VS邪竜レーヴェンディア③
悪いが構っている時間はない。気絶させて聖女様に投げて避難させよう。
アリアンテは一秒でそう決断した。
「お前の声に気付かれると面倒だ。しばらく静かにしていろ、レーヴェンディア」
小声で通信具に注意を促し、駆け寄ってくるライオットに手刀を隠し構える。
しかし、手刀を首筋に落とす前に、上空から不穏な声がした。
『おや。愚か者の末裔がまだ残っていましたか』
嘲笑の響きとともに、邪竜が前脚の爪をゆっくりと振り上げた。
レーコが連続攻撃でその動作を阻もうとするが、自動防御の鱗を掻い潜ることができない。
『先祖の嘘にかかって散るといいでしょう――【竜王の大爪】』
空間を裂く斬撃。
巨大かつ強大な攻撃が、アリアンテたちの目の前を真っ白に染める。音すら消し飛ばす破壊の爪は、無音のままにこちらを呑み込もうとする。
――ここまでか。
諦めかけた瞬間、アリアンテの視界が切り替わった。
斬撃の光に蓋い尽くされていた光景が、街を眼下に望む城壁の上に転移していた。
一拍遅れて、眼下の街の中を、一直線に斬撃の光が迸っていく。
ついさきほどまで自分たちがいたところは、底の見えない地割れへと変貌していた。
「やあ。危ないところだったね君たち。怪我はないかな?」
アリアンテは声に背後を振り返る。
ライオットと自分の襟首を掴んでいたのは、王冠を被った見知らぬ男性――いや、青年っぽい風貌の若い女性だった。
「……誰だ?」
「ははは、味方だよ味方。しかし、やはり国外ともなれば余の知名度は絶望的のようだね。ううむ、これはやはり一刻も早い王位交代を……」
「味方とはありがたいが、具体的にはどこの誰だ?」
「ああ。余はアスガ王国の当代の王を務める、ヴァネッサという者だよ。戦うのはあまり得意ではないが、逃げ隠れは誰よりも得意な自負があってね。避難の手助けができればと思ってやってきた」
アリアンテは表情を硬くする。ライオットは未だ状況が理解できないようで、生きていることに目を白黒させている。
「……王?」
「うむ。余には優秀な妹がいるのだが、その妹がこの街に起きている異変を感知してね。どうも伝説の邪竜レーヴェンディアが顕現したと。というわけで、余が様子見に」
「なぜ王が単騎で他国に救助活動に?」
「余にもしものことがあっても、無事に国を継いでくれる頼もしい妹がいるからね。ついでにいえば、ペリュドーナがもし危機的状況にあれば、優秀な魔導士はぜひうちの国に歓待したいと打算も――」
アリアンテは続く言葉を聞きながら、どうやら変人らしいと判断する。
それでも、この状況ではありがたい。
「さっきの回避はお前がやったんだな?」
「ああ、余の【脱出】という魔法さ。なんとなれば、このまま安全なところに連れていくが」
「ちょうどいい。こいつを頼む。それから、他にも動けない者が街に残っていたら、一緒に連れて行ってくれ」
「おい待て師匠! 俺はまだここに」
「黙っていろ!」
ライオットにゲンコツを落とすと、苦悶の声を上げてその場に蹲った。
そのままヴァネッサと名乗った王に身柄を押し付けようとした矢先、
『異国の王よ。余計な手出しとは感心しないですね。そのような行いをすれば、次に滅ぶのはあなたの国となりますよ』
「む、それは困るな」
『それが嫌ならじっとしていることです』
ヴァネッサ王は参ったとばかりに両手を挙げる。
そこでアリアンテは違和感を覚えた。
「おい、偽眷属」
『邪竜レーヴェンディアと呼んでいただきたいですね』
「今、貴様は一国を滅ぼすとまで脅して、ライオットの避難を制止したな。だが、ついさっき聖女が街の大勢を逃がしたときは、そんな脅しはしなかった。どうしてそこまでライオットに執着する?」
短い沈黙ののちに、
『分かりました。そう仰るなら、平等にセーレンの町も滅ぼすとしましょう』
「ちょっとぉ――――――――っっ!!!!!!!」
大絶叫。
泣きながら抗議を放ったのは、もちろん聖女様である。
「なんで藪蛇踏んじゃうんですかアリアンテさん! わたしの町がぁっ! もう収穫も近いのになんで! あ、そうだ! 野菜あげますから勘弁してください邪竜さん! キャベツありますよキャベツ!」
『ここが終わったら、すぐに焼き畑にして差し上げます』
「嫌ですうちは焼き畑はやってないんです! 素人が畑に手を出さないでください!」
びゃあびゃあと泣く聖女様。
アリアンテはそれを無視して、
「聖女様を出汁にして話を逸らすな、偽眷属。そこまでしてライオットを殺したい理由はなんだ?」
『……いまさら説明が必要ですか?』
暗く、低い語調。
『その少年の先祖こそが、己が虚栄のために邪竜レーヴェンディアという嘘偽りの怪物を生み出したのです。勇者を名乗るために。私欲を満たすために。私はその嘘の化身として、報いを与えようとしているだけです』
「……どういうことだ?」
アリアンテのすぐ近くで、ゲンコツに蹲っていたライオットが立ち上がった。
『どういうことも何もありませんよ。あなたも、本当に自分が勇者の末裔などと思っていたのですか? あなたが出会ったレーヴェンディアが、非道な怪物に見えましたか?』
ライオットが当惑する様子を見せた。
かつて、操々の結界に閉じ込められたとき、レーヴェンディアとライオットは共闘して脱出したことがある。
その際に、少なからずレーヴェンディアの言動に『邪竜らしくなさ』を感じたはずだ。
『あのトカゲが、最初の晩にあなたに語ったことが真実ですよ。レーコ嬢の力はまったくの無関係で、あなたは無実の者に恨みを募らせていただけに過ぎません。本物の邪竜レーヴェンディアは、今ここにいる私なのですから』
「あいつが、ただのトカゲ……」
『ええ。あなたの一族は無害な獣を邪竜と祀り上げ、インチキな祭司ごっこをしてきたのですよ』
ライオットの瞳には明らかな動揺が浮かんでいた。
的確に違和感を指摘されたことに加え、何よりも『レーコが邪竜と戦っている』というこれまでの妄信を否定する現状。
敵の言葉といえど、その動揺に滑り込む説得力は十分にあったろう。
偽眷属の表情を反映するかのように、邪竜の口の端が吊り上がる。
『――あの、ちょっといいかの?』
と、そこで唐突に緊張感のない声が響いた。
アリアンテの首に提げていた通信具が、トカゲの方のレーヴェンディアの声を発している。
「お前、静かにしていろと」
『ごめんの。わしなりに考えたんじゃけど……どうしても、やっぱり違うような気がして』
「何がだ?」
アリアンテが尋ねる。ライオットも、聞き覚えのある老トカゲの声に振り向く。
そしてレーヴェンディアは、いつものように呑気な声で言った。
『ライオットのご先祖様は、わしのことを守ろうとしてくれたのではないかの』




