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祭りの隅の語らい


「大方、予想通りになったようだな」


 骨付きの豚肉を齧りながら、アリアンテが感心するように歩み寄ってきた。

 さっきから広場の隅で祭りのタダ飯を食っているばかりと思っていたが、こちらに意識を向けてはいたらしい。


「え? 予想しとったの?」

 聖女様を仰向けに寝かせてわしは首を傾げる。

「ドラゴンといえば概して強大な存在だからな。そこの水魔がダメなら、憑りついた魔物がお前の方に鞍替えを狙うことは容易に想像できた。結果は――まあ、今のとおりだ」


 アリアンテがごまかすような咳払いをすると、後はレーコが引き継いだ。


「実に愚かなことです。些末な魔物ごときが邪竜様の御心の大いなる闇に踏み入ろうとは、非力な人間が真夜中の大海原に飛び込むも同義の――いえそれ以上の無謀に他なりません」

「とはいえ、完全に消滅するとは私も思っていなかった。弱らせた後に封印するつもりだったが」

「あまり邪竜様を侮るな人間。この程度の魔物が邪竜様に触れて無事に済むわけがあるまい」

「ああ。完全に私の認識不足だった。そこは素直に謝ろう」


 お互いの内心は正反対であろうに、一周回って会話が成立している。

 珍しいこともあるものだとわしは呆ける。


「ところで眷属の娘。お前も用が済んだなら腹ごしらえをしたらどうだ。向こうの焚場でいくらでも料理にありつけるぞ。人間の魔導士というやつはおおむね燃費の悪い大飯喰らいでな。お前は魔導士でなく『眷属』だが、同じく魔力を扱う者として共通点もあるだろう」

「ふん。私の魔力は邪竜様より賜ったもの。たとえ餓えようと魔力を失うことはない」


 アリアンテが食べかけの肉をレーコの鼻先に近づけた。

 ぐるるるる、とレーコの腹の虫が条件反射的に鳴った。

 しかしレーコ本人はあくまで無表情を貫いている。聞こえなかったことにするつもりらしい。


「腹減っとるのなら食べてきたら? そういえばお主、朝飯も食っとらんじゃろ」

「邪竜様の命とあらば」

「うん。あと遠慮せんでええから、これからは腹が減ったときはちゃんと言ってな」

「かしこまりました」

「じゃ、行ってらっしゃい。ちゃんと並ぶ順番は守るんじゃよ」


 よほど腹を空かせていたのだろう。レーコは泥を跳ねさせ、駆け足で焚場に向かっていった。


「すまんの。あの子の腹具合にまで気が回っとらんかった」

「礼には及ばん。食えるときに食うという戦士としての基本を伝えたまでだ。もっとも、食い過ぎは厳禁だがな。戦闘に支障が出る」

「レーコにはそれ言わんでよかったの?」

「あの娘はそういう次元にいない。好きなだけ食わせるといい」

「そっか」


 納得の説明である。

 ふと見ると、アリアンテはさもおかしそうに笑いをこらえ、拳で口元を隠していた。


「しかし妙なものだな。まさか邪竜レーヴェンディアともあろうものが子守りなんぞに身を窶していようとは」

「からかうのはよしとくれ。そもそもわしは邪竜でもレーヴェンディアでもないし」

「だが、さっきは見事に魔物を退治したじゃないか」

「まったく自覚がないんじゃけど、本当に退治できたんかの?」

「まず間違いないだろう。私はこの手の感知には向いていないが、あの娘が『消滅した』と断言していたからな。邪竜の眷属が敵の存在を見落とすまいさ」

「へえ。お主にも苦手なことがあるんじゃの」


 ふむ、とアリアンテは顎を抱えた。


「苦手……というかな。反対かもしれん。まあ、その辺は詳しく話さないでおこう」

「どうしてじゃ?」

「万が一、あの娘が暴走したときは私も止めに入らねばならんからな。その時に手の内が漏れているという事態は避けたい」

「そうじゃね。わし、聞いてしまったらうっかり喋っちゃいそうじゃし」

 

 とりわけ聞いたって何になるでもない。なら聞かぬが賢明というものだ。

 それよりも、今聞いてみたいことは他にいろいろあった。


「あのな。お主の知識にあればでええんじゃけど、これってどういうものか分かるじゃろうか?」


 尋ねつつ、わしは爪先に「ふんっ」と力を込めた。

 出現するのは小虫一匹分の長さの情けない黒い霧の爪である。


 先ほど浮輪になっていたときは、わしの身体が巨大化するとともに千切れ飛んでしまったが、また手元に戻って来ていた。


「なんだそれは。変わった爪だな」

「この街に来る途中で、遺跡に住んどる神様から貰ったのよ。おかげでさっきも助かったの」

「土着神の道具か。どれ、貸してみろ」


 アリアンテが爪に触れて、一瞬の集中を見せた。

 すると黒い霧が解けるようにわしの手から離れ、アリアンテの手指に纏わり始めた。


 そして。


「なるほど。なかなか便利な道具のようだな。使いやすい」


 アリアンテの手中で立派な剣の形に変化していた。


「ああ、やっぱり使う人次第ではちゃんと使える道具なのねそれ」

「どうしたレーヴェンディア。これは魔力のないお前でも問題なく使えるはずだ」

「それが、どうも使い方が分からんくて」

「情けないな……」


 誠に申し訳ない。


「こいつは、自在に形を変えられる手足の延長のようなものだ。たとえば」


 アリアンテが振ると、霧は剣から一組の弓矢へと形を変えた。

 だが、普通の弓矢とは少し違っていた。片手で弓を持っているだけで、自動的に弦が引き絞られ、矢が矯めを作っていたのだ。


「弓矢の形状を望んで、さらに矢を番えて弦を引く動作を想像すれば勝手にこう動いてくれる」

「え? それって結構すごいんじゃないかの? なんにでもなれてしまうの?」

「あまり浮かれるな。手足の延長だと言ったろう。魔力を使わない代わりに、手足を動かすように体力を消耗する。元の体力が大したことなければ大した威力も強度も期待できん」

「ああ、十分十分。元から攻撃に使うつもりはないからの。逃げる道具として考えるならいろいろ使い道も多いじゃろ」

「それはいいが、くれぐれもあの娘の前で逃げるところを見せるなよ」


 アリアンテは途端に不安顔である。

 黒い霧をわしの爪に返して、それから思い出したように「あ」と口を開いた。


「そういえばレーヴェンディア。ライオットという少年を知っているか?」

「ライオット? レーコの村におったライオットか?」

「知っていたか。あの少年がお前たちと入れ違いで私の道場に来てな」

「……何て言うとった?」

「『邪竜を倒してレーコを助ける』と」

「どうしようわし倒される」


 角材を持って殴りかかって来るライオットを想像して、わしは思わず右往左往した。


「落ち着けレーヴェンディア。あの少年は今うちの街で足止めしている」

「あ、そなの。よかった」

「仮に修行が一段落して街を出すにしても、デタラメを吹き込んでお前たちとは逆方面に出発させる予定だ。鉢合わせになる心配はない」

「それはそれで不憫だと思うんじゃけど」

「必要な犠牲だ」


 わしは涙を呑んでライオットに内心で詫びた。

 レーコのことを心配してくれているのが分かるだけに、なおさら忍びない。


「まあ、そうはなるまいさ。どうせじきに嫌気がさして尻尾を巻いて田舎に帰るだろう」

「……じゃとええけど」



「――あとは、帰る前に死なないかが問題だな……」


 不穏にも程があるその一言を、わしは聞かなかったことにした。

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