水の聖女の護る街
おかしな風景である。
警備兵たちが保護した人々を馬車で運んでいるのは、至極当然のことといえよう。
しかし、盗賊たちが拘束の一つも受けずに、自前の馬に乗って街まで自主連行されているのは奇怪というしかない。
しかも盗賊たちときたら、逃走するどころか警備兵たちに「もっと急ぎましょう」「早く俺らを牢獄に入れてください」と懇願し続けているのである。
早くも模範囚の気配を漂わせる彼らに代わって、檻付きの馬車に乗っているのはわしとレーコである。
「邪竜様をよもや檻に押し込めようとは……」
苛立ちを見せるレーコに、
「ええって。こっちの馬車の方が広いから居心地もええし、他の人質と相乗りじゃ気を遣わせてしまうじゃろ」
わしの正体が「悪名高き邪竜」だということは、警備兵の口からあっさりと人質に伝えられてしまった。
昨日は同情的な態度で接してくれていた冒険者も、解放時に「感謝していることに変わりはありません」と述べつつ、めちゃくちゃ目が泳いでいた。
人間の瞳があれほどブレるものだと、わしは初めて知った。
きっと、同じ馬車に乗り込んでも表面上はみんな優しく接してくれただろう。
でも、その優しさがかえってわしの心に深刻なダメージを与える。
それなら貸切の檻馬車の方がマシだと思い、警備兵たちに無理を聞いてもらったのだ。
本当は、盗賊のアジトで警備兵たちと別れてレーコとの二人旅に戻るのが最も自然な流れだったのかもしれない。
しかし狩神のシゴキにあったせいで筋肉痛がひどく、自力では向こう二日ほど動けそうになかった。
「ところで邪竜様。ぜひともお耳に入れたい事項がございます」
「うん? どうかした?」
「この馬車の向かう先の街ですが、規模に比して冒険者や兵士といった戦闘員の数が少ないようです。この程度の数の警備兵を出すのにも苦労していました。おまけに、街を守る城壁などの施設もありません。街を囲う水路がある程度です」
「そりゃえらく無防備じゃの。魔物に襲撃されたりしたらひとたまりもなかろう」
「私もそう考えます。かくも非力な街を放っておけばたちまち魔物に占領され、魔王軍の陣地とされてしまうことでしょう。そこで」
レーコは表情を動かさぬ真顔のまま、
「街に着くとともに、邪竜様による支配宣言を行いたいと考えています。邪竜様のご威光があれば街にはいかな魔物だろうと手出しができなくなり、未来永劫の繁栄が約束されるでしょう。これは侵略ではなく温情による保護でありますので、人類との関係を損なうこともありません」
「うんとねレーコ。お主はきっと純粋に街のためを思ってそう言っておるんじゃろうけど、たぶん街とわしらの全面戦争に発展すると思うよ」
「勝利と大義は我らにあります」
「勝つか負けるかじゃなくてね、戦うこと自体が問題なのよ」
事が荒立てばわしが死んでしまう。仮に肉体が死なずとも罪悪感で心が死ぬ。
「いけませんか。街から戻る道すがら、この通り支配宣言の草案まで仕上げたのですが」
レーコは懐から巻紙を取り出して馬車の床に広げた。
一行目の書き出しが『愚かなる人間どもに告ぐ』だってので、わしはその時点で読むのをやめた。
だいたい、街から戻る途中ってずっと走っていただろうに。
まさか走りながら筆を走らせていたのだろうか。
「とにかく、ダメなもんはダメ。支配なんかわしはしないから」
「……なるほど。差し出がましいマネをして申し訳ありませんでした。やはり、魔王討伐の最中にあって、小さな街一つに構ってはいられないということですね。見捨てる非情さも必要である、と」
「いや、決して街を見捨てるとかそういうわけじゃなくて。今まで街が成立している以上は、どうにかして街を護る手段があると思うのよ。たとえばそんなに脇の甘い街なら、今連行されてる盗賊団だって狙ってたはずじゃろう? 」
「それなのですが」
レーコが何かを嗅ぐように鼻をひくつかせた。
「邪竜様のご慧眼のとおり、確かに街を護っている者は存在するようです。街の人間は『水の聖女』と呼んでいました」
「聖女?」
「ええ。大昔にその地で没した聖女の霊が、今もなお街の水路を巡る水に宿り、邪悪な者を退けているのだそうです。確かに私が街に入ろうとしたときも、若干の跳ねのける力を感じました。大した力ではなかったので押し通りましたが」
わしは黙って頷いたが、内心では「この子、邪悪認定されちゃうんだ」と慄いていた。
しかも認定された上で素通りしちゃうんだ。
「そろそろこの馬車も水路の橋を通る頃です。邪竜様にもほんの少しながら力が感じられるとは思いますが――はっきりいって、街一つを護らせるには非力に過ぎる存在です」
馬車には窓もないのに、正確な進み具合を把握しているらしい。
やがてレーコの言ったとおり、馬車の揺れが草原を行く滑らかなものから、石橋を踏む荒々しいものとなる。
そのとき、わしの心に直接語り掛ける声があった。
――助けて下さい。
――その子を止めて下さい。
それは明らかに、聖女からの救援の声だった。




