VS邪竜レーヴェンディア①
「……いやぁ。びっくりしたのう。なんかわしが街を壊してるとか聞こえたけど、聞き間違えじゃったよね?」
「貴様もだいぶ悪に染まってきたな。最悪な責任逃れだぞ」
「うう……お主がそう言うってことは、わしの聞き違いじゃなかったのね……」
わしは気乗りしないながらも、消えかけた通信の灯に向かって再び声をかける。
「えっと……アリアンテ? まだ聞こえる?」
『おいお前。今、そっちから通信を切らなかったか?』
「ま、まさかあ。ちょっと不安定なだけじゃよ。こんな緊急時に逃げるなんてそんな」
『……まあいい。その件は後でじっくり追及してやる』
処刑を先延ばしにされたような気分で縮まっていると、アリアンテが状況の報告を始めた。
『はっきりいって、最悪の状況だ。今のお前は正真正銘の邪竜といえるほどにパワーアップしている。その上――お前が核になっているせいで、レーコの攻撃が通用しない』
―――――――――――――――……
阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
ペリュドーナの街に飛来した邪竜レーヴェンディアは、理性を持ち合わせぬ暴竜として破壊の限りを尽くしている。
街の防衛施設から放たれた迎撃は一切の意味をなさず、セーレンより引いた聖女の水路による結界も一瞬で破られた。
悠々と舞い上がった街の上空。その位置からブレスとして放たれる邪竜の業火は、鉄すら瞬時に蒸発させるほどの高音だ。
しかし、まだ街は辛うじて壊滅していない。
「この偽物め。この世すべての命は邪竜様の所有物。貴様ごときに蹂躙させてなるものか」
レーコが、その背に生やした一対の黒翼の羽ばたきによって、暴風を起こして炎を喰い止めているのだ。
主であるレーヴェンディアに対して魔力は通用しない。しかし、派生する物理攻撃なら対抗は可能だ。今のレーコの実力なら、風だけでも多少の抵抗はできる。
だが、炎の熱波と暴風の余波は絶えず街に降り注ぎ続け、次々に建物が倒壊していく。避難をしようとする人々の頭上に、崩れ落ちた時計塔の石材が直撃しそうになり、
「人型を成せ! 石像っ!」
その直前に、無数の石材が魔力の糸によって絡めとられた。糸は縫い上げるようにして石材を巨人の姿へと作り変え、その背を盾として人々を熱波から護る。
「さあみんな! とくとあたしに感謝しな! この優しくて強くてカッコイイ操々ちゃんに!」
次々と崩れる建物の瓦礫が、人々を守る石巨人となって被害を最小限に留めている。
そこに次なる避難の一手。
「久しぶりですけど魔物のときの力を解放しちゃいますよ! 人々よ沈め!」
操々が作った石巨人の頭上から、街を見下ろして叫ぶのは聖女様だ。
その叫びと同時に、街の中心部の地面が透き通った水溜りに変貌した。そこから水溜りは波紋のごとく広がっていき、僅か数秒で街全体を覆い尽くす。
「さあ安心して沈んでください! 安全なセーレンの広場にぶしゃーって出て行きますから!」
戦意のある一部の冒険者は水を敢えて避けたが、非戦闘員の住民たちは聖女様の水に吸い込まれていく。
それを阻まんとばかりに、上空の邪竜が聖女様に向けて口を開く。これまでと比にならぬ威力の業火を放つために。
喉の奥に魔力のタメが輝く。レーコの風圧でも相殺しきれるか怪しい。
「きゃぁ――――っ! 来ました来ました! 今です早く!」
「待て、あと二秒……今だ! やれ狩神!」
『リョウカイ』
聖女とアリアンテと合図によって、狩神が動く。
未だ邪竜レーヴェンディアの前脚には、かつて狩神が授けた黒爪が備わっている。
その黒爪が、触手のごとく一気に伸びた。
そして、今にも業火を放とうとしていた邪竜の顎をぐるぐる巻きに縛りあげる。
爆発。
吐かれる直前に顎を封じられ、行き場を失った炎が邪竜の体内で弾けた。苦悶の叫びとともに黒煙を吐き出した邪竜は、空中でわずかによろめく。
『アリアンテ! 今のは何!? どうなっとるの!?』
手中の通信具から響いたレーヴェンディアの声に、アリアンテは問いを返す。
