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VS邪竜レーヴェンディア②

「あー、ところで小娘。この竜ときたら、一体全体どうしたのであるか? 少し見ぬ間に面妖なことになっているようだが」

「節穴もいいところだな。それは邪竜様の偽物に過ぎん」

「ならば本物はどこにいった?」

「邪竜様は……」


 レーコが口ごもった。

 この状況下においても、レーヴェンディアが姿を現さないことに不安を覚えているのだろう。


 アリアンテは首に提げた通信具に視線を落とす。

 レーヴェンディアにも今の話は聞こえたかと思うが――


『えっと、レーコ。聞こえるかの?』


 様子見に沈黙するかと思っていたが、レーヴェンディアは向こうから声を発してきた。


「はっ! 邪竜様! いったい今どちらに!?」

『えっとのう……実はわしもね、今ちょっと戦ってるところというかね……』

「なるほど! さらなる強敵との交戦中でしたか! このような雑魚に構っている場合ではなかったというわけですね。さすがは邪竜様」

『いやまあ、同じ敵といえば同じ敵なのかの。まあ……もうすぐそっちに行けるよう頑張るからの。くれぐれも怪我はしないよう気を付けてね』

「いえ、邪竜様がお急ぎになる必要はありません。こちらでサクッと片を付けてみせましょう」


 と、そこに雷のごとき素早さで近づいてきたヨロが、通信具を片手に掠め取った。


「竜。そっちも戦っているのだな?」

『あ、ヨロさん。申し訳ないけど少しだけ戦っててくれるかの。わしも何とかできるように頑張ってみるから』

「無論だ。あのような竜に押される吾輩ではない――しかし」

『しかし?』


 若干、気まずそうな口調になってヨロが続ける。


「今の吾輩は遠隔で焔華から魔力を送ってもらっている身でな。正味の話、活動限界は三分だ」

『……三分?』

「こうして通信している間にも、刻一刻と吾輩の活動限界は近づいている。あと二分十秒だ」

『ちょっと短すぎないかの? 延長とかできない?』

「ちょっと待て焔華に念話で聞いてみよう……む、もしもし焔華か? 吾輩だけど。頑張って魔力増やせないのであるか? そこを何とか。頑張れいける貴様は我が主にしてライバルであろう。ガッツだガッツ」


 しばしの押し問答の末に、


「無理であった。あと一分三十六秒」

『シビアじゃのう』

「いや、吾輩の感覚ではもう一押しすればいける。あいつは土壇場で根性を見せてくれる奴なのである」

「ええいお前ら! ただでさえ貴重な時間を馬鹿みたいに浪費するな! とりあえず戦え!」


 痺れを切らしたアリアンテが通信具を奪って突っ込むと、ヨロは「仕方あるまい」と手を打った。


「ならば、あと一分であの邪竜を活動不能なくらいに消耗させりゃいいだけの話であるな」


 邪竜がクレーターの中でむくりと身を起こす。落雷の如き一撃で焼け焦げた身は、既に治癒が完了している。やはりダメージを負った様子はない。


 立ち上がると同時に咆哮。そのまま翼を広げ、こちらへ飛来せんとして――


「遅い」


 そのとき、既にヨロは邪竜の尻尾を掴み取っていた。


「――むんっ!!!」


 背負い投げ。

 魔王の膂力による一撃は、邪竜を叩き付けた地面に巨大な地割れを生み出す。しかも、叩き付けは一度や二度で終わらない。尻尾を何度も振り回し、大地震と紛うばかりの地鳴りを巻き起こす。


