表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/209

魔王よりも生贄少女の方が怖い


 宴の篝火を眺めながら、新鮮な青草が食いたいと思った。

 昼から何も食べていないが、こちらは生贄の魂で満腹という建前上、何も食えぬまま高楊枝である。


 ただぼんやりと火に照らされつつ、今日の出来事を振り返っている。


 ――何か、わしは悪いことをしただろうか。


 いいや、思い返してみても責められるようなことはしていないと思う。

 生贄の子が規格外にトチ狂っていたのが、この事態に陥った最大の原因だ。

 背中に正座したままのレーコに向けて、わしはできるだけ威厳を持たせて言う。


「のうレーコ。魔王とはわし一人で戦うからお主はこの村に残ってよいぞ。そして村を守るがよい」

「何を仰います。眷属とは主と命運を共にするもの。邪竜様が魔王と鎬を削るならば、私は一本の鋭き爪として役を果たす所存です」


 何で無駄に忠誠心高いのこの子?

 村に置き去りにできたらそのままトンズラできるのに。


 ただ、ヤバい子といえどやはり膨大な魔力の覚醒に身体が追い付いていないらしい。さっきから背中で急に重さのバランスが崩れるのは、眠気で首をかくかくと落としているからだろう。


「眠っていたらどうだ。無理して起きずともよい」

「主人を差し置いて寝る眷属はおりません……」

「まだ眷属となったばかりで身体に負担がかかっているのだ。無理をして体調を崩されてはわしも困る。命令だ、寝るがよい」

「では、仰せのままに」


 ばたんっ、といきなり背中で重さが倒れた。

 言うことを聞かせるには方便が必要だが、それがますます思い込みを深めるという悪循環に嵌っている気がする。


 と、宴のまとめ役であるらしい壮年の男性が近寄ってきた。


「邪竜様、お機嫌はいかがでしょうか? これより村人総出で伝統の演舞を行いますので、ぜひともお楽しみください」

「あ、うん。楽しみにしとるよ」

「恐縮でございます! 邪竜様の門出にふさわしいものとなるよう決死の覚悟で舞わせますので、もしお気に召さなければいつでも演者の首をお刎ねください」

「えぇ……。いいって、わし、そんな趣味ないから」

「何と! さすが、魔王と違ってお慈悲深い!」

「わしの比較対象が魔王なのをどうにかしてくれん? ……ところで、このレーコという娘じゃけど」


 わしは背中を低くしてレーコの姿を見せる。


「な、何かお気に召さぬ点がございましたでしょうか?」

「いんや。特にそういう文句があるわけじゃないんじゃけど。ほれ、わしがいなくなったらこの村を守る者がおらんくなるじゃろ? その保険としてこの子を置いていこうかと思うから、お主らも説得してやってくれんか? なかなか頑固でわしについてくると言って聞かん」

「お気遣い痛み入ります! しかしその娘は既に邪竜様に捧げたもの。魔王討伐の助けとなるならば、ぜひお連れ行きください。我々男衆でこの村は守りますゆえ……」


 わしは年季の入った眼力で男をじっと見据える。

 なるほど、表向きはそう言っているが、心底レーコにビビっていると見える。魔物の襲撃を受けるよりも、村の中に魔物同然の存在を飼っておく方が遥かに嫌なのだろう。


 こいつ、普通に人間なんじゃけど。

 下手な魔物より恐ろしいことに違いはないけれど。


「なら、少しばかり話をしたい者がいる。貴様の息子はどこじゃ?」


 こちらは眼力を使うまでもなかった。

 壮年の男性の髪はライオットと呼ばれていた反抗的な少年と同じ金色で、身なりも同じく上等だ。推察だけで十分に親子関係が窺える。


 しかし、息子の名指しにあらぬ推測をしたのか、男はさっと顔を青くした。

 膝を付いて額を地に叩きつけ、


「わ――私の息子が邪竜様に大変な無礼を働いたのは事実であります。ですが、どうか命ばかりはお許し願えないでしょうか。何となれば引き換えに幾人でも他の生贄を用意いたしますので」

「そういう物騒なのじゃなくてな。わしはちょっとあの息子と話がしたいだけじゃ。見た限り、あの者がレーコと最も親しかったようじゃし、連れて行くにせよ置いていくにせよ、眷属の人柄はよく知っておきたいじゃろ? あ、でも暴れられたら面倒じゃから縄で縛ったまま面会させてな」


