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誇り高き風の暴竜(自称)


 悲痛な空気が漂っている。

 まるで爪と牙をすべて抜かれた猛獣を目にしているようだった。


「俺はドラドラ……俺はドラドラ……」


 目から一切の光を消して、うわごとのように銀のドラゴンは繰り返している。

 素人目に見ても危険な精神状態である。たぶんあと一押しでガラス細工のように壊れてしまう。


 なんということだろう。レーコはドラドラが見つからぬことに業を煮やして、こうして新たな悲しきドラドラを爆誕させてしまったというのか。


 わしは罪悪感に震えた。震えたところで彼の助けになりはしないけれど。

 と、アリアンテが剣を掲げて、


「おいドラドラ」

「うう、なんじゃの。わしはどうすればよかったのかの……」

「お前ではない。あっちの方だ。ナチュラルにドラドラ呼びに反応するな」

「すまん。つい」


 アリアンテが銀のドラゴンに近づいていくのを見送りつつ、わしはこっそり距離を置いた。

 怯えているわけではない。

 ここでレーコが目を覚ましてしまえば、紙一重で保たれている彼のメンタルにトドメを刺してしまう事態が発生しかねないからだ。


 ちなみに聖女様はわしよりもずっと後ろに下がり、草むらの陰から様子を窺っていた。


「俺は……俺は誇り高き風の暴竜……決して心までは屈さぬ……」

「おいドラドラとやら。何をしに戻ってきたのは知らんが、命が惜しくば狼が目を覚ます前に帰れ。こちらとしてもお前には少しばかり申し訳ないと思っている」

「俺は……俺は……」


 そのとき、動きがあった。

 銀のドラゴンが右腕を振りかぶって、その大爪をアリアンテに向けて叩き下ろしてきたのだ。


 攻撃の風圧が砂煙を巻き上げ、同時に轟音が響き渡った。


「アリアンテ!」

「来るな!」


 わしの叫びにはすぐさま返事が来た。

 アリアンテは手甲に包まれた左手一本で巨爪を受け止め、ギリギリと腕力のみでの鍔迫り合いを繰り広げていた。


「分かるかレーヴェンディア。こいつ、様子がおかしい」

「うん。最初からそれは分かっとる」

「そういう意味のおかしさではない。これだけ心を折られているのに、無用な戦いを挑もうとするはずがない。ただ錯乱しているだけでもなさそうだ」


 言うなり、アリアンテが動く。

 爪の力を受け流して地面に落とすことで硬直状態を脱し、さらにドラゴンの右腕を駆けあがって一息の間に顔面まで身を運んでいた。


「悪く思うな」


 そのまま、甲冑ごしの膝蹴りがドラゴンの眉間へと痛烈に撃ち込まれた。

 竜の強靭な頭骨と鎧の金属が響き合い、鐘でも鳴らしたような反響がその場に響く。


 やがて銀のドラゴンの身体が傾いで、力なく地面に横たわった。


「とりあえず気絶させた。今のうちに鉄縄か何かで拘束しておいた方がいいだろう」

「ほぉ凄い。お主、やっぱ強いのね」


 思えば、大幅なハンデがあったとはいえレーコに土を付けたことがあるのはアリアンテだけである。

 アリアンテは気絶したドラゴンを眺めつつ、「さて」と呟いた。


「とりあえず目を覚ましたらショック療法として眷属の娘に会話させてみるか……?」

「溺れ死にかけた人をまた水に突き落すくらいに対処が間違っておると思う」


 幸いにもレーコはまだ眠ったままである。

 アリアンテは頭を掻きながらこちらに振り返った。


「ともかく、まずは動けないようにすることからだ。レーヴェンディア。お前はその眷属の娘をここから遠ざけておいて――」


 次の瞬間、アリアンテの身が吹き飛んだ。

 遅れて爆風と砂塵が吹き抜けて、たまらずわしは屈んで目を瞑る。


 恐る恐る目を開くと、先ほどまでの聖女様と同じく体表を紫色に染めた銀竜が立ち上がっていた。

 口の端から白く凝縮された空気の塊を漏らしている。空気を圧縮して放ち、猛烈な爆風を生んだのだろう。いわゆる竜族が得意とする吐息ブレスだ。


「意識を絶ってくれた礼を言おう。こやつときたら、この街に来るまでずいぶんと抵抗してくれたものでな。ようやく乗っ取れた」


 間違いない。この銀竜は操られている。今こうして話しているのは、例の精神魔物だ。


「お、お主――さっき消えたんじゃなかったのか」

「我が分体を一つ消したごときで調子に乗るな。あまりに邪気の少ない場で息が詰まったようだが……まさかあんな手段で消してくれるとはな」

「そっか。わし、どういう流れでそうなったのか知らないけど、きっとみんなが頑張って倒したんじゃろうの」


 わしは言い訳じみた謙遜をしてじりじりと歩を下げる。

 分体の消滅について他人事のように感想を述べつつ。


「それで、貴様が我の分体を滅ぼしてくれたドラドラという者だな」


 いかん。やっぱりバレてしまった。

 アリアンテはどこかに吹き飛ばされたのか影も形も見えない。聖女様は結界の内側で引きこもっている。レーコは寝ている。


「あのな、ちょっと落ち着いて話をせんか?」

「たわけめ。聞く耳持たんわ」


 操られたドラゴンは口を開いて魔力を収束させ始めた。

 単なる風のブレスではなく、紫色の魔力が球体として出現している。


 が、力を溜めている口を、強引に閉じようとする動きがあった。


「ち、違う……ドラドラは俺だ……俺こそがドラドラだ……」


 ドラゴンの身体の本来の持ち主が、思わぬ抵抗を見せていたのだ。

 一体彼に何があったのか。なぜそこまでしてドラドラの名にこだわるのか。


 その経緯はもはやレーコにしか知り得ぬことで、わしも特段に知りたいとは思わない。たぶん知ってしまったら夜が眠れない。


「貴様――なぜ我の邪魔立てをする。貴様は我の部下。魔王軍の輩であろうに――」

「……俺は、誓ったのだ。誇りにかけて、たとえ魔王と敵対することになろうとも……!」

「ええい! 貴様の覚悟など知らんわ!」


 精神魔物が叫びとともに紫の球体を放った。

 だが、抵抗のせいかほとんどそよ風のような勢いで、無防備なわしに触れるなり弾けて消えるだけだった。

 途端に銀のドラゴンが肉体の主導権を取り戻す。


「そう、俺こそはドラドラ! あらゆる風を統べる空の王者。たかだか小娘に負けた程度で折られるほど俺の誇りは甘くな――」


 そこまでだった。

 走って戻ってきたアリアンテが自称・ドラドラ氏の側頭部に正拳を入れ、小娘呼ばわりに目を覚ましたレーコが下顎からアッパーを叩き込んで、銀のドラゴンは今度こそ落ちた。

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