「焔華ぁっ!」

『あいよ。延長はできねぇけど、このくらいはくれてやる』


 上空を漂う噴煙より応答。

 煙の中から降り注いできたのは、真っ赤に染まった灼熱の火山弾だ。


 そしてヨロは、頭上から落ちてくる特大の火山弾に向かって――邪竜をぶん投げた。


 猛スピードの投擲で火山弾に衝突した邪竜が、苦悶の叫びを上げて吹き飛ぶ。


「あと四十秒……もいらんようであるな。トドメにフルパワーの雷撃でも見舞ってやろう」


 ヨロが紫電を纏わせ、空に漂う邪竜に照準を合わせる。

 が、優勢はここまでだった。


『やれ。パワー任せに暴れ回るだけでは、さすがに劣勢になってしまいますか。さすがは腐っても魔王。なかなかどうして大したものです』


 邪竜が翼を一振りし、空中で姿勢を整えた。

 そこに、ヨロが腕の一振りとともに雷撃を発する。どんな魔物でも当たればまず消滅確実という威力の攻撃だ。


『あらゆる刃は無力と知れ。纏う鱗は無敵の盾――【竜護の黒鱗】』


 邪竜の身から無数の黒鱗が剥がれ落ちた。

 剥がれた鱗は、まるで意思を持っているかのように群れとなって動き、邪竜の眼前に巨大な盾を形成した。


 ヨロの紫電が黒鱗の盾に直撃し、弾けた。

 盾を貫通することはおろか、傷の一つも付けられてはいない。


 盾は再び無数の鱗に分解し、邪竜の周辺を自律機動で旋回し始めた。


『どんな攻撃も無条件に防ぎ、どの角度からの不意打ちにも完全に対応する。邪竜レーヴェンディアの持つ究極の護りです』


 偽眷属の声とともに、邪竜の蒼い瞳が地上のヨロを捉える。


『目には目を。雷には雷とでもしましょうか。轟く雷鳴はこれ即ち破壊神の一槍。光に呑まれて転生せよ――【邪竜の雷角】』


 邪竜の双角の間に、恐ろしいほどのエネルギーの雷球が発生した。

 ヨロはそれを見上げて「小癪」と呟く。


「こともあろうに、この吾輩に雷撃をぶつけてくれるとはな。来い」

『ええ。遠慮なく』


 楽しむような声と同時に、ヨロに雷光が炸裂した。

 世界が真っ白に染まるような閃光が迸り、次の瞬間には――倒れ伏したヨロの姿があった。


「ぐ……」

『おや。消し飛ばなかったとは意外です。魔王の面目躍如といったところですか』


 邪竜の牙が、まるで偽眷属の感情を反映したかのような、凶暴な笑みを作った。


『言ったでしょう。これは、本物の邪竜レーヴェンディアなのだと。ただ暴れ回るだけの能無しと思ってもらっては困ります。今まであなた方が戦えてたように見えたのは、こちらが準備運動をしていたというだけなのですよ』


 その場の口先三寸で、反則級に強力なご都合技を連発する。味方であったレーコのときですら末恐ろしい能力だったというのに、その能力が敵に回ってしまうとは。


『さあ、諦めて爪にかかりなさい。もはや神も魔物も人間も、この邪竜レーヴェンディアに抗う術はないのですから。ただひれ伏して、死を待てば――』


 偽眷属の言葉の途中で、自動浮遊していた黒鱗が盾を形成した。

 防いだ攻撃は、レーコの拳だ。


 ――正確には、地上から放った拳圧だけの風だ。


 盾には穴も傷もついていない。いかにレーコが怪力だろうと、絶対防御の盾を拳圧だけで打ち崩せるものではない。


「もういい。貴様らはあの聖女の水か何かで、どこへなりと避難しろ。これ以上は足手纏いだ」


 ぱきぽきとレーコが拳を鳴らす。


「待て、レーコ。お前の攻撃は奴には……」

「私が倒す必要はない。邪竜様が来るまで時間を稼げばいいだけの話だ」

『無謀ですね。確かにあなたは、単純な魔力量ではこの邪竜をも凌駕していますが……相性というものをまるで分かっていないようで』

「黙れ」


 レーコの姿が消えた。

 瞬間移動。邪竜の上空に出現して、拳圧での一撃を放つ。

 黒鱗が盾を形成すると同時に、180度反対の方向へ転移。短剣を抜いてカマイタチの真空刃を放つ。しかし、これにも信じがたいスピードで鱗が追尾防御してくる。


 無茶だ。

 仮にあの防御をすり抜けて攻撃を当てられても、相手には掠り傷ほどのダメージにもならない。


「くそっ……」


 アリアンテは奥歯が砕けんほどに食いしばった。

 あの敵に対して、一矢報いる光景が思い浮かばない。ここまで力不足を悔やんだことはなかった。

 もう、逃げの一手しかないのか。


『のうアリアンテ』

「……なんだ?」


 力不足を詫びる言葉だろうか。だとしたら、自分にそれを責める資格はない。


『偽眷属さんはどうしてこんなことをしておるんじゃろうか?』

「藪から棒にどうした。人類に危害を加えようとするのは、魔物の本能のようなものだろう」


 ううん、とレーヴェンディアは歯切れ悪く唸った。


『なんだかね。ここの真っ暗な空間にいると……無性に悲しくなってくるのよ。暗くて寂しいからだと思っておったんじゃけど、なんだかわしだけの感情じゃないみたいで……。もしかするとこれは偽眷属さんの感情なんじゃないかなって』

「……悲しい?」


 どういうことだろうか。

 凶悪な魔物がここまでの力を得たら、狂喜するに違いないだろうに。


「……師匠!」


 アリアンテが悩んでいると、瓦礫を潜り抜けてこちらに近づいてくる少年の姿があった。

 ライオットだ。


「お前、まだここにいたのか。なぜさっきの聖女の水で避難しなかった」

「そんなことしてられるか! あれ!」


 ライオットが指差したのは、邪竜と空中で打ち合うレーコの姿だ。


「どうしてレーコが邪竜の奴と戦ってるんだ!?」


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【二代目聖女は戦わない】
― 新着の感想 ―
[一言] 敵に回ると、いかにレーコの反則技が反則だったのか、良く解りますねw
[一言] ヨロさんやっぱ良いキャラだわw
[一言] ヨロさん時間を無駄にした上にあっという間に倒されるってなにしにきたんですかw
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