伝説はいつまでも
緑深い山の中を、四人の男が歩いている。
それぞれに剣や弓といった武装を携え、練達した雰囲気を漂わせている。
「おい、この山に高値で売れる珍獣がいるって話、本当なんだろうな?」
「ああ間違いない。目撃情報で確認したが、大昔に滅んだはずのタイザンカタリトカゲにそっくりだ。生け捕りにできれば金持ちが欲しがるだろうよ」
「だけどこの山は、邪竜レーヴェンディアが住んでるって話だろう?」
先頭を歩む髭面の男はふんと笑った。この中では最年長であり、リーダー的な男だ。
「なぁにが邪竜レーヴェンディアだ。あのドラゴンは、ちょっと前にペリュドーナで死んだんだろう? 魔王を倒した後、弱ってるところをあの街の冒険者どもに討たれた――そういう話じゃねえか。いまさらこんな山にいるわけねえ」
その言葉に、続く三人も笑みを浮かべて頷いた。
邪竜レーヴェンディアといえば人類の恐怖の代名詞だった。しかし先日、忌むべき魔王とともにその存在は消えた。たとえこの山が、かつてレーヴェンディアが根城とした場所と伝えられていたとしても、もはや恐るべきものは何もない。
――はずだった。
「う、うわぁっ!」
異変は一人の男の悲鳴とともに始まった。
髭面の男が背後からの悲鳴に振り返ると、後ろについてきた三人の子分のうち一人がいなくなっていた。
「おい、あいつはどこいった?」
「わ、分かんねぇっす。一瞬だけ目を離した隙にいなくなっちまったっす」
髭面の男は素早くしゃがんで周囲を確認する。転げ落ちるような崖や斜面はどこにもない。
ただ、一つだけ妙なものがあった。
「なんだぁ? この水溜りは……」
雨も降っておらず、湧き水がある様子でもないのに、山道の中にぽつんと水溜りがあったのだ。
もしかすると、消えた男がちょうど踏むような位置だったかもしれない。だが、底なし沼でもない水溜りごときに、大人一人が消え失せるなどありえない話だ。
「ちっ、大便か何かでどっか行ったか……?」
「だけど親分。あいつ、悲鳴を上げてませんでしたかい?」
「怯えてんじゃねえ。おおかた、漏らしそうで慌てたんだろうよ」
「う、うわぁあっ!」
楽観的な解釈を下そうとした瞬間、新たな悲鳴が上がった。
髭面の男がまた振り向けば、子分の一人がまた姿をくらましていた。
「お、おい。今どうなった!?」
「お、親分! 上! 上に!」
「上ぇ!?」
子分の一人が指差す頭上を見れば、そこに悲鳴を上げた一人がいた。
――蜘蛛の巣のような糸に全身を絡めとられ、力なく吊るされた子分が。
「う、うわぁああっ!」
残った子分の一人が恐怖に怯えて走り出す。
「おい! 待ちやがれ! こういうときは慌てんじゃねえ!」
そう言いつつも、親分も動揺を覚えていた。
子分たちも素人ではない。低級な魔物がちょっかいをかけてきたとしても、すぐにやられるようなことはないはずだ。
よほど強力な魔物がこの山を根城としているのか。
それも、謎の水溜りと、蜘蛛の巣のような糸。明らかに違う二種類の能力を使いこなす魔物が。
そこで、前方を逃げていた子分がすがるような声を発した。
「あぁっ! そこの! そこの冒険者のお方!」
藪をかきわけた先に、鎧姿の冒険者がいた。
全身を覆う重装の鎧に、見上げんばかりにいかつい長身の体躯。見るからに頼りがいのある一流の冒険者だった。
「む? 吾輩に何か用であるか?」
「はい! この山に入った仲間が次々にやられてしまい……山の魔物の仕業に違いありません! 助けてください!」
子分は鎧の大男に縋りついていたが、親分は途中で足をとめた。
何かがおかしい。
この大男からは、人間らしい雰囲気がしない。それよりももっと、畏ろしい雰囲気を漂わせている。
「ふぅむ――それは、吾輩の知り合いの仕業だろうな。この山の『主』は、そんな小物を相手にする奴ではない。なんせあいつは吾輩を倒した傑物であるからな。何を隠そう吾輩は、今からそのリターンマッチに挑むところでは。わはは」
「へ?」
「貴様らも奴に挑みに来たのかもしれんが、悪いことは言わんのである。ここらで引き返せ。でなくば、奴の眷属が貴様らを跡形もなく消し飛ばしてしまうかもしれんぞ――寝ておけ」
