眷属究極体アルティメットレーコ
「前に、セーレンでお主が暴走してしまったときのことを覚えているかの?」
「もちろんでございます。その節は、邪竜様の手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」
「ええのよ。たぶん、それがわしの役割だったんじゃと思うから」
黒い光条と銀風がせめぎあい、目の前で火花のような光を散らしている。
そんな苛烈な状況かにあっても、不思議と音は静かだった。
「ずっと考えておったのよ。なんでわしにはお主の力が効かないのかなって」
「眷属たる私の力が、邪竜様に通用する道理は存在しません」
「うん……そうじゃね」
わしは否定せずに頷く。
「そんな風に『もしものときに止めてくれる誰か』がお主には必要だったんじゃと思う。お主は強いけど……まだ子供じゃから。それだけ大きな力をたった一人で抱えるのは、重荷すぎるでの」
「邪竜様?」
「レーコ。実はね、わしは弱いのよ」
不安を誤魔化すように、わしは少しだけ微笑む。
「そもそもドラゴンですらなくて、厳密にはトカゲの仲間でのう。こうやって飛べてるのも、みんなが力を貸してくれてるおかげで、本当は魔力なんて持ってないんじゃよ。生まれてこのかた、喧嘩みたいなこともほとんどしたことがなかったし」
レーコが何か言いかけた気配があったが、わしは首を振って制した。
ここで言葉を止めては、もう二度と言えない気がした。
「だから、わしがお主に魔力をあげて眷属にするなんてことはできないのよ。お主の魔力が効かないのはきっと……お主の方から眷属になってくれたからじゃね。わしなんかを選んでくれて、本当にありがとの」
たぶんレーコは無意識ながらに、強大すぎる己の力を制御してくれる存在を欲していたのだろう。
それゆえ『自分より強そうな存在』を求めていた。そこにたまたま、外見だけでわしが合致したのだ。
「でもね、そろそろお主も独り立ちしていいころじゃと思う」
いいや、元からわしの支えなどごく僅かなものだったろう。
レーコはこれまでずっと、立派に戦ってきた。言動にいろいろと問題は散見されたが、それでも無実の人を傷つけたことはない。(※聖女様など一部の例外を除く)
「もうお主は強い子じゃから、どんな力でも使いこなせるはずじゃよ。たとえお主が『邪竜の眷属』じゃなくたって」
レーコがわしのことを主とみなさなくなれば、『邪竜に対して攻撃が効かない』という唯一の弱点は消滅する。
もちろん、手綱を失ってレーコが暴走する危険もある。しかしわしは、成功すると信じていた。
もうレーコは大丈夫だ。わしがいなくとも、暴走なんてしない。
「邪竜様」
レーコの呟きとともに、掌がかざされた。
攻撃を防ぐ盾のような力場が発生し、偽眷属の放っていた黒い光条を瞬く間に減衰させる。
――レーコの魔法が、偽眷属の攻撃に通用した。
それはすなわち、この奇妙な主従関係の終わりを告げていた。
「……これまですまんかったの、レーコ」
「さすがでございます。このような状況においても、ユーモアを忘れずにウィットな冗談を言う余裕まであるとは。これは私も奮起せねばなりません」
「え?」
たまらずわしが背中を振り返ると、いつもと変わらずけろりとした顔のレーコがいた。
「えっと、レーコ? 話を聞いておった? わしはお主に力なんかあげてなくて」
「何を仰います。私の力は邪竜様からいただいたものに他なりません」
わしに気を遣っているわけではない。
自信満々にわしを信奉する、平常運転のレーコだ。
「それに、もし。たとえこの魔力が邪竜様のものでなかったとしても、そんなことは些細な問題に過ぎません」
レーコが短剣を構える。
偽眷属の光条を打ち破らんと、正面に向けてまっすぐに。
「邪竜様はこれまでずっと、私に手本を見せてくださいました。誇り高き強者としての威厳を、慈悲深き支配者としての貫禄を。不肖の眷属ではありますが、それを見落とす私ではありません」
前にヨロさんが、わしのことを強いと言ってくれたことがある。なんの力もない、わしのことを。
それと同じだろうか。この子も。
「魔力がどうこうなど、いまさら何の意味もないのです。私が邪竜様よりいただいた力は、魔力などよりも遥かに強く、大きいものなのですから」
レーコが微笑みを見せた。
とても優しく、穏やかな笑みだった。この子はわしが思っていた以上に、ずっと成長していたのだ。
「そっか……うん。ありがとのレーコ。わしは嬉しいよ……」
「はい。そうやって邪竜様からいただいた偉大なる力を、こうして刃に込めて放つのが――【真式・絶・竜王の超大爪】にございます」
「うん?」
わしが首を捻るのと、レーコが短剣を振り抜くのはほとんど同時だった。
――偽眷属の放っていた黒い光条が、一瞬で真っ二つに裂かれて消し飛んだ。
「もとより邪竜様はこの世の理の外にある存在。眷属たる私も、魔力などというこの世の窮屈な概念に囚われてはいけないということですね」
新技の成功にウキウキ顔で拳を握るレーコ。
一方、青ざめるわし。
これまで以上に何が恐ろしいかというと――今の超絶威力の攻撃が一切の魔力を介さずに発動されたことである。
物理攻撃でもなく、魔法攻撃でもない。
まるでよく分からない原理の力だった。
「まさしくこれが、邪竜様の真なる力というわけですね……」
「本当にそうかなあ。わしが言いたかったニュアンスはこういうことではなかった気がするなあ」
例によってわしのボヤキはスルーされる。
「さあ、参りましょう邪竜様。この力をもって、あの偽眷属を救ってやりましょう」
「大丈夫? 安楽死とか言って消し飛ばしたりする気じゃないよねお主?」
「ご安心ください」
レーコはえへんと胸を張った。
「私が暴走したとき、邪竜様は身をもって助けてくださいました。奴は――あのときの私と同じです。ならば私も、邪竜様と同じように救いの手を差し伸べてやりましょう」
「……そっか。そうじゃね」
本当にこの子は人の話を聞いてくれない。
一世一代の決意での真相告白だったのだが、結局この子には伝わったのだかどうだか。それに、めちゃくちゃ曲解されてパワーアップまでされてしまった。
でも、それでいいのだと思う。
話はあんまり伝わってなくたって、大事なことはしっかり伝わっていたのだから。
そんなレーコのおかげで、わしもこれまで楽しかったのだから。
「それじゃレーコ! 頼りにしとるから、援護をよろしくの!」
迷いも不安も吹っ切れて、わしは力一杯に飛翔した。