 また襲い掛かられたら今度こそ弱いのを隠せない。

 少年の父は悩んでいたようだったが、やがて諦めたように肩を竦めた。


「では、こちらへどうぞ。今は厩に閉じ込めております」

「そこまでせんでもええのに」


 案内された先には粗末な馬小屋があった。

 上流の身分の子弟がこんなところに押し込まれるとは、相当に村人の怒りを買ったのだろう。あるいは、わしに対して反省をアピールするためかもしれない。


「おや、どうされましたか竜神様。それに祭司まで。やはり門出の祝いに息子を捧げる御趣向ですかな?」


 まるで待ち構えていたかのように、馬小屋の影から出てくる人物があった。

 驚きを隠しつつよく顔を見れば、先ほどの村長だった。


「ち、違う。邪竜様はライオットと話がしたいだけだと仰られている」

「しかしあれだけの無礼を働いたのだ。よもや無事で済むとは思っているまい。竜神様、あの子供はこの村の祭司一族の跡取りでしてな。粗野なところはありますが、魂は祈りによって洗練されております。もし宴に飽くことがございましたら、門出前の晩餐としてどうぞお召し上がりください」

「村長……!」

「いざとなれば身をもって人柱ともなるのが祭司の役目だろう。それに、竜神様に矛を構えるような愚かな子が生きていて何となる。ここで食われて竜神様の血肉になった方が本懐なのではないか?」


 いい大人同士の静かな舌戦の間で、わしは非常に気まずく佇んでいた。

 頼まれたって食おうとは思わんのに。


 わしが咳払いをすると村長と祭司の二人は慌てて口論を止めた。


「ともかく、下がっていてよいぞ。後はわしとレーコ、そしてあの少年だけで話がしたい」

「……はっ。心得ました」


 噛み殺すような感情を滲ませて、それぞれ別の方向に二人は去っていく。


「おい、おいレーコ起きてくれ。厩にあのライオットという少年がおるので、外に連れ出してくれんか。わしゃあ図体がでかくて入れん」

「承知」


 一瞬前まで寝ていたのに、機敏な動作でレーコはひらりと着地した。

 命令に対して異常なまでにきびきびしているのが怖い。

 扉の前に立ったレーコがゆっくり腕をかざすと、触れもしていないのに「キィィ……」と静かに閂が抜けていく。

 そんなホラーチックな方法じゃなくて普通に開けようよ、とわしは心から思う。


 開いた扉から月の光が差し込むと、ロープで全身をぐるぐる巻きにされた少年の姿が見えた。


「ライオット。愚かしい人の子よ。邪竜様に楯突いた罰がその程度で済んだことを幸運に思いなさい」

「レーコ! おい! 何言ってんだ目ぇ覚ませ!」


 同感である。今すぐ目を覚まして欲しい。わしは少年に対して強い共感シンパシーを覚えた。

 芋虫同然の拘束状態であるライオットをレーコは軽々と肩に担いで、そのまま馬小屋の外に出てきた。暴れてはいるが、瞳をドラゴンのように蒼く光らせる少女の怪力の前に、抵抗はまったくの無力のようだ。


 ごろりと地面にライオットが転がされる。


「この化物め。俺を食う気かよ」

「どうして皆そう言うかのう。わしはそんなに食い意地張っとらんって。ただ話がしたいだけじゃよ」

「話ぃ? ケッ。てめえと話すことなんかねえよ」

「……ライオット」


 レーコがしゃがんでライオットの両頬をぐいぐいとつねり始めた。


「ひゃ、ひゃめろ! ひてえだろ!」

「邪竜様への無礼は許さない」

「へ、へめー! よくもへーこをほんな風にひやがったな!」

「仲ええんじゃの」


 素直な感想を言ったつもりだったが、ライオットは不貞腐れたように顔を背けた。

 代わりに答えたのはレーコの方だ。


「いえ、仲はよくありません。この悪童は私が世話になっていた祭司の家の息子なので、確かに恩義のある存在ではありました。しかし個人的にあまりよい扱いを受けた覚えがありません」

「え、お主この子に酷いこととかしてたの?」

「してねえよ!」

「嘘はいけない」


 またもやぐいぐいとレーコが頬をつねる。


「この悪童は私を家から放逐しようと日々悪だくみを巡らせていたのです。生贄という名誉ある役割を命じられた私を、ことあるごとに見張りの目を盗んでは外に連れ出して、悪辣にも家から盗み出した路銀を握らせて『二度とうちに帰ってくるな』と冷たい言葉を放つのです。何度私が家に戻っても、懲りずに何度も遠くの街に連れ出して……」

「お主もそうとう大変だったみたいじゃの」

「思い出させんな」


 ライオットは少し涙ぐんでいた。

 二人の年頃はほぼ同じくらいだ。どちらも十歳ばかりといったところだし、それが身近に暮らしていれば同情心も湧くだろう。


「それにもともと、生贄になるのは俺のはずだったんだよ。それをうちの親父が、息子かわいさに他所からレーコを連れてきたんだ。おかしいだろそんなの。うちが祭司としていい暮らしをしてんのは、いざってときに身体張るためなのによ。いざってときに代理を立てて逃げるんじゃ話にならねえ」

