邪竜の残滓
とんでもない衝撃で目を覚ました。
おそるおそる瞼を開けてみれば、どうやらわしは地面に落下したようだった。瓦礫に埋もれたペリュドーナの街の、ほぼ中心に横たわっている。
『邪竜が上空からペリュドーナを襲っていた』ということだったから、意識がわしに戻ったことで、飛べなくなって落下したのだろう。
わしの体の中に宿っていた大量の魔力は、煙のようにプスプスと漏れていっている。まだ少しばかり残っているので落下にも耐えられたようだが、じきに元通りのトカゲの身に戻ることだろう。
「うんしょ……おーい! みんな? もう大丈夫じゃよ! もう普段どおりのわしじゃから!」
「邪竜様!」
まず第一にわしの元に寄ってきたのはレーコだ。声を出すなり、瞬時にわしの足元に跪いてきた。
「本当にご苦労じゃったねレーコ。わしがいない間、よく頑張ってくれたの」
「いいえ。時間さえ稼げば、邪竜様が必ず助けに来てくださると信じていました。それにしても……まさか奴を内側から食い破って出てくるとは、想像を超えた登場の仕方でありました」
「そういう解釈になっとるのね」
単に身体の主導権を取り戻しただけなのだが、レーコ的にはわしが敵を内部侵食したことになっているようだ。ちょっと戦い方が怖い。
「これにて、敵は瀕死です。邪竜様、最後の一撃を見舞ってやりますか?」
「え?」
瀕死?
どういうことか。わしが主導権を取り戻した以上、あの『邪竜』は倒せたのではないのか。
そう思って上空を見たら――そこには、歪な生き物がいた。
ドラゴンの、成れの果てとでもいうべきか。
空に広げた両翼は虫食いのようにボロボロで、身体は朽ちかけた死体のように骨が剥き出しとなっている。眼窩には真っ暗闇の空洞が穿たれ、双角は今にも折れそうなほどに亀裂が走っている。
そしてそのドラゴンの額には、人間の上半身のようなものが生えていた。
「偽眷属さん……」
彼は項垂れたまま、ぴくりとも動かない。
代わりに、歪なドラゴンが空を裂くような慟哭を発する。その慟哭とともに、朽ちたその身が崩れ落ちて自壊していく。
「邪竜様に身を食い破られる寸前に、分離して逃げたようです。ですが、もはや奴はその身を維持することすらできぬ様子。放っておいてもじきにくたばるでしょう」
分離して逃げたというか、わしの精神から追い出された結果があれなのだろう。
邪竜レーヴェンディアの魔力は、わしを核にして集まっていた。それが抜け落ちた今、あのドラゴンはもはや栓の抜けた湯船みたいなものだ。
「トカゲさん! 大丈夫ですか!?」
「レーヴェンディアっ! 無事でよかったぁっ!」
と、聖女様と操々が先頭に立ち、みんながぞろぞろと集まってきた。あまり大きな怪我をしている人はいないようで安堵する。
一番ダメージが重そうなのはヨロさんだったが、元が頑丈なのであんまり心配はいらなさそうだ。王冠を被った見知らぬ人に肩を支えられながら、「やあ君が魔王なのか意外と筋の通った漢っぷりじゃないか」「いかにも」と談笑までしている。
「勝ったか、レーヴェンディア」
「……うん」
「そうか……ならいい。悪あがきで暴れられたら厄介そうだが、その様子もないようだしな」
頭上に浮かぶドラゴンは、もはや敵意も害意も発していなかった。ただ己の死を待つがごとく、悲しげに吠えながら自壊を続けている。
「……のう、アリアンテ。偽眷属さんを助けたいって言ったら、怒るかの?」
わしの言葉に振り向いたアリアンテは、ふうとため息をついた。
「お前と偽眷属のやりとりは、少しだけ聞こえていた。どうせそう言うとは思った」
「じゃあお主も」
「だが私は反対だ。今、あれは無抵抗に消滅しようとしている。余計な手出しをすれば、残った魔力でどう暴れるか分からんぞ」
「うん……でも、大丈夫じゃよ。あの人は、わしを傷つけることはできんから。みんなは遠くに避難しておいておくれ」
わしは、残った微かな魔力を振り絞って背中に黒翼を広げた。
その背中に、すかさず一人分の重みが乗る。
「敵にすら慈悲を与えるとは、さすが邪竜様でございます。それでは私もお供仕りましょう」
レーコだ。
あのドラゴンは、わしと同化していた邪竜の残滓である。レーコの魔力もおそらく無効化されてしまう。
それでも。
「そうじゃな。お主が来てくれると、わしも心強いでの」
「何を仰います。私の方が遥かに心強く感じております」
この子がいれば不可能はない。
今までずっとそうだったし、きっとこれからもそうだ。だから一緒にいれば、どんなことだってやり遂げられるに決まっている。
アリアンテが悩ましげに眉根をつまんで
「止めても無駄なようだな」
「ごめんの。あと、ごめんついでにもう一ついいかの」
「まだ何かあるのか?」
「ライオットを借りてええかの? っていうかさっきから姿が見えんけど、どこ?」
「ああ、ここだ」
よく見たら、アリアンテが引きずっていたボロキレみたいな物体がライオットだった。頭に巨大なタンコブを作って白目を剥いている。
「え、何があったの?」
「面倒臭い感じに苦悩し始めたからとりあえず殴って頭をスッキリさせてやった」
「ずいぶん剛腕なカウンセリングじゃね」
「『申し訳ないと思うなら、一発殴られてチャラにしろ』というのがうちの街の教育方針だ。お前は間違っても殴らんだろうから、代わりにやっておいた」
ポイとアリアンテがライオットを投げ渡してくる。
その衝撃で彼の意識が戻った。
「はっ……レーヴェンディア……?」
「うん、目が覚めたかの?」
「すまねえ。俺はずっと、あんたのことを邪悪な竜だって……」
「邪竜様。ライオットをどんな作戦に用いるのでしょう? あの偽眷属はこいつに執着しているようでしたから、囮として活用するのですか? さっそく縛って吊るして餌代わりの準備をしましょうか」
空気が凍る。
レーコが一人だけウキウキ顔で拳を握り、物騒な言葉を並べ立てている。
「なあ、レーヴェンディア。本当にこいつに何もしてないんだよな……?」
「それは本当じゃって。この子は元からこんな感じなんじゃって」
「ああ、うん。そういえば確かに元からこういう傾向あったか……」
「わしのところに来てから、こういう性格にブーストかかったのは否めないけれど」
互いに苦労を分かち合って頷き合う。
そこでアリアンテが話に割って入ってきた。
「で、どうするつもりだレーヴェンディア。具体的にどういう作戦で、あれを正気に戻す?」
「えっとね、作戦というか」
わしは前脚で頬をかく。
「昔のことをほんの少しでも思い出してもらえたらええなって」




