【読切短編】レーコの進路指導
「レーコ。お主の将来について話をしておきたいんじゃけど」
ある日の朝。
わしとレーコは森の中に建てたログハウスでともに朝食を囲んでいた。
「はい、分かっております。私は未来永劫に邪竜様の眷属として共にあります」
「うんレーコ。その気持ちは嬉しいんじゃけど、やっぱりお主にもお主の人生があるからの。あと、わしの眷属だとお給料とか出せないから。お金がないとやっぱり不便じゃろう?」
「私ならば黄金を無限に生み出すことも可能ですが」
「そういう無法はダメ。世の中が大変なことになっちゃうし、やっぱりお金というのは額に汗して地道に稼ぐべきじゃよ」
「なるほど。そういうものですか……」
レーコはふむふむと頷いて、
「そういうことでしたら、実はかねてより考えていたビジネスがありまして」
「お主からビジネスなんて言葉を聞く日が来るとはのう」
「こちらをご覧ください」
レーコは指先を宙に振って空間に裂け目を作ると、そこに収納されていた巻紙を取り出した。もうわしはこの程度で動じたりしない。
「どうでしょうか。私がこの手で誠心誠意を尽くして描きました、邪竜様の肖像画にございます」
レーコが広げたのは――絵だった。
子供が描いたものとしてはかなり上手い部類だが、芸術絵画といえるほどには上手くはない。いつもの謎パワーをもってすれば自動的に名画を生み出すこともできるだろうから、きっとこれは特殊な力を一切用いずに描いたのだろう。
「おお、レーコ……お主は絵がこんなに上手かったんじゃね?」
「邪竜様の偉大なるお姿をこの手で描きたいと思い、常日頃から練習しておりました」
「うんうん。では、画家さんになりたいということじゃな?」
「いえ、それは違います。もっとよいビジネスがあるのです」
レーコはえへんと胸を張った。
「たとえばこの絵を水魔めの街に持って行くとしましょう」
「聖女様に売るつもりかの?」
「売るのではありません、貸し出してやるのです。レンタル料は……一年につき、あの街で獲れる作物の一割程度といったところが妥当でしょうか」
わしは目を剥いた。あまりにも法外すぎる値段だ。
「レーコ。さすがにそれは高すぎるし、買ってくれないと思うよ。もちろん脅して買わせるなんか絶対ダメじゃからね」
「違うのです邪竜様。これはお互いに利のある話なのです」
「聖女様サイドにはどんな利があるの?」
「僭越ながら解説させていただきます」
レーコはこほんと咳払いして、絵を両手で高く掲げた。
「この絵は邪竜様の偉大なるお姿を、筆頭眷属である私が手ずから描いたもの。すなわち邪竜様信仰における聖宝と呼んで過言ではありません」
「過言じゃと思うよ」
「この絵画を街に掲げるということは『この街に手を出せば分かっているな?』と――不届きな魔物たちへの警告になるのです。つまり、この絵にお金を出すということは安全を買うということなのです。それを思えば毎年収穫の一割程度を納めるなど安いものではありませんか?」
わしはしばらく考えた。
そのビジネスモデルは知っている。非常によくある手口だ。
「ねえレーコ。そういうの『みかじめ料』というんじゃけど」
「なんと。先進的なアイデアだと思っていたのですが、先を越されていましたか」
「主に伝統的な反社の方々の稼ぎ口じゃね」
絵という方向性はよかったのに、なぜそこから悪辣な方向に舵を切ってしまうのか。
「普通に画家さんを目指すのではいかんかの?」
「邪竜様。率直に申しまして、私の腕では絵で生活費を稼ぐのは難しいでしょう。だからこそ別方面で付加価値を付けようとしたのですが」
「とりあえずお主の武力で価値を生み出すのは禁止で」
なんでも力で解決するような癖を付けてしまったら、本当にこの子の将来が心配になる。