親分は咄嗟に踵を返して逃げ出した。
背後では、子分が断末魔じみた悲鳴を上げて地面に倒れ込む音がした。
意味が分からない。
この山に住んでいるのは、でかいだけで戦闘力もほとんど持たないトカゲのはずではなかったか。なぜ、次から次に恐ろしげな存在が湧いて出てくるのだ。
額に汗して駆け抜けた獣道の先で、とうとう親分はそれを見た。
――巨大なドラゴン。
外見は、タイザンカタリトカゲにそっくりだった。
しかしそれから放たれる威圧感は、とても草食動物のそれではない。世界を滅ぼしてなお余りある暴虐の気配を濃密に漂わせ、こちらを一飲みにせんというほどの凶悪さをもってこちらを睨んでいる。
これはまさか。
本物の。
邪竜。
「う、うあぁああぁああっ!!!」
あまりの恐怖に、親分は失禁して気を失った。
――――――――――――――………
「もう、レーコったら。出会い頭に殺気を放出してはいかんと言ったじゃろ?」
「は。申し訳ありません。しかしこいつらは不敬な意図をもって山に侵入してきたようですので、つい敵意を抱かずにはいられませんでした」
草を食べていたら、いきなり藪道から男が飛び出してきて、わしの姿を見るなり気絶した。
その原因は言わずもがな。
わしの背中に座っていたレーコである。挨拶代わりとばかりに、侵入者に殺気を発したのだ。
「トカゲさーん。また変な人が入ってきてましたよ!」
「レーヴェンディア! あたしも一人捕まえた!」
「我輩もあっちに一人寝かせているのである」
続いてぞろぞろと、聖女様と操々とヨロさんが草をかきわけてやってきた。
「あ、みんなごめんの。捕まえた人は麓に届けておいてくれるかの?」
これが最近のわしの日常だった。
『邪竜レーヴェンディアは魔王を倒したものの、弱体化したところをペリュドーナで討たれた』という話が巷間に広まり、わしの存在はなかったものとされた。
だが、そのおかげでこの山にはわしという珍獣を求める密猟者が相次いで踏み入るようになったのだ。
それをレーコや、たまに遊びにくる友人たちが捕まえてくれる日々である。
「ところで竜よ。今日こそは吾輩のリターンマッチを受けてくれるのであろうな?」
「あ、ごめんのヨロさん。今日はわし具合がいまいちよくないから、あと三十年くらい待ってくれるかの?」
「むう。万全でない貴様とやるのは本意ではない。仕方ない。そのくらいなら待ってやるのである」
聖女様、操々、ヨロさんの三人は日常的に暇なのか、それぞれ二日に一度はこの山に顔を出してくる。こうして一度に集まることも稀ではない。
が、今日はこれに加えてもう一人の来客がいた。
「今日も四人か……相変わらず多いな」
アリアンテだ。
藪を大剣で斬り払い、労した様子もなく山道から姿を現した。
「あ、珍しいの。お主も遊びに来たんだ」
「遊びに来たわけじゃない。お前に話があって来たんだ」
そうやってアリアンテが懐から広げたのは、ギルドの注意喚起書だった。
「近頃、お前らがこの山に踏み入る連中をことごとく返り討ちにしているせいで、この一帯が魔境に指定されつつある。じきに調査隊が結成される運びだ」
「たとえ万軍の調査隊だろうと関係ない。私が全員消してやる」
「レーコ。いつも言っておるけど、そういう発想をしてはいかんって」
腕組みをしたアリアンテが、少し笑って頷く。
「ほとぼりが冷めるまで、少しこの場を離れていろ。旅の続きと思えばそう面倒なことでもあるまい」
「……でものアリアンテ」
「心配は無用だ」
わしの懸念を先読みしたかのように、アリアンテが言葉を続ける。
「麓の村で、ライオットが祠の世話をしている。あいつが戻ってきたら、すぐに分かるさ」
「……そっか。ライオットが戻っておるのね」
わしがこの山に残っていたのは、いずれ戻る偽眷属さんを待っていたからだ。
彼が戻って来たとき、いつでもおかえりと言ってあげられるように。
「……すぐに復活できるはずなのですが、あの眷属二号は何をやっているのでしょう」
「まあ。あの人にも心の整理というか……時間が必要なんじゃろう。わしも主として待っていなければね」