「こちらの連携で少しばかりお前にダメージを与えた。そっちに異常はないか?」
『特に何もないけど』
「効果なしか……くそっ」
アリアンテは舌を打つ。
あれだけ莫大な魔力を纏った竜だ。多少の攻撃が当たっても、すぐに回復されるに決まっている。せめてレーヴェンディア本来の意識を呼び覚ます刺激にでもなればと思ったが、そう簡単な相手ではないらしい。
「レーヴェンディア。今から私たちが総掛かりで奴の魔力を消耗させる。その隙に、どうにかしてお前が意識の主導権を取り戻せ」
『だけど強い相手なんじゃろ? お主らも逃げた方が……』
「ここで逃げても、この邪竜は別の街に向かうだけだ。迎撃できる戦力のあるここで必ず止める」
アリアンテは剣を握った。
かつて偽眷属が、ライオットを誘い出すために用意してくれた剣だ。罠として使われたそれも、今は有用な武器といえる。
「『竜殺しの呪いの剣』よ。特上の邪竜の血を啜らせてやる。準備はいいな」
「おウ。舐メるなニんゲン」
用途の尖った道具ほど強化の都合はいい。ドラゴンに対する攻撃力を最大に強化。
さらに、奥の手を使う。
「聞け! ペリュドーナの戦士ども! ここに我々の勝利を誓おう! 邪竜を打ち倒し、我らが街の武勇を世界に示さんことを!」
残っていた戦士たちから、呼応するように鬨の声が上がる。
本当はガラではない、と思う。
大昔の自分は、もう少し身の程を知った弱弱しい小娘ではなかったか。だが、それが嫌で背伸びをしたのだった。
一流の戦士ぶり、薬に頼って不老を気取り、常に不屈のフリをし。この街の冒険者たちを牛耳る女傑として名を馳せた。
それは、いつしか事実となった。
「もう一つ強化だ。『ペリュドーナの女傑・アリアンテ』」
自分自身に魔力を流すことで、これまでの生涯で築いてきた戦士の姿を、理想化して自らに投影する。街の戦士たちの声が文字通りの力となる。
レーヴェンディアからの通信具を首に提げ、強く地面を踏みしめる。
「行くぞ!」
跳躍。
空にある邪竜目がけ、大気を蹴って一直線に突き進む。生身の人間の予想外の急接近に、邪竜の迎撃が僅かに遅れる。
音を置き去りにしての斬撃。
与えられたのは掠り傷。しかし、そこから漏れ出た微量の血を魔剣は逃さない。
「ひャっはハはァ――! うメぇじゃネェか!」
膨大な魔力を宿した血液が、そのまま魔剣の力となった。邪竜の翼を掴んで背に着地したアリアンテは、目にも止まらぬ連続切りを叩き付ける。
一撃ごとに血を吸い、魔剣は攻撃力を上げる。
しかし。
「くそっ……硬すぎる……!」
魔力を吸えども吸えども、相手に消耗の気配は見えない。傷もすぐに塞がってしまう。
やがて邪竜が、疎ましい羽虫を追い払うような仕草で翼を打ち払う。その途端に真空の刃が無数に発生し、アリアンテの身を切り刻んで空中に吹き飛ばした。
それを、飛んできたレーコが回収する。
「無茶をするな人間」
「すまんな。だが、無茶でもしなければ奴にダメージは通せまい」
最大の攻撃力を持つのはレーコだが、それは無効化されてしまう。さきほどのような相手の自爆を誘うような戦法はそう何度も通用しない。
ならば今は、特攻覚悟の荒業しか――
「いいや、癪な話だが」
と、そこでレーコが不満顔になった。
そこでアリアンテは気付く。邪竜の遥か頭上に、灰色の雲が浮かんでいた。いや違う。雲ではない。
あれは――噴煙?
「少しばかり強い奴が援軍に来たようだ。この私ですら手こずった奴だ」
閃光と共に、噴煙から雷撃が迸った。
頭上から雷撃を叩き付けられた邪竜は、そのまま錐揉みを打ってペリュドーナの外の平原に墜落する。落ちた地面には、絶大な衝撃を物語るクレーターも生まれていた。
「どうした邪竜レーヴェンディアよ。ずいぶんと弱くなったな? 吾輩を倒したときの強者の風格がどこにもないぞ」
そして、邪竜を見下ろす影が一つ。全身から紫電を放った、鎧姿の大男。
「あいつは……?」
「前に邪竜様と決闘して敗れた昔の魔王だ。ヨロという名だったな、確か」




