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その名はドラドラ


 改めてレーコと合流すると、たらふく野菜を食わせてくれた。

 子供たちと違って葉っぱの一枚一枚を捧げるように出してくるものだから少しもどかしいが、美味しいことに変わりはない。


「お味はいかがでしょうか邪竜様」

「美味しいよ。わざわざ用意してくれてありがとなレーコ」

「眷属として当然の責務です」


 レーコもわずかに胸を張って満足げである。

 絵面としては子供たちから餌付けされていたときと五十歩百歩なのだが、レーコ自身が野菜を差し出しているという構図が大事なのだろう。この子のセーフとアウトの基準は微妙である。


「レーヴェンディア、私からも献上品だ」


 と、平穏に舌鼓を打っているとアリアンテが声をかけてきた。

 わしは「何じゃの?」と振り向いて、硬直した。


 彼女がその手に持っていたのは、紛うことなき肉であった。


 こんがりと焼けた骨付きのぶっとい肉。果たして豚か牛か――いや、この際種類はどうでもいい。


「少し無理を言って一番上等な部位を丸ごと貰って来た。邪竜レーヴェンディア様なら一呑みに過ぎん量だろうが、味わってくれるとこの街の者たちも喜ぶだろう」


 何を言っておるのだ。

 わしが草食動物だということは散々説明したはずではないか。


 こちらの内心を読むように浅く頷いたアリアンテは、目線でその意図を発してくる。


『野菜を食っているお前は傍から見てもヤギ以下の草食動物だ。でかい肉でも食って少しは威厳を見せろ』

『それはお主にしてみれば石を食えと言っとるようなもんじゃよ?』

『お前がこれを食ったら私だって石でも何でも食ってやろう。さあ、食わねば世界が滅びると思って食え。だいたい、野生の草食動物だってほんの少しくらいは肉を食うこともあるだろう』

『若い頃ならまるで食えんわけじゃなかったけど、最近はほんとダメ。特に脂がね、脂がダメなのわし。すぐお腹がピーゴロゴロって』


 ちなみにこれはわしが想定した会話内容である。

 アリアンテの方も同様の台詞を連想していたかは甚だ疑わしい。

 というか、たぶん途中で意思疎通に失敗が生じてしまったと思う。


 なぜなら、「ついに覚悟を決めたか」と言わんばかりの力強い表情でわしの眼前に肉を差し出してきたからである。

 お互いにさっきの会話を想定していたなら、そんな暴挙に走りはしない。やはり眼だけでは限界があった。


 やむを得ない。


「レーコ」

「はっ」

「半分こにせんか? お主もわしがいない間に街を守ったり大変じゃったろうしの。褒美と思って」

「そんな――あれしき、労のうちには入りません」

「遠慮せんでええから半分食って」


 わしは切実だった。せめて食わなければならないなら絶対量を減らしたい。


「そうじゃ。アリアンテもせっかく持ってきてくれたんじゃから見てばっかしはつまらんじゃろう。わしの取り分のさらに半分を食べるとええ」

「……ああ」


 何かを諦めたように切り分けてくれるところに優しさを感じた。


「あ! いたいたぁ――っ! レーコ様ぁ――っ!」


 そしてタイミングよく、レーコを遥か格上の魔物として尊敬する水魔もとい聖女様がやってきた。

 しばらく不貞寝していたようだったが、元気を取り戻したらしい。


「あ、聖女様。今ちょうどご飯を食べとるとこなんじゃけど、よかったら少しどうかの?」

「私は街のみんなが崇めてくれるだけでお腹減らないよ?」

「そう言わんと。街のみんなが用意してくれたご馳走を食べたらきっとすごく元気が出るからの」

「んー……それなら食べてみる!」


 わしはさりげなく残り全部を渡した。


「ああ美味しかったのう。たまには肉もええのう」


 そしてさも食った風の感想である。完璧な対応だった。

 そしてみんなにも味の感想を尋ねようとしたとき――


「あ、レーコ様。今、また街の結界に魔物が引っかかってるんですけどパパっと退治してくれませんか?」


 肉を食べながら聖女様がいきなりな発言を飛ばした。


「敵?」

「そ。敵です! でもレーコ様の腕なら恐れるに足りませんよね!」

「邪竜様。いかがしましょう」


 体よく使われそうになっている気がする。

 まあ、聖女様は守るのは得意でも攻撃はからきしなのだろう。わしごときを仕留められなかった点からも窺える。

 かといって、軽々にレーコを戦いの場に送るのも気が引ける。


「いや、ここは私が相手をしよう。祭りでタダ飯にありついておいて働かないのも悪いからな」


 そんなわしの内心を悟ってか否か、アリアンテが甲冑を鳴らして立ち上がった。

 せっかくの祭りの空気に水を差しても悪いので、目立たぬようにひっそりと街はずれに向かう。聖女様の結界を信用してか、見張りもロクに立っていない。


 麦畑の周りには泥から顔を出した雑草が生い茂っている。


「レーコ。裸足のままじゃ草で切ってしまうかもしれん。わしの背中に乗ったら?」

「これしきの草で傷を負うことはありません」

「ええからええから。食後の昼寝とかしたらどうじゃの? お主はまだこれから背も伸びるじゃろうし、たっぷり睡眠はとらんといかんよ」

「なるほど。早く成長してより強くなれということですね。分かりました」


 わしの背中によじ登ったレーコが早くも寝息を立て始める。

 最近気づいたが、この子は眠るように言うとすぐ寝るのだ。


 寝顔を覗き込んだアリアンテはわずかに笑った。

「食事と睡眠には気を遣ってやれ。その歳であれだけの力を発揮している以上、どちらも十分に摂らせねば身体が持たん」

「あ、だから戦うのを替わってくれたんかの?」

「まあな」


 感謝しつつ、しかしレーコを眠らせた本来の目的を思い出す。


「それはそうとお主、さっき突然肉食わせようとしてきたのは本当にひどいんじゃないかの。あんな無茶されて吐き出しちゃったら逆に威厳がなくなると思うんじゃけど」

「大丈夫だ。人間、必死になればたいていのものは食える」

「わし人間じゃないけど」

「喋るから似たようなものだ」


 まったく話が通じない。これだから武闘派の人間は厄介なのだ。根性でたいていのことはどうにかなると思っているフシがある。


「あ、お二人とも。見えましたよー。あそこの結界そばでじっと座ってるのが魔物です」


 魔物は巨大で、翼を持ち、銀色をしていた。


 おや、とわしは思う。

 あれは先ほどレーコが話していた、街を襲いに来たドラゴンではないのか。

 ドラドラ(わし)と勘違いされ、哀れにもレーコの拳一撃で沈み、二度と人里を襲えぬように教育されたという――


「懲りずに来たのか?」


 アリアンテが鞘から剣を抜いて近づいていくが、様子がおかしい。

 銀のドラゴンは構える様子もなければ、敵意すら発していない。


 そしてこちらの姿を認めるや、おもむろにこう言った。




「俺の名は――ドラドラ」




 彼に一体何があったのだろう。

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