【IF短編】邪竜様&レーコの強くてニューゲームRTA
「どうぞこの私をお召し上がりください邪竜様――はっ」
「いやあ、そう言われても困るのう。わしって草食なんだけど――はっ」
強烈な既視感を覚えて、わしとレーコは互いにぱちくりと目を合わせた。
周囲を見回すと、わしが長年暮らしていた山奥の洞窟である。レーコは松明を持っていて、初めて出会ったときと同じ生贄の装束を身に纏っている。
「ええと、レーコ。これは……」
「――なるほど。どうやら私たちはタイムスリップしてしまったようですね」
「事態の飲み込みが早いねお主」
「はい。千里眼で状況を確認したところ、時間軸が巻き戻っていました」
レーコがその両目を蒼色にピカピカと光らせる。
時間は巻き戻ってもレーコの力は健在らしい。わしの方はどうだろうかと前脚の爪を見てみると、狩神様の黒爪はなくなっていた。残念ながら、貰い物の能力は一緒に巻き戻ってくれなかったようだ。
まあ、わしの力など誤差もいいところなので、すぐに気を取り直してレーコに向き直る。
「それじゃあレーコ、これからどうしようかの?」
「邪竜様の意のままに。ちなみに――今の私の圧倒的パワーならば、今日中に世界を制圧できます」
「『ちなみに』の後の主張がちょっと過激すぎるのう」
レーコは頭の毛をぴょこぴょこと動かして上機嫌そうである。
こういうノリも慣れているので、わしもあんまり動じたりはしない。
「とりあえず、まずは偽眷属さんを探して早めに止めようかのう?」
「ふむ……確かにそうですね。しかし邪竜様、ただ見つけ出して説得するだけではあの者を止めるのは難しいでしょう。邪竜様や私、他にもライオットなど――多くの者が全力でぶつかったからこそ、あの者を最期に解き放ってやれたのだと思います」
「おお、レーコ。本当に成長したのう」
レーコの言う通りである。
あの旅があって、多くの人たちと出会えたからこそ、最終的に偽眷属を過酷な運命から救ってやることができたのだと思う。
「しかし、ここからまた同じ旅路を辿り直すというのも偽眷属さんを待たせてしまうからのう。できるだけ早めに止めてあげられる手段はあるかのう?」
「少々お待ちください。千里眼で運命の分岐ルートを検索してみます」
「頼んだわしが言うのもなんだけど、お主ってもうやりたい放題よね」
レーコが目を蒼く輝かせて「ふむ」と頷く。
「邪竜様。私たちの旅路には無限のバリエーションがあるようです。どこに向かったか、誰と出会ったかで大きくその内容が変わります。たとえばセーレンを出た直後にアスガ王国に向かうルートだと早めに偽眷属と出会えますが、代わりにアスガの王都が炎上するなど……」
「ううん、そうじゃね。スピードを重視しつつも、できれば被害も抑えられる感じのルートがええかのう」
「承知いたしました」
レーコの目がぴかぴかと点滅する。
無限のバリエーションがある運命の分岐から、最良の一つを絞り込んでいるようだ。
「見えました。これ以上ない完璧な旅のルートがございます」
「お疲れ様。どんな感じかの?」
「はい。人的被害も物的被害もほぼ限りなくゼロにできる上、数日以内には偽眷属も救ってやることができます」
「おお、それはすごいのう!」
わしは目を丸くして驚いた。
まさかそんな完璧な旅路があったとは。
「そのためには、とある人物と最優先で接触しなければなりません。その人物こそがこの完璧な旅ルートのキーマンであり、欠かせない運命のピースを担っています」
「誰かのう? アリアンテとかヨロさんとか?」
「いいえ。本来の時間軸の私たちが一度も会ったことのない人物です。普通の旅路ではまず間違いなく遭遇できないので、出会うためにはここで私が召喚する必要があります」
そう言うとレーコは地面に手を当てて魔力を放出した。
レーコの魔力を浴びた地面がブラックホールのように黒く染まり、異次元に通じる道となる。
「ええ、そんないきなり召喚しちゃって迷惑にならないかの?」
「細かいことには動じないメンタルを持っている人物なので、召喚程度では動じないかと」
「じゃあいいかの。呼んでもらえる?」
「かしこまりました」
レーコが高速で何やら手印を結ぶと、異次元の穴から一人の人間が浮かび上がってきた。
そこにいたのは――
髭面にビキニアーマーのおじさんだった。
「レーコ、ストップ。一旦その人を戻してもらえる?」
「かしこまりました」
上半身だけ浮かび上がってきていたおじさんが、再びズズズと闇の穴に沈んでいく。
「ねえレーコ。本当にあの人がキーマンなの? 人違いじゃない?」
「いいえ。間違いありません。あの人物にあらゆる因果の糸が収束しています。世界の特異点といっても過言でないレベルです」
「念のためもう一回、最初から召喚やり直してもらえる?」
レーコがびしりと了解の敬礼をして、もう一回はじめから召喚の手順を踏む。
地面にブラックホールを作り、そこから浮上してくるのは――
やっぱりさっきのおじさんだった。
今度は葉巻を吸っていた。
「うん、レーコ。元の場所に戻して。速やかに」
「かしこまりました」
ズズズとおじさんが闇に沈んでいく。微動だにしないのが不気味だった。
「……あの人はそんなに強いのかの?」
「いいえ。強さはさほどでもありません。しかしあの者の存在が起点となって、多くの者とかけがえのない絆が結ばれていきます」
「本当に申し訳ないんじゃけど、あの人を起点にして絆を結びたくないなあ」
わしはしばらく考えて、ため息とともに地面に伏せる。
『背中に乗ってええよ』とレーコに視線だけで促して。
「やっぱり自由気ままが一番じゃね。まずはここから村にひとっ飛びして、暗明狼を倒そうかの? ライオットも回収して」
「そうですね、そうしましょう。その後にペリュドーナに急行して、ライオットはそこに置いていきましょう」
レーコがわしの背に乗ると、もう慣れきった『影なる双翼』が展開される。
きっと大丈夫だ。運命なんて分からなくたって、今のレーコとわしなら前よりきっといい旅路を歩めるに決まっている。
しかし、ふと疑問に感じてわしは尋ねてみる。
「ところでレーコ。さっきの人は本当に実在するのかの?」
「……どういう意味でしょうか」
「お主って旅にあんまり他の人を同行させたがらないよね。相変わらずライオットも置いていくつもりだし。結局こういうノリになるのが分かった上で、わざと変な召喚をしたのではないかの?」
ちらりと背中のレーコを振り返ると、レーコはにっこりと笑った。
「さてどうでしょう、邪竜様?」
わしも笑った。
こういう冗談が言い合えるようになったことも、これまで旅路のおかげでもある。やっぱり近道の最短ルートなんてつまらない。
次の瞬間、わしとレーコは洞窟から大空に向かって高く飛翔した。
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