【アニメ放送記念IF短編】いきなり話の分かる生贄がやってきた
2023年1月より本作のアニメが放送・配信開始となります!(一部先行放送あり)
アニメ放送開始記念として、現在では入手困難な過去の特典SSを4日連続で投稿いたします!
「……あんたが邪竜レーヴェンディアか?」
「え、何その邪竜ナントカって。わし、名前とかないんじゃけど」
洞窟の中に沈黙が流れる。
松明を掲げてわしの前に立っているのは、神官風の装束に身を包んだ金髪の少年だった。
「いや……ナントカじゃなくて、あんた邪竜なんだろ? 太古の昔から生きてて、魔王にも匹敵する力を持つっていう……」
「えぇっ。違う違う。わし、確かに長生きはしとるけど、全然強くなんかないから。魔王どころかその辺の弱い魔物にだって負けちゃうから」
「……へ?」
このとき互いの目を見つめ合ったわしらは、双方の前提にかなりの行き違いがあるのを一瞬で察した。
元々わしは面倒事を好まぬ草食トカゲである。少年もまた、詳しく話を聞けば生贄としてここに差し向けられたという。まったくどちらにもメリットのない話である。
ゆえに誤解が解けるのに時間はそうかからず、ややも経った頃には少年の帰り支度にまで話は進展していた。
「そんじゃ、お主を村に送り返そうかの。もし遭難でもされちゃわしのせいになるかもしれん。ほれ、背中に乗って」
「ありがとな。ほんと安心したよ。サンキュー爺さん」
山を下る道中、ライオットと名乗った少年は、無事に村まで着いたら邪竜という冤罪を解いてくれると話した。
わしにそんな恐ろしい評判が付き纏っていたことはいまいち信じられなかったが、ともかく無用な争いの種になりそうな風評を潰してもらえるのはありがたかった。
「お。村が見えたぞ。みんなもいるな」
麓の村は木張りの防壁に囲まれており、出入り口の門の前には村人が集まっていた。
「みんなー! 聞いてくれ! 今、ここにいるドラゴンだけど、どうやら邪竜じゃないらしい! 結構いいやつだから、あんまり警戒しないでくれ!」
ライオットの声に、緊張を浮かべていた村人たちがにわかに当惑し始める。村の門をくぐってライオットを地に降ろすと、困惑はさらに広がった。
「ど、どういうことだライオット? この御方は邪竜レーヴェンディアではないと?」
「らしいぜ」
ざわざわと村人たちがわしを見て騒ぎ始める。こんな立派なドラゴンなら、邪竜でなくても友好的に村を守ってもらえるのではないか――などと。
「えっとな。わし、身体は大きいけど全然強くないのよ。お主らとは仲良くやりたいと思うけど、魔物とかと戦ったりはほとんどできんから。ごめんの」
なんだ、と失望の目線が一斉にこちらに向けられる。ライオットは声を潜めつつ「みんな失礼でごめんな」とさりげにフォローを入れてくれる。
わしはええよと頷く。悪評を収めることができただけで十分だ。ゆっくりと踵を返し、山に帰ろうとしたとき。
「みんな、騙されてはいけない」
凛とした冷たい声が静かに響いた。声の主は、短い黒髪を揺らす少女だった。
「ライオットは操られている。そのお方こそが邪竜レーヴェンディア様で間違いない」
「……何言ってんだ? レーコ。俺は操られてなんか――」
「あれほどのお方を邪竜でないと言うなんてありえない。正常な判断力を失っている証拠」
レーコと呼ばれた少女は、わしの足元まで駆けてきて、まじまじとこちらを見ている。
「きっと生贄が気に入らなかったから、あなたに嘘を言わせてこの場を流そうとしている。だけど心配はいらない。ここに生贄の真打がいる。さあ邪竜様。この私、レーコを一口にお召し上がりください」