「そうして欲しかったのう。お主が来てくれたら話がこじれずに済んだのに」

「はあ? 何言ってんだ意味分かんねえよこの化物」


 この少年なら、レーコの奇矯さを知っているのでこちらの話を信じてくれるかもしれない。


「よいか、お主の心根が清いと見込んですべてを教えてやろう。実は、わしは邪竜なんかではなくてな――」

「うるせえ言い訳すんな!」


 ざくり、とライオットの目の前の地面に宝石の短剣が突き立てられた。


「邪竜様の話の邪魔をするな。黙って話を聞け」


 できればお主にも黙っていて欲しい、とは怖くて言えなかった。

 だが、ともかくも生まれた沈黙を活かして、わしは滔々と今日の出来事をライオットに語った――……



 結果。



「信じられっか。あのなあ、人間が思い込みだけであんな凄え魔法が使えるようになるかよ。ははあ、さては俺たちを油断させて全員食っちまう気か? それとも魔王に逆らうのが怖くなったから、あれはレーコが勝手にしたことって言い張るつもりか?」

「じゃろうなあ」


 洞窟の中でのトンチンカンなやりとりは多少の「確かにありそうだ」という同意を得られたものの、ネックになったのはやはり暗明狼の撃退の場面だった。

 あんなものを間近に見せられて、「ただの思い込みで魔力が覚醒しただけです」は通じない。


 わしだって未だに半信半疑だ。


「どうなんだよレーコ。こいつ、魔法が使えるようになったのは思い込みだなんて言ってるぞ」

「ライオット。愚かな子。何も分かっていない」


 勘違いだという話をずっと聞いていたはずなのに、なぜか一番心得顔をしているのはレーコだった。


「邪竜様はこう仰りたいのです。今日、私が使えるようになったのは邪竜様の力のほんの一片に過ぎないと。それこそ、単なる人間が思い込みで発揮できるほどに拙い児戯同然の業でしかなく――眷属たるべくには、さらなる精進が求められると。ありがたきご忠言。この心に深く刻みます」

「お主が一番何も分かっとらんよぉ……」


 数百年ぶりに泣きたかった。

 どんな言葉を尽くそうと曲解に次ぐ曲解でポジティブな方向に持っていかれる。厳密にいえばポジティブなのかどうか知らんけど。


「そうとなれば先を急ぎましょう邪竜様。もはやこのような辺境の村に用はありません。魔王を討って世界を貴方様の手中に収める遠大な旅路、私も微力ながら尽くさせていただきます」

「もうちっとゆっくりしていかん? わし、今日はもう疲れたのよ」

「ご冗談を、空をご覧ください。今宵は満月ではありませんか」

「それがどうしたんじゃ」

「満月の晩において邪竜様の魔力は最大となる。そのような特別な夜に疲れたとは――初陣を終えたばかりの私へのお気遣いに感謝感激でございます」

「知らなかったのう。わしって満月の夜に強くなっちゃうのかあ」


 わしの与かり知らぬ設定がどんどん増えていく。

 満月の夜はちょっと夜歩きしやすいくらいとしか感じたことがないのに。


 戸惑っていると、レーコが何食わぬ顔で背中によじ登ってきた。

 そのまま彼女は横たわったままのライオットに向けて言う。


「ライオット。家の人たちに、村のみんなにお礼をお願い。役目をもらって嬉しかった。これから私は邪竜様と一緒に世界征服して、みんなが安心して暮らせるようにする。それがこれからの私の望み。そして邪竜様の野望」

「おい待て! くそ! ロープ外せ!」

「さあ邪竜様。夜の帳が貴方様の翼となり、覇道の風を吹かせるでしょう――『影なる双翼』」


 レーコが短剣を月に翳すと、夜の闇が触れられるほど濃密に凝縮し、次の瞬間には厳めしい漆黒の翼となってわしの背中から生えていた。


「邪竜様の偉大なる飛翔に、私からも僅かなりの力添えをば」


 その一言と同時に、ふわりと身体が浮かんで――生まれて初めて飛んだ。そのまま月に向かって、どこまでも上昇していった。



 ちびるかと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現在連載中の新作も書籍化が決定いたしました!
どうぞこちらも読んでみてください!
 ↓↓↓↓↓
【二代目聖女は戦わない】
― 新着の感想 ―
かわいそうな草食ドラゴン…初めての飛行に怖がって…
[一言] 勝手に操作されてて草
[良い点] 初めて飛んでちびりそうになるの可愛いです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