいかもしれんし――」
ぶしゅーっ、といきなり地面から水が湧いて、その水が聖女様の形に変貌した。
そっとされたのが不満だったらしい。
「ひどいじゃないですか励ましの一つもないなんて! 何ですか!? なんで私の手柄にならないんですか!? 私だって頑張ったのにぃ……」
「そんなことをわしに言われても」
たぶん理由はひとえに強者のオーラがまるでないからに尽きるだろう。
そこそこ強いはずなのに、どこかわしと似た空気感を漂わせている。
「そんなに不満なら祭りに入ってくればええんじゃないの。アリアンテならきっとお主を本当の聖女様だって説明してくれるよ」
「ええだってそんなの恥ずかしいもん……」
頬を赤く染めて聖女様はきゃあきゃあと照れる。
自分が表に出るのも嫌なら一体どうしたいというのだろう。
「えっとですね、私は褒められたいんです。褒められたら伸びるタイプですから。でも、直接褒められると恥ずかしいから神殿とか祭りで間接的に褒めて欲しいんです。もちろん他の人が聖女様扱いされるなんて許せません。分かりますかこの乙女心?」
「複雑なフラストレーションを抱えとるのね。でもわしに言わないで。本当にどうしようもないから」
「そうだ、邪竜様を煩わせるな」
ドスの効いた声で言いつつも、なぜかレーコは聖女様に両手で抱きついた。
予想外にもほどがある行動にわしは瞠目した。
まさか殺し合いのようなじゃれ合いを経て、レーコも聖女様に友情の萌芽を得たというのか。
「え? レーコ様? そんな……抱きしめて私を励ましてくださるんですか? 真の邪竜であるレーコ様にそこまで気を回していただけるなんて、私も魔物の端くれとして誇りに思いま」
「面倒くさい。ゴタゴタ言わず好きなだけ褒められてくるといい」
まるで赤子が高い高いとされるように、聖女様の身がレーコの手で持ち上げられる。
そして、祭囃子の響く街の中心部にぶん投げられた。
一切の加減も容赦もない投擲速度。それはもう、きらりと輝く星にならんばかりの勢いで。
ややあって遠くから悲鳴が上がる。突然、人間が飛来してきたのだから当然だ。下手すれば新手の魔物扱いかもしれない。アリアンテの取り巻きに討伐されないといいけど。
「さあ、これで挨拶も片付きましたね」
「わしもう二度と聖女様に顔向けできない」
「そのときは私が奴の首根っこを押さえて顔を向けさせます」
「そういうところが顔向けできない最大の原因なんじゃよなあ」
わしは長いため息をついた。
どうあれ、もうこの街で安穏と過ごす選択肢はなさそうである。
どこへ向かうあてもなく、緩やかに平原へと足を踏み出す。レーコもわしの背中に乗って、全身でべったりとしがみついてくる。
「邪竜様。これからもよろしくお願いします」
「そうじゃね。まあ、お互い気楽にいこうの」
とはいえたぶん、レーコはこれからも全力で暴走し続け、わしはそのたび苦労することになるのだろう。
少なくとも魔王とやらを倒すまでは、ずっと。