「では、傭兵や冒険者として報酬を得るのも禁止という感じでしょうか?」
「そうじゃね。アリアンテも言っておったけどダーティな仕事もそこそこあるみたいじゃし、お主にはもっと真っ当な仕事をして欲しいの」
「そうですね、学校の教師などには興味があるのですが」
「ん。魔法学校の教師とかかの? 悪くないとは思うけど、お主は天才肌すぎて生徒に教えられるか心配なような……?」
「いいえ。普通の学校で道徳の教師をしたいです」
「なんでそう思ったの?」
わしは穏やかに微笑んで優しく問いただす。
「以前、ライオットから世間で使われている道徳の教科書を渡されまして」
「あの子も涙ぐましい努力を続けておるんじゃなあ」
「読んでみたところ、率直に『ヌルい』という感想を抱きまして」
「ヌルくていいのよ。道徳なんかヌルくてナンボの世界なのよ」
「私が教師となった暁には、よりハードな道徳を生徒たちに叩き込みたいなと」
「それはもう道徳ではないと思うよ」
レーコが空間の亀裂からボロボロに読み込まれた道徳の教科書を取り出した。
まるで『異議あり』とばかりに添削の付箋が大量に挟まっている。敢えて中身は読みたくない。
「一旦ちょっと頭をリセットしようの。レーコ、わしの眷属になる前は将来の夢とかあった?」
「プロの生贄です」
「そうじゃったね。初期のお主ってそんな子じゃったね」
「もしくはケーキ屋さんです」
「うん。そういう物騒な感じのじゃなくて、もっと――え?」
わしは耳を疑った。今、レーコの性格的にありえないほど普通な回答があったような。
「ケーキ屋さん……?」
「はい。プロ生贄よりも優先度は遥かに下でしたが」
「……理由を聞いてもいいかの?」
「ケーキは美味しいですし、見ているだけでとてもワクワクしますので」
わしの目頭が熱くなった。
この子にも年相応の少女らしい普通の感性があったのだ。ダークサイドな性格の奥に秘められた、優しくピュアな心を保護者として育んでいかねば。
「付加価値として『食べたらバキバキに元気が湧き上がるケーキ』なんていうのはどうでしょう?」
「何らかの法に触れると思うからダメ。純粋に味で勝負しようの。さ、そうと決まれば練習用にオーブンとか買いにいかんと!」
が、そこでわしは思い出した。
そもそもわしらに貯金とかないのだ。いや待て、冒険のときの路銀のあまりが少しだけあったような。
「オーブンの費用はこれで足りるでしょうか」
どさっ、と。
レーコが空間の裂け目から革袋を取り出して床に置いた。中にはたっぷりの銀貨が詰まっている。相当な額だ。
「え、レーコ。これは……?」
わしの額に嫌な汗が浮かぶ。
まさか、違法な手段で稼いだ金ではないか。みかじめとか恐喝とか。この子がこんな大金を持っている正当な理由がない。
「あの女騎士が定期的になぜか金を私宛てに送ってくるのです」
「アリアンテが?」
「金を恵んでもらう謂れなどないので全額そのままとってありますが、邪竜様が買い物に要するならばぜひ」
「待って待って。どういうお金? 場合によっては返さんと……」
「最初に送られてきたとき、意味の分からない書状が同封されていました。邪竜様なら解読可能でしょうか」
レーコはその書状を空間の裂け目から取り出してわしの目の前に出す。
そこに書かれていたのは、
【レーコ・レーヴェンディリウス 殿】
貴殿を絶滅危惧希少獣『タイザンカタリトカゲ』の保護官に任命する。
鳥獣保護ギルドの規定に基づき、報酬は年に四度(危険手当込み)。税引き後の額を送金するものとする――……
「邪竜様。その怪文書はどのような意味なのでしょうか?」
わしはとても長い時間、ただひたすら苦笑いをしていた。
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