宝石飾りの短剣
朽ちたドラゴンと一体化した偽眷属が咆哮する。
悲鳴のようにも、慟哭のようにも聞こえる。
「露払いはお任せください。我が力で万難を排してみせましょう」
迎撃に放たれる偽眷属の攻撃は、すべてレーコが消し飛ばしていく。
光条を打ち払い、爪の斬撃を殴り砕き、襲い来る無数の鱗を睨んだだけで無力化する。
「偽眷属さぁ――んっ!! 目を覚ましてくれるかの――っ!!」
周囲を旋回しながら呼びかけるが、反応はない。
ドラゴンの頭部に同化した偽眷属は、その上半身を項垂れたまま一言も発しない。
彼はこのまま、邪竜レーヴェンディアの残骸として死ぬことを望んでいるのかもしれない。
「……レーヴェンディア。試してみたいことがあるんだ」
そのとき、ライオットが言った。
「試す? 説得かの?」
「いや。あんたが説得してダメなら、俺がやっても無駄だと思う。でも……一つだけ考えがある」
言葉にあまり自信はなさそうだったが、ライオットの視線が一瞬わしに落ちた。
いや、正しくは、わしの身を護るように覆う銀色の風に。
唾を飲んだライオットは、やがてこう言った。
「レーコ。その短剣で、あのドラゴンを斬ってくれ」
――――――――――――……
かつて『騙』と呼ばれた神の成れ果て――偽眷属は静かな眠りの中にあった。
もはや不毛な嘘を並べ立てることに、疲れた。
それでも今は幸福だった。たとえ一時にせよ嘘は現実となった。自分はこのまま望んだ邪竜レーヴェンディアとして、死を迎えることができるのだ。
望んだ?
本当にそうだったろうか?
邪竜レーヴェンディアという嘘を望んだのは、そんな存在になりたいからだったろうか?
違う。あの嘘は、何かを護る――
眠っていながら、酷く不快な頭痛が身を苛んだ。
再び偽眷属は意識を闇に落とす。あとはただ、身に残った魔力が失せて、自壊するのを待てばいい。それだけだ。
『悪かった』
そのとき、誰かの声が聞こえた。
未だ覚醒せぬ意識の中、偽眷属はその言葉を黙って聞く。
『お前にばっかり重荷を背負わせちまった。やっぱり俺は詐欺師失格だよ』
誰だったか。この声は。
『でもな、あと一度だけ目を覚ましてくれ。あのトカゲが――きっとお前を、助けてくれる』
声が遠ざかっていく。
その声を追うように、偽眷属は僅かに意識を取り戻して目を開く。外界の景色が視界に飛び込んでくる。
――剣があった。
空を翔けてこちらに向かってくるのは、タイザンカタリトカゲ。
そしてその背には、大爪と呼ぶにふさわしい形状の大剣を掲げた少女がいた。
眷属の少女。レーコだ。
宝石飾りのついた短剣に魔力――ではない。何か。名状できない力を流し、光り輝く大剣を象っている。
そうか。
トドメを刺してくれるのか。
所詮、己は嘘偽りの存在だ。本物の眷属に討たれて死ぬなら皮肉が効いていていい。
だが、満足して再び意識を落とそうとした偽眷属の耳に、さきほど夢現で聞いていたものとよく似た声が届いてきた。
「これは、邪竜レーヴェンディアに届く剣だ」
大剣の柄に手を添える、金髪の少年の声だった。
―――――――――――……
【邪竜レーヴェンディアは、勇者との戦いにおいてただ一つの手傷しか負わなかった】
【だが、脆弱なる人間が刻んだその傷に、レーヴェンディアは人間の可能性を見た】
【そして、血肉を求め荒れ狂う暴虐の竜は、爪を隠す沈黙の竜として平静を守るようになった】
それが『邪竜レーヴェンディアの伝承』だ。
「レーコ! ライオット! ドラドラさん! 頼むからの!」
『風雨竜だ』
呼び名のうっかりミスに突っ込みを浴びつつも、わしは偽眷属に向かって飛んだ。
レーコの持つ宝石飾りの短剣は、邪竜レーヴェンディアを倒すためのものではない。
――その暴虐を鎮めるためのものだ。
わしの身を護るために編み出された歪な嘘を、もう一体の『邪竜』に届ける。
それが今できる最後の作戦だ。
「頼む、レーコ……!」
「任せておけ。邪竜様の想いも、貴様の謝罪も何もかも――」
光刃が奔る。
「この一閃で、すべて届けてやろう」
斬撃。
レーコが振り抜いた大剣は、自壊していくドラゴンと偽眷属の身を真っ二つに分離した。
ドラゴンの残骸は核を失って霧のように溶けていく。
そして空中に投げ出された偽眷属の身もまた、その輪郭を失って消滅しつつあった。
「偽眷属さん!」
まさか失敗したのか。
そう焦るわしだったが、すぐに違うと気付いた。
「感謝します。我が主」
砂のように崩れ落ちながら、偽眷属が確かにそう告げてきたのだ。
割れた仮面の下に、優しい瞳を覗かせながら。
「またいつか――お目見えする許可をいただいても、よろしいでしょうか」
その問いに、わしは一も二もなく頷いた。
「もちろんじゃよ。わしは長生きじゃから。また会えるのをいつまでも……ずっと待っとるからの」
嬉しそうに目を細めて笑ったのが、偽眷属の最期の姿だった。




