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迷ってしまって


 日が傾き始め、子供たちが散り散りに帰ってしまってから、わしは深刻なミスに気付いた。

 宿屋の場所が分からないのだ。


 馬車に乗っていたときは四方八方から目を光らせていた警備兵たちも、今は一人としていなくなっている。

 おそらくレーコが「邪竜様がお一人で散歩をしたいと仰ったのに邪魔をするつもりか?」とか言って全員引かせたのだろう。


 お願いだからもう少し警備兵としてのプライドを持って欲しかった。そして道案内をして欲しかった。


 もとより娯楽も少ない農地ばかりの街である。日が陰り始めれば出歩く人間もほとんどおらず、いよいよわしは途方に暮れ始める。

 迷子宣言の声を上げて助けを求めることに心理的な抵抗はないが、邪竜にあるまじきみっともない姿を晒してはレーコに弱いことがバレかねない。


「しゃあないの。外で寝よ」


 散歩の興が乗って宿屋に帰り忘れたとでもいえばいい。

 日が昇ったら適当な警備兵に伝言を頼んでレーコを呼びつけよう。そして適当な理由を付けてもっともらしく宿まで誘導してもらおう。


 それに、外で寝るのはわしにとっていつものことだ。

 ちっぽけな人家で寝る方が狭苦しく感じて――狭い?


「いかん。朝まで待っとったら薬が切れてしまうわい。賞金首の図体で無防備に寝取ったら、無鉄砲な冒険者が襲い掛かってくるかもしれん」


 前言撤回。やはり眠るなら安全な宿しかない。


 徹夜で夜明けを待つという選択はなかった。

 昨晩は狩神からのシゴキを夜通し受けて眠っていない。

 この歳で二日連続の不眠不休は正直つらい。あと数刻もしたら、襲い来る眠気に抗いきれず路上で寝てしまうだろう。そのまま首を取られて二度と目が覚めないかもしれない。


 そして、そうなったときには宿屋で真の邪竜が生まれる。


 もはや、わしの安眠には世界の命運がかかっていた。


「かといって、見つからんよぉ……」


 観光地ではないが、作物の買い付けに来る商人を迎えるためか、宿屋は何軒も連なっている。

 その中からピンポイントでレーコの泊まっている宿を探すなど不可能だ。


 ――こういうときに頼るものは、もう一つしかない。




 筋肉痛の足を引きずって歩いてきたのは、夜になって人もいなくなった聖女の神殿である。

 暗がりの中にあってなお、湧き続ける水は星の光だけで十分にきらめいている。


『お願いします聖女様。どうかわしを宿まで導いてくだされ。無事に一晩寝られたら、もう明日には街を出て行きますゆえ』


 真摯に祈ってみる。

 しーん、と静まったまま、泉にはさしたる反応も見えない。


 それでもしばらく待ち、待ち続けて、ふと気づいた。


 泉そのものでなく、その後ろ。神殿の石柱の影から半身だけを覗かせてこちらを窺っている人影があった。

 影のサイズは小さい。まだ幼い子供のそれだ。


「誰じゃな?」


 問われた影はびくりと身を震わせて柱から顔を出してきた。

 水色の透き通るような長髪を揺らせる、瞳のきれいな少女だった。

 

「え、えぇっと、ドラドラだよね? ほらわたし。さっき遊んだでしょ? 覚えてる? お魚食べさせてあげたよね?」


 こんな特徴的な髪の色の少女にまったく見覚えはないし、魚などここ数百年は食べていない。

 わしは基本的に草食である。


「ほ、ほら。なんだかね、ドラドラが困ってたみたいだから、こっそりついてきたの……ごめんなさい怒らないでください! あ、でも大丈夫だよね――子供には優しいんだよね? この姿なら大丈夫だよね? いいえ何でもないの。とにかくドラドラ、困ってることがあったら何でも相談してね、私は優しくて純粋で親切な子供だから――」


 あまりにも必死な弁明に、わしはすべてを悟った。

 そして、悟ったことを決して口には出すまいと決めた。


「そうじゃの。連れの泊まっておる宿の場所が分からなくてな。よければ心当たりを案内してくれんか?」

「はい! わたし、すっごく勘がいいからたぶんすぐに見つけられるよ! 安心してドラドラ!」


 そりゃあ聖女様だから、街のことはお見通しだろう。

 でも、そう思ったことは内緒である。


「そりゃあありがたい。じゃ、行こうかの」

「うん! だからちゃんと宿に着いたからには明日の朝一番に出て行って――何でもないっ!」


 少女に扮した聖女様は、実にハキハキと道案内した。

 まるで魔法にかけられているかのような近道で街を行き、わしの鈍足をもってしてもものの数分で宿に辿り着いてしまった。


「着いたよ! ここの宿の突き当たりの部屋にお連れの女の子が泊まってる――と思う。わたしの勘」 

「ん。ありがとね。たぶん当たってるから案内ここまででええよ。約束通り明日の朝にはこの街出ていくから安心しといて」


 宿の入口前で聖女様にお辞儀をすると、彼女は目の幅に「ぶわっ」と涙を溜めた。


「やったぁー! 勝ったぁー! わたし、守れたよぉー! 街のみんなぁー!」


 勝利の余韻に浸る彼女にもう一度頭を下げて、わしは宿屋に入った。警備兵が話を通しているらしく、宿の主人は黙って部屋まで通してくれた。


 扉を開くと、正座で待ち構えていたレーコがいた。


「お帰りなさいませ邪竜様。街の下見はどのような印象だったでしょうか」

「下見じゃなくて散歩。まるで今から何かをしでかそうとするような表現はわしよくないと思う」


 それより、とわしは話をすり替えて、


「お主もちゃんと大人しくしておったか? 警備兵とか宿の主人に迷惑を困らせたりしとらん?」

「大丈夫です。邪竜様に仰せつかったとおり、私の全精力をもって大人しくしておりました」

「大人しくするのにそんなに力使うの?」


 わしの不安はたいてい悪い方に的中する。


「申し訳ありません。未熟ゆえ、コツを掴むのに少々時間がかかってしまいました。ですが仰せの通り『大人しく』――心中のあらゆる雑念を捨て、己の意識を未踏の果てにまで辿り着かせることに成功しました」

「わし、そんな壮大なこと言ったかのう。未踏の果て?」

「はい。未来でございます」


 なんかレーコは一人でえらいことをやっていたらしい。

 あえて深くは聞くまいと流そうとしたが、続くレーコの発言はまさしく爆弾そのものだった。


「遅ればせながら、私も理解できました。邪竜様は既に見通されていたのですね。あの聖女の正体が水の魔物であり――魔王軍の一員であるということを」

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