「ええと、ライオット。この子はいったい? 生贄の真打とかいう斬新なフレーズが聞こえたんじゃけど」
「……ああ。そいつは、うちに居候してる変わり者で……」
そのとき「かーん!」と村の半鐘が鳴り響いた。次いで、魔物――暗明狼の襲撃を告げる見張りの声が村中に轟く。
「ま、魔物? いかん、こりゃ早く山に逃げんと」
「ダメだ爺さんドラゴン! 今村を出たら奴らに食われちまうぞ! 籠城だ!」
「さあ邪竜様、早く私をお召し上がりください」
村中が浮足立つ中、一人だけ異常に冷静な子がいる。
「あの、レーコと言ったかの? お主さっきから生贄がどうとか言うとるけど、わし草食じゃから。あと早く建物の中に逃げなさい。危ないから」
「邪竜様のそばにいて危ないことなどありません」
「いやいや危ないって。わし弱いもん」
「なるほど、確かに邪竜様の力は往年より衰えているかもしれません。創造神を屠ったあの力は、禁忌として自らの内に封印されましたから……」
「わし、そこまで高次元な話をしてないよ?」
「ですが心配はいりません。このスペシャルな生贄である私を食らうことで、邪竜様は全盛期の力を取り戻すことができます。この私が保証します」
「どういう根拠でその効能は保証されとるの? どこかで調べとるの?」
なお、このときライオットはレーコの手を引いて逃げようとしていたが、伸ばす手をすべて見事に叩き落とされ続けていた。
そんな場違いに悠長なやりとりをしているうちに、村の門がギシギシと不穏に軋み始めた。わしは慌てて少女の眼前に伏せる。
「いかんって。狼が来たらお主も食われてしまうよ。そんなの嫌じゃろ? 早く逃げよ?」
「そうですね……私の身は邪竜様のもの。獣ごときに横取りされるわけにはいきません」
そういう意味じゃなくて、とわしが言いかけたときだった。
籠城に閉ざされていた門が破られ、白い狼の群れが雪崩のごとく村に押し寄せて――
どこからともなくいきなり放たれた光の斬撃に呑まれ、一頭残さず消滅した。
誰もが唖然とする。唖然としていないのは、わしの方をずっと見ながら文字通りの片手間で光の斬撃を放ったレーコとかいう娘だけである。
「えっと、お主……? 今のすごい攻撃は……?」
「この力……。そうですか邪竜様、ついに私の魂を食べられたのですね……。そして私は眷属になり力に目覚めたと。この力こそ邪竜様が私を食べられた動かぬ証拠……」
「すごい強引なスピード解釈で既成事実を作らないでくれるかの」
「そして邪竜様も新たな創造神となる決意を固められたようですね……」
「待ってお主。一旦落ち着いて。文脈を整理してくれないとわしの理解力がそろそろ限界」
汗を噴き出していろいろと戦慄するわしの背に、レーコがぐいと登って来る。
「それでは参りましょう邪竜様。魔王を倒す遠大なる旅路、微力ながらこの私も――」
口上とともに、わしの背中に黒い翼が広がる。それはダメだ。わしはもう飛びたくない。
――もう?
そこで目が覚めた。目を開けばそこは朝日の昇る草原で、背中にはレーコが乗っている。
「……夢かの?」
やけにリアルな夢だった。ライオットが生贄になる予定だったという話を前に聞いたから、それから連想したのかもしれない。結局、夢でもレーコの存在感は消えなかったが。
「……邪竜様」
すやすやと眠るレーコが、わしの背中で寝言を呟いた。起こさぬようにわしはそっと伏せ、自分も二度寝に入ろうとする。
「邪竜様の生贄は、私以外にはありえません……誰にも譲りません……」
むにゃ、と呟いてレーコはわしの背中の上で器用に寝がえりを打った。
わしはしばらく、凍るように寒くなった背筋をどう温めたらよいか考えていた。