だが、ライオットが彼を待っているというなら、わしがしばしの間ここを空けることも許されるだろう。
あまりこの山に長居して騒ぎになってもよくない。わしは、背中に座るレーコを振り返る。
「じゃあレーコ。しばらく旅行でもしようかの? もう目的とかはあんまりないけど……それでも、いろんな人に会うのは楽しいもんの?」
「はい。邪竜様が行くのであれば、私は世界の果てまでへも付き従う所存にございます」
レーコとの旅は大変ではあったが、これまでの孤独な暮らしよりもずっと楽しかった。
だからこの先の旅も、きっと楽しいものに違いない。
「ただしレーヴェンディア。くれぐれも行き先でトラブルを起こしてくれるなよ」
「はは。大丈夫じゃよ。もう魔王軍も敵もいないんじゃし、頼んだってトラブルなんて起きはせんよ」
これまでのドタバタも、思い返せば楽しかった
それがなくなることに、本音を言えば多少の寂しさもある。だが、やはり世間は平和に越したことはない。
わしはレーコとの旅路を平穏にエンジョイするとしよう。
「まあ、安心しておくれ。もし万が一でも何かトラブルがあったら、すぐお主に相談するでの」
―――――――――――……
数日後。
『アスガ王国壊滅! 生きていた邪竜レーヴェンディア! 王都は火の海! 人類に成す術はあるのか!?』
復興途中のペリュドーナの仮設宿舎。その頂上の司令塔が、街の指導者のアリアンテの居室だ。
そこで新聞の一面記事を開き、アリアンテはただ沈黙している。
薬の効果でミニサイズになっているわしは、その正面に座り込んで――
「てへっ」
同時、わしの顔面にアイアンクローがかまされる。
「旅に出ろとは言ったが、いきなりこんな騒ぎを起こせと言った覚えはないぞ。いったい何があった?」
「ち、違うのよ。新聞の記事は誤解と誇張のオンパレードで……。実際は人的被害は出てなくてね……まあ王都は火の海にはなったけど」
「どんな事態があったらそうなる?」
「それはいろいろ、不幸な偶然と予期せぬトラブルと運命の悪戯とレーコの暴走が噛み合ってしまってね……」
わしとアリアンテが言い争う中、レーコはドヤ顔でわしの背中に跨っている。
「邪竜様の威光は多くの者どもを惑わる。行く先々で天地を返すような騒ぎが起こるのは避けられぬことだ……」
「で、実際のところ何があったんだレーヴェンディア?」
「魔王がいなくなって、魔物たちの覇権争いが始まっておるみたいでのう。さらにアスガの国王さんと妹さんが輪をかけて変な人で、えらいトラブルが起きてしまって」
その事態を一言で説明することはとてもできない。
だが断言できるのは、これからもわしに平穏は訪れなさそうということである。
「さあ、この調子で各地を巡って各国を手中に収めていきましょう邪竜様。魔王がいなくなった今、我らの世界征服を阻む者はどこにもいません」
この上なく楽しそうにわしの背中ではしゃぐレーコ。
この子は本当に、わしの伝えたいことを分かってくれたのだかどうだか。
それでもわしは、嘆くようでいて、きっと楽しんでいたのだと思う。
もうわしは一人ではないのだから。
これからもみんなと、騒がしく楽しくやっていけるのだろうから。
「……ありがとうの」
そんな今を作ってくれた、優しい嘘の語り手にわしはそっと感謝を告げる。
レーコは今にも、次の目的地に翼をはためかせようとしていた。
これにて『齢5000年の草食ドラゴン、いわれなき邪竜認定』の本編は完結となります!
約三年間、これまでお付き合いくださった読者の皆様方には本当に感謝しかありません!
本当にありがとうございました!
本編は完結となりますが、今後も短編や番外編などは更新していきたいと思っています
邪竜様とレーコをこれからも見守っていただければ幸いです
また、コメディファンタジーの新作で『落第魔術師を伝説にするまでの果てなき英雄譚』を連載中です(※下記リンク)
今年8月に電撃文庫より書籍化も決定しておりますので、この機会にどうぞ読んでみていただければと思います
そして改めてもう一度
読者のみなさま、本当にこれまでありがとうございました!




