真の狙い
まだレーコ視点です
「見つかってよかった。子供たちもきっと喜ぶ」
気を失って地面に転がった銀のドラゴンを見下ろして、レーコはぱんぱんと手を叩いた。
三頭象は「先輩、無茶するからッスよ……」とドラゴンの隣で嘆いている。
「さあ、善は急げ。早く子供たちのオモチャにしてあげないと」
そのまま、ずるずるとドラゴンの尻尾を引きずって街に連行していく。
と、呆然と見ていた兵士の一人が慌てて追い縋ってきた。壮年の騎士は引き攣った笑顔で、
「お、お嬢ちゃん? そのドラゴンをどうするつもりだい?」
「街の子供たちが探していた。餌をあげて遊んであげるらしい」
「うん。絶対に何かの間違いだと思うよそれ」
「そんなことはない。ドラゴンなんてそうそういるものじゃない。きっとこれがドラドラ、間違いない」
「いやいや、そんなドラゴンと遊ぼうとする危ない子供だってそうそういるものじゃないよ」
「5人か6人くらいいた」
「おお、聖女様……」
兵士は目を覆って天を仰いだ。
ようやく納得してくれたかとレーコが息をつくと、さらに追ってくる者があった。
三頭象だ。
「待って欲しいッス眷属の姐さん」
「まだいたの。こっちはドラドラが見つかったから忙しい。街を襲うつもりがないならもう消えていい。森に帰れ」
「違うんス。きっとそのドラドラっていうのは先輩じゃないッス。人違いならぬ竜違いッス。よっぽど強力でない限り、魔物は街に入ろうとすると聖女の結界に阻まれてしまうッス。先輩とて例外ではないッス。強引に通そうとすれば身体がバラバラになってしまうッス」
レーコは一瞬だけ足を止めるが、新たなアイデアを得てすぐに歩を進め始める。
「なら、千切れた頭だけでも子供たちに届ければいい。餌付けごっこにはそれで充分」
「きっと教育上物凄くよろしくないッス。子供がそんなクレイジーな遊びに興じてたら親御さんたちは泣いてしまうッス」
「そ……そうだ! この街の子にそんな遊びを植え付けないでくれ……!」
壮年の騎兵は三頭象に熱い目線を送りつつ、互いに何度も頷いていた。
なぜか魔物と人間の間に変な連帯感が生まれようとしている気がする。
「それに自分が言いたいのはッスね、先輩はこの街に入れないんだから、今まで街の子供たちと会ったこともないってことなんス。ってことは、子供たちが言ってるドラドラっていうのとは別物なんじゃないッスか?」
レーコは「あ」と声を漏らして手を離した。
盲点だった。確かに、バラバラにならないと街に入れないのであれば、昨日餌付けされていたという事実と矛盾してしまう。
しかし――。
「本当に聖女の結界がそんなに強い?」
レーコは目を細めて尋ねる。
レーコの体感では、薄紙を破るくらいの抵抗しかなかった。あの程度なら他の魔物もちょっと頑張れば通り抜けられるのではないだろうか。
「いや、眷属の姐さんと邪竜の大親分には毛ほども通じないでしょうッスけど、自分たちには脅威なんス。疑うなら街の境界の水路に向けて先輩を投げてみるといいッス。きっと跳ね返ってくるッス」
「分かった。そうしてみる」
兵士はただ馬上で手を組んで聖女に祈りを捧げている。
街の境界まで辿り着き、レーコは銀のドラゴンをぽいっと水路に向けて放り投げた。
三頭象の言葉が正しければ、決して水路の上を通ることはできず、街の外に弾き出されるはずだった。
――だが、銀のドラゴンの身体は「どぽんっ!」と盛大な水音を立て、普通に水路に沈んだ。
「ああ先輩っ! いけないッス! このままだと溺死してしまうッス!」
予想外の結果に言い出しっぺの三頭象が一番焦って、水路に駆け寄って鼻を伸ばしての救出作業を始めた。
その間、三頭象の方も水路から弾き出される様子はなかった。
「やっぱり。聖女の力なんて大したことない。きっとそれがドラドラ。昨日、こっそり街に入って餌付けされていたに間違いない」
「いや、結界の件を差し引いても先輩はそんな穏やかな趣味の人じゃないッス」
「誰にでも隠したい一面はある」
「えぇ……先輩、もしかして実は子供と触れ合うのが好きだったりするんスかね……?」
水死体さながらの様子で銀のドラゴンが水路から引き上げられる。
「それにしても、おかしいッス。先輩も自分も過去にこの結界にアタックしたときは通り抜けできなかったッス。本当ッス」
嘘を言っている様子ではなかった。邪竜様に忠誠を誓ったこの象が、よもや下らない策を弄するとは思えない。
「ククク……どうやら、作戦は成功したようだな……」
と、いつの間にか意識を取り戻していた銀のドラゴンが不敵な笑いを響かせ始めた。
ただし身動きはできないようで、口から水を噴き出しつつの瀕死状態である。
「作戦?」
レーコの問いに答えたのは三頭象だった。
「あ、そうッス。すっかり忘れてたッス。魔王軍の作戦の第一段階として、先輩が囮になって聖女の結界の強度を弱めるというのがあったんス。破れはしなくても、先輩が全力で攻撃すれば結界の一部に聖女の魔力を集中させることができるッスから」
「そう。聖女も貴様らも、まんまと引っかかったということだ。大いなる風の暴竜である俺の猛攻に焦り、真の脅威を見失おうとは、まったく愚かなものよ……」
「先輩。気は確かっスか? 猛攻らしい猛攻はなかったッスよ。夢でも見てたんじゃないスか」
レーコは銀のドラゴンの口を踏んで黙らせた。
「おそらく、聖女の結界が停止したのは邪竜様のためで間違いない。ついさっき、邪竜様は聖女の元にお向かいになられた。きっと聖女は全魔力を街から引き上げて自衛にあてているはず――まったく無駄な努力ではあるけど」
「そりゃ聖女も哀れッスね」
「それで象。聖女の結界を弱らせて、魔王軍は何をするつもりだった。さっさと言え」
「言うッス。言うッス。眷属の姐さんに隠し事なんかするつもりはないッス」
象は鼻から救助時の水をぴゅうっと噴き出してから説明に戻る。
「ここら一帯の指揮を取ってる高位の魔物が、かなり特殊な奴なんス。自分の身体を持たない――いわば精神だけの魔物で、人間や魔物の邪悪な心に共鳴して身体を乗っ取ってしまうんス」
聖女も元は魔物ッス、と象はつなげて、
「要は先輩が囮になってる間に、そいつが聖女に取り憑いて、底なし沼の魔物時代の心に戻そうとしてるわけッス。そうしたらこの街は全部沼になって沈むでしょうッスから。ま、でも大丈夫ッスね。邪竜の大親分が近くにいるなら、聖女の近くにそんな不届者が寄ってきただけで消されるでしょうッスから」
なんだ、とレーコは安堵する。
「まったくそのとおり。邪竜様がそばにいる以上、聖女がそんな奴に操られる理由はどこにもない。あるとすれば聖女が邪竜様の怒りを買って消されることくらい」
「まっさかぁ、邪竜の大親分は慈悲深い方っすからそんなことはしないッスよ」
「聖女の愚かさは邪竜様の寛大さをすら上回るかもしれない。あれは筋金入りの愚か者」
「ほんとッスか。そりゃあ逆に興味が――」
そのときだった。
街の地面が一気に濁った泥の黒みを帯びて、立ち並ぶ建物を緩やかに沈め始めた。




